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第11話
午前の診療が終わり、澪は処置室を片付けていた。一角獣の兎を診て以来、幻獣の患者が温泉目的で来るパターンが散見している。
(このまま増えるなら、小さな風呂スペース確保して温泉を展開してもいいかもな)
兎くらい小さければ桶で足りるが、大きな幻獣が来ると、それなりに大きな浴槽が必要になる。
「地下室の泡沫の風呂を使うのもありだけど……」
そこまで考えて、気が付いた。
(何を考えてんだ、俺。俺は今、潜入調査中! ずっとここに、いるわけじゃない)
あくまで泡沫の調査で入り込んでいるに過ぎない。忍の指示があれば、すぐにでも引き上げる。そういう立場だ。
(泡沫の診療所に慣れ過ぎだ。違法じゃないとはいえ、潜りっちゃ潜りなんだから)
少なくとも十三課の許可を得た怪異病院ではない。それを証拠に、十三課の職員が見付けたら即逮捕になりそうな妖怪も時々、姿を見付ける。
(俺が回復室勤務の非戦闘員じゃなかったら、泡沫諸共捕まってるぞ)
怪異対策室あたりの戦闘員が来ていたら、危ない所だ。
(そういうのも込みで、忍さんは俺を送り込んだんだろうな)
所謂、目こぼしというやつだ。怪異については明確な法律が乏しいので、主な判断は班長の忍に委ねられるケースが多い。
(どこから犯罪と判断するか、線引きも難しいしなぁ)
そんなことを考えながら、洗った桶を窓際に干す。
「澪、二階に飯の支度をしてあるから、昼休憩してこい」
泡沫が顔を出した。
「おー、サンキュ」
何のかんのと、泡沫は毎日、澪のために食事を作ってくれる。時々、どこかに出掛けているから、買い物にでも行っているんだろう。
(たまには俺が作ってもいいんだけどね)
どこまで踏み込むべきか迷っているうちに、相談する機を逸した。
唇に噛みついて泣かせそうになって以来、余計に話が振りづらい。
(何であんな顔、したんだろうな)
よくわからないのに、思い出すと胸が痛い。
「午後は患者も来るかわからないから、二階にいてもいいぞ」
診察室から、泡沫の声が飛んできた。
(ホラ、また。妙に距離を取ろうとする)
あのキス以来、泡沫が中途半端に澪を避ける。
(同じ家にいるんだから、無意味だろうがよ)
何となくモヤモヤする。ついでに少しだけ、イラっとする。
「なぁ、泡沫。お前の部屋の文献、読んでもいいか?」
診察室に入ると、泡沫が机に向かっていた。
「好きにしろ」
そっけない返事だ。いつものことだから、それは別にいい。澪は後ろから泡沫に覆い被さった。
「キスさせろとは言わねぇけど、人魚因子のサンプル分けてくれねぇ。血液が嫌なら、別のもんでもいいからさ」
泡沫の肩が大袈裟なほど跳ねた。
「……人魚因子じゃないと、ダメなのか?」
絞り出すような声で、泡沫が問う。
「まぁ、一番手っ取り早いだろ。唾液でもいいけど、薄いよな。血とか涙とか、明確な薬効がある体液がいい。あぁ、そうだ。鱗も試しに一枚……」
「いやだ」
泡沫がはっきりと子供のような返事をした。
「は? なんで?」
「お前はそれを体に取り込んで、自分の体液に馴染ませて調べるつもりでいるんだろ」
「そうだけど、ダメなの? 肉を喰わない限り、不死にはならんだろ」
不死になるには純正の人魚の肉塊をある程度の量、摂取する必要がある。
「そこまでしなくていい。お前の体を使わずに、できる範囲の調査でいい」
澪の体を避けもせず、泡沫が怒鳴った。
(俺だって、そこまでする気はなかったけどさ)
泡沫が遊ぶように澪を喰うから、仕返しをしてやりたくなった。きっかけは、それだけだ。
(けど、よくよく考えると、一番効率が良いんだよな)
肉を喰わない限り、澪にデメリットもない。泡沫がここまで嫌がる理由が、わからない。
「調査っていうか、賭けだろ。負ける気、ねぇんだけど」
横顔を覗き込む。泡沫が机に突っ伏して、沈黙した。
(ガキかよ。何なんだ? 何が気に入らないんだ?)
わからなすぎて、苛々してきた。
「体液は、分けない。いいから、お前は二階に上がれ。今日は降りてくるな」
泡沫が澪の体を押し退けた。
「何の解決にもなってないだろ。何が気に入らないのか、ちゃんと話せよ」
立ち上がろうとする泡沫を椅子に座らせる。その腕を泡沫が振り払った。
「体液を取り込むやり方が気に入らない。これでいいか」
「よくないだろ。セックスしてれば、互いの体液なんか、どうしたって絡まるんだ。そこまで神経質になる必要は……」
「だったら、キスはしない。お前は媚薬に酔って突っ込んで、何も考えずに出していればそれでいい」
泡沫の言葉に、頭に血が上った。逃げようとする泡沫の腕を掴まえる。
「今の、本気で言ってるなら、流石に怒るぞ」
いつもより、声が低くなった。
(俺たちは別に、恋人同士じゃない。捕食者と非捕食者だ。だけど)
そこまで血の通わない肌の重ね方をしてきたつもりはない。
「……他に、何がある」
泡沫の肩が震える。
「お前は俺の餌だ! 言われる通り大人しく食われていれば、それでいい!」
その瞬間には、泡沫の腕を引いて、机に押し倒していた。
「いっ……ぅんっ!」
無理矢理に口付けて、泡沫の服を剥ぎ取る。どんなに悲鳴のような声が漏れても、離す気になれなかった。絡めとった舌に噛みついて、血の匂いを舐めとる。
「やめっ……んんっ」
暑くそそり立ったモノを、泡沫の後ろの口に押し込んだ。泡沫の腰が震えて、硬直する。
「そんなに欲しいなら、くれてやる。その代わり俺の欲しいものも、もらうからな」
ろくに濡れていなかった後ろの口が、水音を醸し始めた。舌先を吸い上げて血を吸う水音と混ざって、どちらの音か、わからない。
「いや、だ……やめ……っ!」
逃げようとする顔を抑え込んで、舌先から何度も血を吸い上げる。腰を激しく打ち付ける乾いた音が廊下まで響いた。
「ぅっ……くっ」
ぶるりと体が震えて、泡沫の中に射精した。丸出しの自我を全部、ぶちまけたような気になった。
「はっ、はぁ」
泡沫の額に、汗が滴る。その顔が、あの時のように泣きそうに歪んでいた。
(だから、どうしてそんな顔……あぁ、これは、俺のせいか)
泡沫の頬に触れようとした手が、止まった。その顔が震えていたからだ。よく見れば、強張った体中が震えていた。
ずるりと、自身を引き抜く。泡沫の体の力が抜けた。
「……ごめん」
机に押し倒した泡沫をそのままにして、澪は二階に逃げた。
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