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第12話
二階の部屋に逃げ込んで、ベッドに突っ伏した。
「何してんだ、俺。らしくないな」
こんな風に怒りに任せて誰かを抱くなんて、初めてだ。
「痛かった……よなぁ」
人魚はローションいらずだが、濡れてもいなかった。媚薬を使っていた気配もなかった。
(つまり俺が、一方的に抱いたんだ)
今更、後悔と自責が湧き上がってきた。最後に見た泡沫の泣きそうな顔が瞼の裏から消えてくれない。
(あの顔は、俺に無理やり抱かれたからってわけじゃ、ないんだよな)
澪の体に自分の体液が入り込むことを、泡沫は異様に嫌がっている。
(出会ってすぐの時も、俺はアイツの血を舐めてる。あの時は、嫌がりもしなかったのに)
あの時と今で、何が違うのか。
(量が少なかったし、意図的でもなかったか。ただの挑発だったからな。今は明確に嫌がって……いや……恐れている?)
そう思い至って、胸の痞えがとれた。泣きそうに歪んだ顔は、嫌悪より恐れだ。
(どうして恐れる? 泡沫は何を、恐れているんだ?)
人魚の血は若返りの秘薬だ。泡沫が恐れる事態とはなんだろう。
「俺が知らない何かが、あるってことか」
泡沫が語らない、澪の知らない何か。その何かが泡沫をあそこまで怯えさせている。
「人魚の因子、か」
澪の目が、扉に向いた。その向こうには泡沫の部屋がある。澪は起き上がり、部屋を出た。向かいの泡沫の部屋の扉を開ける。
「勝手に入るぞ」
泡沫の部屋は、綺麗に整頓されていた。澪の部屋に比べれば少ないが、大きな本棚が二つある。澪は端から本を取り出した。 几帳面な泡沫は、どの部屋でも端から年代順に本を並べている。
「この部屋にあるのは、江戸中期の観察日記、それに文献か」
江戸中期といえば、人魚研究が盛んに行われていた時期だ。
澪は座り込むと、観察日記の文字を追い始めた。暗くなっても、電気をつけて読み進めた。
朝になるまで一睡もせずに読み漁っていたが、泡沫は部屋に戻ってこなかった。
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