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第33話
今夜は地下の広い浴槽ではなく、二階の風呂に薬湯を作った。
二階の生活スペースにも、普通サイズの風呂がある。大人が足を伸ばして入れるくらいの浴槽だから、家庭用にしては大きいほうだろう。
「本当にこっちで良かったのか? 狭くないか?」
「二人で入るには、狭いかもな」
澪の胸に寄りかかる泡沫の足は、ツインテールの尾ひれだ。湯船でゆらゆらと揺れるオーロラ色の尾ひれを、澪はぼんやりと眺めていた。
(何で一緒に風呂に入っているんだっけ)
薬湯の準備をしていたら、泡沫に一緒に入りたいと言われたからだ。軽い気持ちで返事をしたが、狭い湯船に一緒に入れば、こういう体勢になるのは当然だった。
(深く考えてなかった)
一緒に入ったほうが水質調節しやすい。その程度の感覚だったのに。
泡沫の顔が胸にぴたりと張り付いて、心臓の鼓動がうるさい。
(全部、泡沫に聞かれる。今すぐ自分の心臓を止めたい)
こんなことを考えている自分が中学生男子のようで、悲しい。
「今宵の薬湯は、何だ?」
「今宵? えっと、何だっけ」
泡沫の尾ひれと自分の心臓の音ばかり気にしていたから、咄嗟に質問の意味が理解できなかった。
「どうかしたのか。心拍も早いようだ」
「風呂で温まっているからだろ。今日のは、この前と同じ、穢れや呪いを祓う薬湯だよ」
少しだけ声が上擦った。動揺する心を落ち着けようと、こっそり深呼吸した。
「やっぱり、そういう作用があるんだな」
妙に納得した顔で、泡沫が頷いた。
「何か、感じるのか?」
泡沫が考える顔をしている。
「確信があるわけじゃないんだが。澪の血液を舐めて人魚化を防げたのは、薬湯も関係があると思ったんだ」
「薬湯のお陰で、源……人魚の呪いが弱まったってことか?」
危うく源之助の名前を出すところだった。澪は息を飲み込んだ。
泡沫から人魚の呪いの話は聞いているが、源之助の話は聞いていない。口を滑らせるわけにはいかない。
「効果は、期待できるだろ。それに、どちらも澪の中から出たものだ」
「それはまぁ、そうだけど」
今の言い方はエロい。と言いたかったが、言えない。
「それに、成果なら他にもある」
「成果?」
澪がツインテールの尾ひれで水をかいた。揺れる尾ひれが透けていく。見る間に人の足に変化した。
「えっ……湯の中なのに、人の足に戻った」
「また尾ひれにも、戻せる」
人の形をしていた足がオーロラ色を纏う。また尾ひれに戻った。
「自分の意志で変えられるのか」
「自在に切り替えられるようになったのは、初めてだ。澪の血を舐めてからだよ」
泡沫が柔らかく微笑んだ。
「人に、近付いたって思って、いいのか?」
「さぁ、どうだろうな。少なくとも、悪い変化ではないと思っているよ」
澪は言葉を詰まらせた。四百年も、何の変化もなかった泡沫の生態に、わずかでも変化が起きた。自分の意志で人魚の形態を操作できるのは、大きな一歩だ。
腕が勝手に、泡沫の体を抱き寄せていた。
「……良かった」
絞り出した声は小さく掠れていた。震える澪の唇を、泡沫の指がなぞった。
「賭けは、澪が勝つかもな。嬉しいか?」
震える唇から吸い込んだ息が、締まった喉をひゅっと鳴らした。
「嬉しいよ。泡沫がこれ以上、苦しまなくて済むなら、それが一番だろ」
泡沫が息を飲んだ気配がした。
「澪……」
顔を上げた時には、泡沫の唇が重なっていた。控えめに唇を舐めた舌が、口内に入り込む。いつもよりじっくりと味わうように、泡沫の舌が澪を舐め上げる。
「ぅ……ん」
口端から漏れる泡沫の吐息が艶めく。指先が、澪の欲を煽る。気付けば、泡沫の媚薬に塗れて欲情していた。
「ここで、したい。いいか」
泡沫の手が、澪の硬くなったモノを撫で上げた。
「俺も今すぐ、泡沫を抱きたい」
泡沫の尻に、指を滑らせる。ビクリと震える肌に、胸が満たされた。
「澪……俺の体で、感じて」
潤んだ瞳が澪を見上げている。
(この瞳には、誰が映っているんだろうな。なぁ、泡沫。お前は今、誰を感じてる?)
聴けない疑問を胸に隠して、朱がさす頬に口付けを落とした。
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