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第17話

 次の日、本当に医療器材業者が来た。とはいっても、怪異系特化の卸業者だ。 「怪異医療機材卸会社アケラの副社長、明楽(あけら)絃司(げんし)です」  渡された名刺に、澪は見入った。 「まさか、泡沫先生の診療所で特殊係の職員の方とお会いできるとは思いませんでした。是非、今後ともお付き合いをよろしくお願いいたします」 「はぁ……」  差し出された手を握る。かなり強く握手された。  株式会社アケラは澪も知っている。怪異医療器材の卸問屋としては大手だ。時々十三課でも耳にした。だが、澪が引っ掛かったのは、そこではない。 (明楽って、泡沫の日記に書いてあった。御庭番の明楽家の、末裔か?)  目の前でにこやかに笑む男性は、澪と変わらない年齢に見える。 (この若そうな男が、泡沫の過去に関係あるのか?)  突然、泡沫の過去に関係のありそうな人間が現れた。何かを掴むチャンスなのに、何を掴めばいいのか、わからない。 (やっぱり日記の話、泡沫に振っておけばよかった)  昨晩、ヒレカツに逃げた自分を激しく呪った。 「副社長になったのか。おめでとう」 「そうなんですよ、つい先月の話です。まだまだ若輩ですが、末永くよろしくお願いします」  泡沫の祝辞に、絃司が三角定規をあてたくなるような綺麗なお辞儀を返した。 「絃司は、いくつになるんだ?」  泡沫が下の名前で呼んだ。そんなことが少しだけ、澪の胸に引っ掛かった。 「今年で二十六歳です」 「え……年下なの?」  思わず心の声が漏れた。落ち着いているし、しっかりしている。肩書から考えて、下はないと思っていた。 「一応、聞いてやるが、澪はいくつだ」 「……二十八だよ」 「そうか、残念だな」  泡沫が顔を逸らして肩を揺らした。 「何が、どう残念なんだ。目を見て言ってみろ」  泡沫に迫る澪の姿を、絃司が微笑ましく眺めている。 「仲がよろしいのですね。湯守先生は特殊係からの応援ですか?」 「ん、まぁ、そんな感じだよ。八瀬童子は今のところ、全員が十三課所属だからね」  潜入捜査の真っ只中です、とは言えない。 「天皇までをも癒した温泉のエキスパートが派遣されるなんて、泡沫先生の診療所も一目置かれているのですね」  絃司が泡沫と澪に尊敬の眼差しを向けている。曇りなき眼に気後れする。 (真面目で素直なタイプらしい。悪い男ではなさそうだけど)  見たまま感じたままに受け取る気になれないのは、どうしてだろう。妙な警戒心が発動しそうになる。 「発注は、いつもの分と、追加はこれで頼む」  泡沫が手書きのメモを絃司に手渡した。 「はい、確かにお預かりいたします」  絃司が大事そうにメモ書きを握り締めた。 「それと、薬湯用の桶が幾つか、欲しいんだ。処置室の隣の空き部屋に入るくらいの大きな浴槽も頼みたい」 「ということは、八瀬童子の温泉を本格的に導入されるのですね」  泡沫が澪を振り返った。絃司が同じように視鬼視線を向けた。 「そうね、とりあえず簡易の温泉治療ができる機材が欲しいかな」  二人の圧に耐えかねて、後退る。そんな澪の手を、絃司が握った。 「処置室のお隣は倉庫になっていましたね。かなりの広さがありますし、大きな浴槽が入れられそうです。採寸していって、よろしいですか?」  意気揚々と絃司が身を乗り出す。 「頼むよ。澪と一緒に、良いのを見繕ってくれ」 「承知いたしました。では、湯守先生、行きましょう」  絃司が澪の腕をむんずと掴むと、歩き出した。 「俺一人? 泡沫は?」  振り返ったら、泡沫が息を吐いていた。 「今日も元気だな」  その姿を見たら、一緒にとは言えなかった。

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