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第4話:あらたふと青葉若葉の日の光①
それから二人は草加を抜け、北へ進み続けた。
「——ねえ曽良。
ここ暫く、ずっと北に向かっているようだけど
このまま奥州の果てまで進んで行くの?」
「いや。もう暫く歩いたら鹿沼に着く。
そこから西へ少し行って、日光で最初の仕事をする」
「仕事……、そこに倒幕派の志士がいるってことだね?」
芭蕉は、いよいよ敵と対面する緊張感で背筋が伸びた。
「日光には東照宮——幕府の初代将軍である徳川家康様が眠る場所があってね。
そこを根城にしている志士達が居るとの話を聞いてきた」
曽良が言うと、芭蕉は不思議そうに首を捻った。
「どうして幕府と敵対するはずの志士が、
幕府の初代将軍にあたる人のお墓をわざわざ根城にするんだろう?
彼らからすれば、幕府を開いた諸悪の根源のような存在なんじゃないの?」
すると曽良は、「その通りだよ」と告げた。
「倒幕派志士にとっては、敵の先祖が丁重に祀られている恨めしい場所だ。
だからその地を破壊して、幕府に打撃を与えることを密かに計画しているという情報が入っている」
「ひえ……墓を荒らすの?」
芭蕉は「罰当たりなことをする者達がいたものだなあ」と言って眉をひそめた。
「ま……、死んでしまえば人間なんて皆等しく土に還るだけなんだけどな。
それでも御上からすれば、今の日の本の祖を築いた崇高な御先祖様に無礼を働こうとする者達が許せないんだろう。
それに日光の東照宮は、御上のお父上である家光様が多額の費用と年月をかけて完成させたものでもある」
曽良が言うと、「えっ?」と芭蕉は目を丸めた。
「御上——綱吉様のお父上って徳川将軍三代目の家光様なの?
でも、綱吉様は五代目——」
「四代目の家綱様は、御上の兄にあたる御方だよ」
「あっ、なるほど。
てっきり家綱様と綱吉様が親子なのかと思っていたよ」
「——芭蕉、子ども達に学問を教えていたんだよな……?」
曽良が『それなのに何故知らないんだ?』と言いたそうな目で見ると、
芭蕉は頬をぽりぽりと掻きながら答えた。
「実はさ……歴史に関することだけは教えていなかったんだ。
勘定や読み書きならば、問いに対して正しい答えを投げ返せるけれど
歴史っていうのはどこまでが事実かを判定することが難しいし、
見る人によって善にも悪にもなる事柄が多いから」
「まあ……確かに、視点を変えれば受ける印象が変わることは多いかも。
自分の仲間が敵を討って英雄扱いされていたとしても、
敵から見ればその英雄は仲間を殺した大罪人になったりするしな」
「そうそう。
僕は歴史の観測者ではないから、自分が正しいと思うことを信じるしかない。
だけど自分の物差しで子どもを説き伏せるようなことはしたくなかった」
「なるほど」
「まして政治に関することは、僕の言ったことが
どこで誰に聞かれ、どんな風に婉曲して幕府に伝わるか分からなかったから……。
伊賀の里から逃げてきて素性を隠している身として
自衛の為にも政治に纏わることは人に話さなかったし
自分の耳にもあまり入れないようにしていたんだ」
芭蕉の話を聞いた曽良は、納得した様子で続けた。
「そういうことなら、芭蕉があまり幕府に関することを知らないのも頷ける。
そもそも江戸の町民の耳に入る情報だって限られているからな。
……とにかく、御上の父も兄も、日光東照宮を大切に扱ってきた訳だ。
そんな神聖な場所を、自分が将軍となった代で破壊されては御上も彼らに示しがつかない。
——だから俺は、その倒幕派志士たちを抹殺しなければならないんだ」
決意に満ちた表情で曽良は言い切ると、
「そういう訳だから、ここから先はどこで誰に話を聞かれているかわからない。
終始、旅人という体を保っていこう」
と芭蕉に告げた。
「分かった!」
芭蕉はコクコクと頷くと、「じゃあ……」と言って地図を引っ張り出した。
「えーとえーと……、
そ!そういえば曽良!この近くには縁結びの神社があるらしいよ!!」
突然そう叫んだ芭蕉を見て、曽良は目を点にした。
「えっ、縁結び……?
というか芭蕉、突然そんな大声——」
「僕、日光を訪れたらぜひ立ち寄りたいと思っていたんだよ!
独り者には神のお力添えが必要だからねえ!
ここでお参りすると恋の願いが叶うって!
街の女の子たちが噂しているのを聞いたことがあるんだ!」
「芭蕉、落ち着け芭蕉」
曽良は、不自然なほど大きな声で話す芭蕉の口元をがばりと抑えた。
「そんな急に芝居がかった言動をするのはかえって怪しい」
「もご……、ぼ、僕怪しい?」
「めちゃくちゃ怪しい」
「!……」
曽良がパッと手を離すと、芭蕉は沈んだ様子で項垂れた。
「駄目だァ……。
僕には芝居の才能がないみたい。
精一杯、唯の旅人を演じようとしたんだけど……」
「はは……精一杯芝居をしようとしてくれた気持ちはありがたいよ」
曽良は苦笑いを浮かべて言った。
「それにしても、縁結びの神社があるというのは初耳だ。
それは本当の話なのか?」
「う、うん!ここまで歩いてくる道中で、様々な名所についての情報がまとまった書物を読み込んできたんだ!」
「……宿屋で毎夜遅くまで灯りをつけて
ずっと何かを読んでいるとは思っていたが……それだったのか」
「そうだよ!二荒山神社と言ってね、東照宮のすぐ隣にある山に建てられている神社なんだよ。
二荒山は山岳信仰が有名でね、その山自体が御神体として祀られているんだけど——」
芭蕉が二荒山神社のあらましを誇らしげに語ると、
長い話を終えた後で曽良がぽつりと呟いた。
「なるほど。芭蕉はそこで女人とのご縁を願いたい訳だな」
「違うよ!!」
芭蕉はブンブンと首を横に振った。
「東照宮の近くにたまたま縁結びで有名な神社があるから話題にしただけで——
僕のような素性を偽っている人間は所帯を持つべきじゃないと思っているし……
貧乏だから、添い遂げてくれるような女人は現れないだろうしね。
それに——人を愛するってことが、僕にはよく分からないから」
芭蕉はひと息に言うと、赤くなった顔を手のひらで仰ぎながら曽良を見た。
「そっ、そういう曽良こそ、実は想い人が居るんじゃないの?!」
すると曽良は、瞼を伏せて笑みを浮かべた。
「俺の方こそ、所帯を持って良い人間じゃなかったよ」
どこか寂しそうに唇の端を上げる曽良の表情と、その言葉尻が引っかかった芭蕉だったが
彼に対して返す言葉が浮かばず、暫くの間沈黙が続いた。
「……折角だから東照宮の前に立ち寄ってみようか。その二荒山神社に」
——やがて、曽良がそう口にすると
芭蕉も「そ、そうだね!」と返し、二人はまず二荒山へ向かった。
すると山の麓で、なにやら青ざめた表情で立ち尽くしている少年に遭遇した。
「……君、どうしたの?」
この辺りにいる者には警戒しなければと思い
黙って通り過ぎようかと一度は考えたものの、
あまりに悲壮感を漂わせる少年を見過ごせなかった芭蕉は思わず声を掛けた。
すると少年は、恐怖に満ちた表情で顔を上げ
「違う……」
と呟いた。
「え?」
「違う……、違う、違う……っ!
僕はそんなつもりじゃなかった……!」
「お、落ち着いて。どうしたの?」
「僕は家族を守りたかっただけなんだ……っ!」
「家族?何があったのか、僕に話してみて——」
「芭蕉。『あれ』のことだろう」
パニック状態の少年に芭蕉が戸惑っていると、
曽良が冷静な面持ちで草むらの陰の方を指差した。
「え?——あ……」
曽良が見つめる先に芭蕉が視線を向けると、
そこには一匹の犬の死骸が転がっていた。
「犬の……死骸……」
芭蕉は状況を把握し、少年と同じく顔を青ざめた。
「御上が少し前に出した『生類憐みの令』という御触れ——。
生き物の殺生をした者は厳しく取り締まられるという通告だ。
この子が怯えている訳は、恐らくこの子がそこに転がっている犬を殺してしまったからじゃないか」
曽良が言うと、少年はガバリと芭蕉の腕にしがみついて言った。
「違うんだ……っ!
ここの神社に参拝しようと思って
幼い弟と山を登ろうとしていたら、
急にこの犬が襲いかかってきて、弟の脚に噛み付いたんだ!
だから僕、弟を助けなきゃと思って太い枝で犬を叩いて追い払おうとしたんだけど
犬は弟の脚から離れようとしなくって——
何度も叩いていたらようやく弟を離したんだけど、その後動かなくなってしまって……」
「そっか……弟を守る為に戦ったんだね」
芭蕉は怯えている少年の頭を撫でたが、少年の震えは止まらなかった。
「それから、騒ぎを聞きつけた近くの人達がやって来て
怪我をした弟を連れて行ったんだけど、
犬の死骸と、犬の血が付いた枝を持っていた僕を見た皆が
『令を破った!』と言って、役人達を呼んでくるって——
だから今から、僕を連れていく為に幕府のお役人様がやって来る。
……僕は死罪になってしまうのかな……」
ガクガクと震える少年をどうにかして助けてやりたいと考えた芭蕉は、ちらりと曽良を見た。
この旅の目的は、倒幕派志士を見つけて抹殺すること。
目的に関係のない少年を助けて時間をロスすることに
曽良は良い顔をしないだろうと考えたが——
「名前は?」
曽良は中腰になって少年と目を合わせると、そう尋ねた。
「っ、僕の名前?……平太……」
「平太。弟を助けようと勇気を出して立ち向かったことは何も間違っていない。
その犬のことも、殺すつもりじゃなかったんだな?」
「うん!!どうにか追い払おうとして無我夢中だったんだ!
本当は僕だって動物は嫌いじゃないんだ……っ!」
平太が大粒の涙を浮かべて言うと、曽良は
「分かった」
と言って頷いた。
——するとそこに、村人達の話を聞いてやって来た役人集団が現れた。
「この辺りでお犬様を殺した子どもがいると聞いて参った。
子どもというのはお主のことだな?」
役人の一人が平太を見て言うと、平太はぶるりと震え上がった。
すると間髪を入れず曽良が平太の前に出て、役人に向けて言った。
「この子は犬に襲われている弟を助ける為に戦ったんです。
正当防衛として見逃してはもらえませんか」
「お主、何者だ?」
平太の前に立ちはだかった曽良を見た役人が怪訝そうな顔で尋ねた。
「俺はただの旅人です」
「旅人、だと?」
「ぼ、僕も彼と旅する仲間です!!」
その時、芭蕉が曽良の隣に並んで声を上げた。
「僕たちはこの山にある神社に参拝しようと思ってここを通り掛かった、唯の旅の者です」
「旅の者がなぜ、縁もゆかりもない土地の子どもに味方するのだ?
さてはお主ら共謀してお犬様を殺そうとしたのではあるまいな?」
役人がじろりと睨むと、芭蕉はビクッと肩をすくめながらも言い返した。
「こ、この子と僕たちは偶々ここに居合わせただけの関係です。
けれど弟の為に必死で戦ったこの子が
罪を背負わなければならなくなるのはおかしいと思います……!」
「いくら兄弟の為とは言ってもな、御上はお犬様を殺した者には相応の罰——つまり処刑するよう御触れを出しているのだ。
その決まりを破ることは許されない」
役人は淡々と告げると、
「さあ、そこを退け」
と芭蕉に言った。
「退かなければ、お主らも役人の仕事を妨害した罪で連れて行くぞ」
「あなた自身はこの子を死罪にするのが正しいことだとお思いですか?」
冷や汗を流す芭蕉の横で、曽良が役人に切り返した。
「この子は自分の家族を守る為に戦い、その末に犬を死なせてしまった。
故意でも悪意でもなく、純粋に弟を助けたかったから。
俺達は彼の行動を悪だとは思いません」
「お主や私、そして世の中がこれを善か悪かと考える余地はない!
お犬様を殺した者はもれなく死罪にするのが御上のお達しであり、
そのお達しに従わないことは罪なのだ!」
「——あなたは江戸の現状をご存知ですか?」
「は……?」
役人が顔を顰めると、曽良は毅然とした態度で言った。
「江戸では野犬が大量に増え、襲われる者、食糧を食い荒らされる者が格段に増えています。
追い払おうとして犬に怪我をさせた者が改易や流罪を言い渡されるために
皆罰を恐れて生き物には手を出さなくなった。
結果子どもが犬に襲われていても誰も助けようとはせず、
肉や魚を売って生計を立てていた商人は仕事を失い、
そしてこの御触れを整備するにあたって何十両もの金を町民の負担で賄われた為に
江戸の治安は近年稀に見るほど悪くなっています。
——これを知っていて、御上の出した御触れに忠実に従うことが正しいと考えているのなら
あなたは善悪の区別が付かない、自分で考えて動くことのできない浅はかな人間だ」
「っ、この……言わせておけば……!
その子どもさえ斬ればこの案件は終いに出来るのだ!
これ以上我らの手を煩わせるな!」
役人は強引に曽良と芭蕉の間に割って入ると、
奥で震えている平太の手を掴もうとした。
「ッ——」
曽良が咄嗟に懐の中に隠し持った物を取り出そうとしたその時、
役人が引き連れてきた部下達の中から若い男の声が上がった。
「俺も旅人の意見にさんせーい。
お犬様は大勢いらっしゃるけど、国の為に働いてくれる訳じゃないし。
お犬様を一匹死なせてしまったからと言って、
日の本を支える貴重な人手を斬り捨てるのは
御上にとっての損失だと思うよ?」
「なっ……!」
役人は眉根に皺を寄せながら振り返り、そしてぎょっとしたような表情を浮かべた。
「……庄助殿」
「大体さ、この御触れは人々が仁心を育み、生き物を大切にすることを目的に御上が出したものでしょ?
そこの子が弟っていう『生き物』を大切にしていたからこそ咄嗟に取った行動だったのだと思えば
彼は御上が望む人物像に足る存在だと思わない?」
「っ……!」
「そもそも、あんた知ってる?
名目上は人々の仁心を育む為だとか言ってるけど、
本当は御上に中々後継が生まれないのは
前世で犬を殺したせいだ、という僧侶の言葉を間に受けた御上とその奥方様達が
民を巻き込んで願掛けするために出した御触れだってこと。
——まあこんな話、ここにいる奴らの中じゃ
『大奥』に顔が利く俺しか知らないだろうけど」
曽良は、役人の群れの中から庄助と呼ばれた男が現れたのを見てハッと息を呑んだ。
「庄助殿、その話は初耳ではあるが……
お犬様を殺した者は皆例外なく死罪にと御上が——」
「あ、そうそう」
庄助はポン、と手を叩いて笑みを浮かべた。
「俺、こないだ江戸に帰っている時に見たよ。
あんたが大奥で仕える娘を口説いているところ」
「!?な、なぜそれを……」
「欲に溺れ、大奥に奉公する者に手を出すような役人がいれば
役職に構わず自分に報告するよう御上が言ってたなあ。
俺、言いつけちゃおっかなあ」
「待て待て待て待て!」
役人は顔を真っ青にして庄助に詰め寄った。
「なぜそれを知って——いや、なぜ私を脅すようなことを言うのだ?!
お主は私と同じ仲間ではないか!」
「御触れの通りにしか物事を進行できない奴を見ていると苛立ってくるんだよね。
こう言う時に柔軟に対応できないせいで、
俺たち幕府の人間がみんな頭が硬いのだと思われたら嫌だし。
ここらであんたを失脚させて、界隈に新しい風を吹かせるのも悪くないな〜って」
すると役人は段々と覇気のない表情に変わっていった。
「……この少年を無罪放免にすれば、お主は満足するのか?」
「まあ、今日のところは」
「御上に私のしたことを黙っていてくれるか?」
「んー、ひとまずは黙っておくよ」
「……」
役人は、どこか腑に落ちない表情を浮かべながらも
ゆっくりと芭蕉達の方に向き直って告げた。
「その子どものした事は見なかったこととする……。
早う家に帰って、弟の怪我の具合を見てやるがよい」
「えっ……!?」
平太は驚いたように目を丸めた。
「平太、帰っていいそうだ」
曽良が平太の背中に手を添えると、平太はまだ信じられないというような顔で
「本当に……僕、無罪放免になるの?」
と、おずおずと尋ねた。
「おう、お前はもう自由だ。
暗くなる前に家に帰りな!」
すると庄助がそう言ってカラッとした笑顔を浮かべた。
それを見てようやく安心したらしい平太は、
芭蕉と曽良と目を合わせた。
「お兄さん達、助けてくれてありがとう。
ほんとにありがとう!!」
「ああ」
「気をつけて帰るんだよ」
曽良と芭蕉がそれぞれに返すと、平太は嬉しそうに里の方へ駆けて行った。
「——で」
平太の姿が見えなくなった頃、庄助はじりじりと芭蕉達の方に歩み寄って来た。
「旅人さん達、少し俺とお喋りしない?」
「え?!」
芭蕉は、役人の庄助からそう言われた事で目を丸めたが、
曽良は何かを察したように
「分かった」
と短く答えた。
「そういうわけで、皆は撤収してくださーい。
俺はお犬様の死骸を処理——じゃねえや、丁重に埋葬してから合流するんで!」
庄助は、他の役人達に帰るよう促すと
彼らがその場を去っていくのを見届け、
荷物の中から麻袋を一枚取り出した。
「……俺さー、犬の肉が好物だったんだよねえ。
それがこーんな馬鹿げた御触れが出たせいで食べれなくなっちゃって。
犬が辺りを走り回ってるのを見るだけで腹が減ってくるんだよ。
ってことで、そこに転がってるお犬様は
俺が持ち帰って犬汁にしよっかなあ」
「どうして俺たちを庇ったんだ?」
ニコニコしながら犬の死骸を麻袋に詰めている庄助に、曽良は怪訝そうな目を向けた。
「え?そりゃあ〜だって……俺とお前の仲だし……」
庄助が言うと、芭蕉は目を丸めて庄助と曽良を見比べた。
「えっ!?二人は知り合いなの?」
すると庄助は、ニッと笑みを浮かべて腰を上げた。
「そーだよ。俺は元々江戸で大奥の護衛を務める役人だったんだ。
今は地方の目付役に回ってるけど、江戸に住んでいた頃は
彼と何度も城で顔を合わせる仲だったわけ。
ねー、曽良?」
庄助が曽良に微笑みかけると、曽良は視線を逸らした。
「はあ、相変わらず曽良は釣れないなあ」
庄助は笑いながら不意に芭蕉の肩に手を回した。
「で、あんたは曽良とどういう関係?」
「えっ?!」
突然抱き寄せられ、芭蕉が硬直すると
曽良は即座に庄助の手を払い退けて言った。
「この男は旅の途中で出会った他人だ。
余所者に迷惑をかけるな」
曽良の言葉に、一瞬芭蕉は驚いたが
曽良と旧知の仲であることが知られれば
芭蕉が抜け忍であることを嗅ぎつけられる可能性があると考えて
他人のふりをしてくれたのだとすぐに理解した。
「へえ、旅を道連れしていた他人ねえ」
庄助はじろじろと芭蕉を見て言った。
「あんた名前は?旅に出る前は何してたの?」
自分に向けて問いかけられた芭蕉は冷や汗を流したが、深呼吸をしてこう答えた。
「僕は松尾芭蕉と言います……。
これまでは子どもに学問を教えていましたが、
俳句を詠む旅に出てきたところで——」
「俳句?」
それを聞いた庄助は、目をパッと輝かせて言った。
「凄え!あんた俳人なのか!
じゃあ何か一つ、ここで詠んでみせてくれよ!」
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