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第40話

 診察室の机の上には、カステラが置いてある。熱い玉露がふんわりと湯気を昇らせる。  今日は患者が来ないので暇だ。ということで、午前のおやつタイムになった。 「結局、賭けは、俺の負け? 泡沫の負け?」  素朴な疑問を投げる。不死の人魚を殺せなかった。人にも戻せなかった。 「賭けは、澪の勝ちだ。今すぐ死ななくても、俺の命は有限になったからな」  泡沫がカステラをぱくりと頬張る。心なしか、美味しそうな顔をして見える。 (表情が前より出るようになったよな。良い傾向だ)  きっと泡沫は元々、表情が豊かなタイプだ。最近、そう思う。 「賭けに勝ったら、泡沫をくれるんだっけ」  最初に駆けの話をした時に、存在ごとくれてやると話していた。 「そんな話もしたな。大昔のように感じるよ」  泡沫が気恥ずかしそうに目を逸らした。たった一月前の話だが、既に懐かしい。 「泡沫なら、もうもらっているようなもんだよな。他に何か、御褒美とかある?」  泡沫が顔を赤くして、肩を跳ねさせた。 「御褒美、か。そうだな……はい、あーん」 「あーん」  カステラを差し出されるまま、食べた。 「美味いか?」 「美味い」 「良かったな」  泡沫が満足そうに玉露を啜る。 「まさか、これが御褒美?」 「足りないか。じゃぁ、もう一口」 「そうじゃねぇだろ」  泡沫が驚いた顔をしている。本気で御褒美だったらしい。 「今のでは、ダメか。じゃあ……わかった。立ってみろ」 「ん? うん」  泡沫が澪に向かって手を広げた。 「はい、いいぞ」 「いいって、何が?」  一応、聞いてみる。泡沫が顔を赤らめた。 「ぎゅってしてやる」  思わず、澪から泡沫を抱きしめた。 「違う! 俺が澪を、ぎゅってするんだ。これじゃ、逆だろ」 「逆でいい。泡沫が可愛いから、我慢できない」 「これじゃ、御褒美にならない」  拗ねた声が聞こえて、澪は思わず笑んだ。 「充分、御褒美だ……あ、じゃぁさ」  澪は泡沫の耳元で、こそこそと囁いた。泡沫の耳がみるみる熱を持つ。可愛い耳に噛みつきたいが、今は我慢だ。 「そんなことで、いいのか」 「そんなことがいいの。俺たちが命懸けで得た特権だろ」  泡沫が澪をじっと見上げた。 「……大好き」  囁いた泡沫が、澪の頬に口付けた。ちゅっと響く水音まで可愛い。 「俺も大好きだよ。ありがと、泡沫」  前髪を退けて、泡沫の額に口付けを返す。 (胸が痺れるほど嬉しいんだから、俺も大概惚れた弱みだよな)   泡沫が、くすぐったそうに目を細めた。 「好きと言えるのは嬉しいけど、気恥ずかしいな」  泡沫が照れた目を逸らす。 (あぁ、ダメだ。泡沫が何をしても可愛い。これも呪いじゃないのか)  口付けたいのを我慢して、澪は泡沫の目尻に指を滑らせた。 「続きは、夜にしてやる」  泡沫が、澪の耳元でぽそりと呟いた。 「無理するなよ。泡沫はもう、精を喰わなくても人魚になったりしないんだから」  もう生きるために体を使う必要はない。前のようなハイペースで抱かれなくていい。 「そういうことじゃない。俺が澪に抱かれたいんだ」  泡沫が、澪の白衣の裾を摘まむ。その仕草に、ごくりと息を飲んだ。 「それじゃ、御褒美にならない、か?」  耳も顔も赤くして、泡沫が首を傾げる。 「めちゃくちゃ御褒美になる。今すぐ抱きたい」  泡沫の小さな体を抱きしめた。 「今すぐはダメだ。患者が来るかもしれないから」 「わかってる。耐える」  泡沫の髪に顔を埋めて、匂いを吸い込む。 (急にデレるのは、狡いだろ。こんなに可愛くなるなんて、聞いてない)  そもそも可愛い要素はあったかも、などと考えて、自分に呆れた。

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