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第32話
澪の湯治は盛況だった。特に幻獣の利用が多かった。以前に治療した兎の一角獣も何度か来ていた。
「こんなに評判、良いとはなぁ。薬湯の種類、増やすかな」
大きな桶を洗浄機で洗い流す。隣で泡沫が、小さな桶を洗うのを手伝ってくれた。
「良いんじゃないか。湯桶も、ちょうど良かったな」
小型の幻獣が多いので、大きな湯桶に皆で浸かるとちょうど良い。
「熊みてぇにデカい奴が来た時を想定していたんだけど、こういう使い方もあるよな」
絃司が持ってきてくれた湯桶は頑丈で重さもある。簡単には壊れなそうだ。
「俺もそろそろ、澪の薬湯に入りたいな」
小さな桶を干しながら、泡沫が呟いた。
「そうだよな。今から地下に準備してやろうか?」
前回、初めて薬湯を準備したタイミングで泡沫が人魚化しかけた。
(そういえば、最近全然、セックスしてない。大丈夫なのか?)
最後にしたのがいつだったか、すぐに思い出せなかった。
(えっと、多分……五日くらい前だ。肩を噛まれて血を啜られた時)
さっと、血の気が下がった。澪は泡沫に歩み寄って、肩を掴んだ。
「おい、どうした……」
「大丈夫か? 辛くないか?」
「は?」
泡沫が怪訝な顔で澪を見上げた。
「もしかして、遠慮したのか? そんなの、今更だろ」
「薬湯なら、頼んでいるだろ。何の話をしているんだ?」
「だから……最近、してねぇだろ。泡沫の体は、大丈夫なのか?」
泡沫の眉間の皺が、ようやく緩んだ。
「そういう話か。五日前にしただろう」
泡沫があまりにあっさり答える。
「そうだけど、もう五日も経っているぞ」
前は三日に一度の頻度でしていたのだから、心配になる。泡沫も、五日以上開けたくなと話していた。
「あの時、澪の血を舐めたから、平気だよ」
「そんなに持続力があるのか?」
血液の効果は一時的なものだと思っていた。
もしかしたら精液と同じか、それ以上に人魚化を抑える効果があるのかもしれない。
「だったら、血液を舐めるほうがいいのかもな」
「いや、それは……」
「ダメなのか?」
泡沫が上目遣いに澪を流し見た。
「ダメではないと、思うけど。血を舐めたいと思ったのも、舐めて人魚化が治まったのも、澪が初めてなんだ。俺にも理由が、わからない。だから、いつも通りが、いい」
泡沫の指が、澪の白衣を摘まむ。トクン、と心臓が跳ねた。
「そっ……か。わからないのは、怖いよな。今日、する?」
「……したい」
手を握られて、鼓動が走った。
(あれ、前は平気だったよな。何でこんなに、ドキドキしてんだ。ガキじゃねぇんだから)
澪の白衣を摘まむ泡沫が、可愛くて仕方がない。泡沫が、血液よりも澪を求めてくる。それが嬉しくて、どうにかなりそうだ。
泡沫を抱きしめようと、無意識に手が伸びる。
(俺のことも、源之助に見えてんのかな)
澪の手が、ピタリと止まった。
だとしたら、泡沫を抱くこの腕は、泡沫にとって澪ではない。ジリっと胸が焼けた。
もうこの世にいない男に、これ以上ないほど、嫉妬する。
(馬鹿らしいけど、かなり厄介だ。俺も呪いに掛かったな)
絃司が厄介だと言った意味がわかった気がした。この手をどうするのが正解か、わからない。
澪は伸ばしかけた手を、引っ込めた。
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