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第10話
朝陽と共に差し込む小鳥のさえずりを聞きながら、澪はベッドで呆然としていた。
昨日の晩、夕食を終えて、泡沫と二人でベッドに入った。何回か射精したのは覚えている。その後、朝までの記憶がない。ただ、体中がやけに痛い。
「水の中と変わらない。もっと酷いかもしれない」
口付けるたび、肌を重ねるたび、媚薬が流れ込んで、泡沫が欲しくて堪らなくなった。
「こんなの、一週間に一回以上って、体が持たねぇよ」
どれだけ繋げても、吐き出しても足りない。乾くばかりで、満足できない。もっともっと、泡沫が欲しくなる。
「いっそ、永遠に繋がっていられたら……」
自分が呟いた言葉に、ドクリと心臓が下がった。
(何、考えてんだ、俺は。ダメだ、人魚の捕食の媚薬に、飲まれてる)
本能から喰われているようで、怖くなった。
扉が開いて、部屋に泡沫が入ってきた。
「目が覚めたか。ちょうど飯ができたが、食うか?」
まるで何事もなかったかのように、泡沫が飯を勧めてくる。
「えっと、食うけど……今、何時?」
「昼の一時だ」
「あ、そう」
チャーハンと餃子が載った盆を、泡沫がテーブルに置く。
「もう少し寝るなら、作り直すが?」
「いや、食う。ちょっと待って」
腰が痛すぎて、起き上がるのが辛い。出し過ぎて、腹の奥を絞られたような鈍い痛みがぶら下がっている。プルプル震えながらうつ伏せより動けない澪を、泡沫が遠巻きに眺めている。
「あぁ、そうだ」
小さく呟いて、部屋を出て行った。
「なんだ……?」
ぼんやりしていたらすぐに泡沫が戻ってきた。右手にコップと、昨日作った薬包紙を持っている。
「そっか、万能薬だもんな。助かる……」
薬包紙を開いた泡沫が水と一緒に自分の口に含んだ。
「は? 何でお前が……っ!」
泡沫の唇が澪の唇に重なる。喰うように噛みついて、舌がするりと滑り込んだ。舌を伝って、水と薬が流れ込んでくる。
「んっく」
「薬が残っているぞ。俺の舌をしっかり舐めとれ」
泡沫の舌が口内を舐め上げて、澪の舌に絡まる。くちゅくちゅと淫靡な水音だけが部屋の中に響いた。
「んっぁ……はぁ」
気が付いたら泡沫にベッドに抑え込まれていた。吐息を漏らす澪の唇を泡沫の舌が舐め上げた。
「澪は、唾液まで美味いよ」
泡沫が満足そうに笑む。泡沫の顔が上気している。
(らしくねぇ、顔)
ちょっと悔しくて、澪は泡沫の顔を引き寄せた。口端に噛みついて、その血を啜る。
(人魚の血は、若返りの秘薬、だったか。それより、今は……)
唇に吸い付く澪を、泡沫が乱暴に突き放した。
「なんのつもりだ」
「何って、お前ばっかり喰うのは、狡いだろ」
泡沫が胸倉を掴んで澪の体を引き上げた。
「俺と同じになりたいのか? お前も世間の馬鹿共のように、人魚の不死を欲しがるのか」
泡沫の顔が怒りに歪む。さっきの火照った熱も、まだ頬に残っている。
「滲んだ血を舐めた程度じゃ、不死にはならないだろ」
「人魚の因子はお前の中に」
「入り込むだろうな。だから、もっと寄越せ」
澪は泡沫の体を抱き寄せた。
「因子を実際に感じたほうが、具体的な対策を思い付く。生物の体は八割が水だ。俺の専門領域だよ」
間近で泡沫を見詰める。その顔が、泣きそうに歪んだ。
「……え?」
「お前が俺と同じになっても、俺はどうにもしてやれない。そんなのは、望まない」
泡沫が澪を突き飛ばして背を向けた。
「適当に飯でも食って、休んでいろ」
そう言い捨てて、泡沫が部屋を出て行った。
起き上がり、ベッドの上に座る。さっきまで重かった体が嘘のように、軽く起き上がれた。
「なんであんなに、怒ったんだ?」
あの程度の血を啜っても、不死になどなれるはずはない。そんなのは、泡沫が一番よくわかっているはずだ。
「体内にサンプルが欲しかっただけなんだけどな」
ぽそりと呟いて、泡沫の顔を思い出した。
(今にも泣きそうだったな)
湯気を昇らせる食事の向こうに、扉が見える。泡沫が出て行った扉を、澪はぼんやりと眺めていた。
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