33 / 42

第33話

 今夜は地下の広い浴槽ではなく、二階の風呂に薬湯を作った。  二階の生活スペースにも、普通サイズの風呂がある。大人が足を伸ばして入れるくらいの浴槽だから、家庭用にしては大きいほうだろう。 「本当にこっちで良かったのか? 狭くないか?」 「二人で入るには、狭いかもな」  澪の胸に寄りかかる泡沫の足は、ツインテールの尾ひれだ。湯船でゆらゆらと揺れるオーロラ色の尾ひれを、澪はぼんやりと眺めていた。 (何で一緒に風呂に入っているんだっけ)  薬湯の準備をしていたら、泡沫に一緒に入りたいと言われたからだ。軽い気持ちで返事をしたが、狭い湯船に一緒に入れば、こういう体勢になるのは当然だった。 (深く考えてなかった)  一緒に入ったほうが水質調節しやすい。その程度の感覚だったのに。  泡沫の顔が胸にぴたりと張り付いて、心臓の鼓動がうるさい。 (全部、泡沫に聞かれる。今すぐ自分の心臓を止めたい)  こんなことを考えている自分が中学生男子のようで、悲しい。 「今宵の薬湯は、何だ?」 「今宵? えっと、何だっけ」  泡沫の尾ひれと自分の心臓の音ばかり気にしていたから、咄嗟に質問の意味が理解できなかった。 「どうかしたのか。心拍も早いようだ」 「風呂で温まっているからだろ。今日のは、この前と同じ、穢れや呪いを祓う薬湯だよ」  少しだけ声が上擦った。動揺する心を落ち着けようと、こっそり深呼吸した。 「やっぱり、そういう作用があるんだな」  妙に納得した顔で、泡沫が頷いた。 「何か、感じるのか?」  泡沫が考える顔をしている。 「確信があるわけじゃないんだが。澪の血液を舐めて人魚化を防げたのは、薬湯も関係があると思ったんだ」 「薬湯のお陰で、源……人魚の呪いが弱まったってことか?」  危うく源之助の名前を出すところだった。澪は息を飲み込んだ。  泡沫から人魚の呪いの話は聞いているが、源之助の話は聞いていない。口を滑らせるわけにはいかない。 「効果は、期待できるだろ。それに、どちらも澪の中から出たものだ」 「それはまぁ、そうだけど」  今の言い方はエロい。と言いたかったが、言えない。 「それに、成果なら他にもある」 「成果?」  澪がツインテールの尾ひれで水をかいた。揺れる尾ひれが透けていく。見る間に人の足に変化した。 「えっ……湯の中なのに、人の足に戻った」 「また尾ひれにも、戻せる」  人の形をしていた足がオーロラ色を纏う。また尾ひれに戻った。 「自分の意志で変えられるのか」 「自在に切り替えられるようになったのは、初めてだ。澪の血を舐めてからだよ」  泡沫が柔らかく微笑んだ。 「人に、近付いたって思って、いいのか?」 「さぁ、どうだろうな。少なくとも、悪い変化ではないと思っているよ」  澪は言葉を詰まらせた。四百年も、何の変化もなかった泡沫の生態に、わずかでも変化が起きた。自分の意志で人魚の形態を操作できるのは、大きな一歩だ。  腕が勝手に、泡沫の体を抱き寄せていた。 「……良かった」  絞り出した声は小さく掠れていた。震える澪の唇を、泡沫の指がなぞった。 「賭けは、澪が勝つかもな。嬉しいか?」  震える唇から吸い込んだ息が、締まった喉をひゅっと鳴らした。 「嬉しいよ。泡沫がこれ以上、苦しまなくて済むなら、それが一番だろ」  泡沫が息を飲んだ気配がした。 「澪……」  顔を上げた時には、泡沫の唇が重なっていた。控えめに唇を舐めた舌が、口内に入り込む。いつもよりじっくりと味わうように、泡沫の舌が澪を舐め上げる。 「ぅ……ん」  口端から漏れる泡沫の吐息が艶めく。指先が、澪の欲を煽る。気付けば、泡沫の媚薬に塗れて欲情していた。 「ここで、したい。いいか」  泡沫の手が、澪の硬くなったモノを撫で上げた。 「俺も今すぐ、泡沫を抱きたい」  泡沫の尻に、指を滑らせる。ビクリと震える肌に、胸が満たされた。 「澪……俺の体で、感じて」  潤んだ瞳が澪を見上げている。 (この瞳には、誰が映っているんだろうな。なぁ、泡沫。お前は今、誰を感じてる?)  聴けない疑問を胸に隠して、朱がさす頬に口付けを落とした。

ともだちにシェアしよう!