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第5話:あらたふと青葉若葉の日の光②
「おい……!」
曽良が眉間に皺を寄せて庄助を諌めようとしたが、
庄助は気にする事なく芭蕉に言った。
「なっ?俺、文化人が大好きなんだよ。
素人ながら歌を作るのも好きでさあ」
「ぼ、僕も素人ですよ」
「いいから、何か詠んでみてくれ!
素人といっても基礎はあるわけだろ?
——それとも、曽良と道中知り合ったってのは方便で
実は曽良と深い関わりがある……例えばあんたも忍とか……?」
庄助にじっと見つめられた芭蕉は、
身体中から汗を噴き出しながらも
どうにか彼を納得させなければと考えた。
どうしよう。
こんなに緊張しながら句を考えることなんてできない。
それにここは山の麓で、取り立てて題材にできそうな景観でもない——
あ、そうだ!
「ならば僕の目的地がすぐ近くにあるので、
そこで一句詠ませて頂いても?」
芭蕉が言うと、庄助は笑みを見せた。
「おお、さては東照宮に行くつもりだな?
いいよ。俺も仕事暇だし、そこで良い句を聞かせてもらえるってんならついて行くわ」
「な……」
曽良は、この先までついて来ようとする庄助にぎょっとした視線を送ったが、
その直後、芭蕉の考えたいることを推し測った。
東照宮の付近には、倒幕派志士が隠れている可能性が高い。
お喋り好きで陽気な庄助が近くにいれば、
参拝客を装うことも容易になるうえ
万一志士に襲われても刀を帯同する庄助が力になってくれるかもしれない。
芭蕉は庄助をカムフラージュ兼護衛の役として利用しようとしているのだと把握した曽良は
反対することはせず、二人の後をついて行った。
「——ところでさ」
三人で歩き始めると、庄助が曽良を見て言った。
「曽良はなんでこんなところ旅してたの?仕事は?」
「……」
庄助に尋ねられた曽良は押し黙った。
倒幕派志士を抹殺する為の旅だと答えれば、
そんな危険な旅でありながら
なぜ赤の他人である芭蕉と連れ立って旅しているのだと問われることだろう。
「なあ、俺と曽良の仲だろ?
ここにいる訳を教えてくれたっていいじゃんか」
「——仕事の一環だ」
「仕事って?」
「顔見知り程度の相手に話せる内容じゃない」
「ひっでえなあ……。
さっき助けてやっただろ?」
「助けを求めた覚えはない。
いざとなればあの場にいた役人全員を殺すつもりでいた」
「え……」
庄助の顔が引き攣ったのを見た芭蕉は、冷や汗を流しながら間に入った。
「や、やだなあ、曽良!
お役人たちは同じ御上に仕える奉公仲間でしょう?
そんなの冗談に決まってるよね!」
「いや、曽良ならやりかねねえな」
「え?」
その時、庄助が真面目な面持ちで呟いた。
「御上の命令で、親しくしていた者を殺したという噂を聞いたことあるし」
庄助はぽりぽりと頬を掻くと、
「悪かったよ」
と謝った。
「そうだよな、忍は隠密活動が主務だもんな。
俺にベラベラ話してしまうような奴だったら
とっくに御上から首を切られているところだわな」
庄助が大人しく引き下がったことで、一触即発の空気を回避できた芭蕉はほっと息をついた。
曽良——
いざとなったらさっきのお役人達を殺すつもりでいたのか。
だからあんなに強気な態度に出られたのかも。
それに、御上の命令で親しくしていた者を殺したって——
でもそれは……あくまで噂なのだから
本当のこととは限らない。
僕が知る曽良は、いつも僕を助けてくれる英雄のような存在だから
曽良のことを怖いと感じたことはない。
怖いだなんて、感じたくない……
「さっ、東照宮の門が見えてきたな!」
暫く無言で歩いていると、庄助がそう言って芭蕉の方を振り返った。
「ここを訪れる人が一番感動するのはこの門だって話だな」
庄助がそう言って指差す方に目を向けた芭蕉はあっと息を呑んだ。
「わ……!」
そこに建つ門は、至る所に豪華絢爛な装飾がなされ、どこに目を向けたら良いか定まらないほどどれも見事なものだった。
「この門は陽明門って名なんだけどな、
別名で『日暮門』とも言われているんだ」
「ひぐらし門?」
陽明門に目を奪われている芭蕉の代わりに曽良が尋ねると、庄助が「ああ」と頷いてみせた。
「この門の装飾があまりに絢爛なもんだから、
日が暮れるまで一日中眺めていても見飽きない、ってことからそう呼ばれてるんだとよ」
「へえ」
芭蕉がじっと門に見入っている横に曽良は並び立つと、
「芭蕉は日が暮れるまでと言わず、明日の朝まででも見続けていそうだな」
と口にした。
「……あっ、ごめん!!
本当、ここを見ているだけで一日を終えてしまいそうなところだったよ」
曽良の声で我に返った芭蕉が振り向くと、曽良は唇の端を上げた。
「この門について、何か句は思いついた?」
「うーん……。確かに見事な門なんだけど、
こうも華美だとかえってどこを切り取って詠むべきか悩んでしまうね」
「それなら」
芭蕉が腕を組んで悩んでいると、庄助が彼の肩に手を乗せた。
「とりあえずこの門の先も一通り見て回ってから
一番印象に残ったことを詠めばいいんじゃね?」
「そっか、それが良さそうです!」
芭蕉はニコッと笑みを浮かべると
「庄助殿、よければこの先も案内してもらえますか?」
と言った。
それを聞いた曽良の眉がぴくりと動いたが、
「陽明門の別名だとか、庄助殿から詳しい話を色々教えてもらいたいんだ」
と芭蕉が続けたため、
何か言いたそうにしながらも唇を引き結び
芭蕉と庄助の後をついて行った。
——建造物を一通り見て回った後、庄助は敷地の奥にある細い石段の方を指差して言った。
「最後に、徳川家康様のお墓を案内するよ」
「この石段の頂上……ですか?」
「そうだよ。ちょっと長いから上がって行くのはキツいだろうけど、ここに来たからには見ておきたいだろ?」
「見たいです!」
目を輝かせ、元気に頷いた芭蕉だったが
それから数分後、彼の瞳から光は消え失せていた。
「……はぁ……、はぁ……っ。
ま、待って……みんな……」
どこまでも続く石段にすっかり疲弊した芭蕉は
両膝に手を着き、肩で息をしながら言った。
「少し……休みたい……」
「はは、あと少しで頂上だぞ?
気力で上がってこいよ!」
芭蕉より幾分先まで登っていた庄助が
下段にいる芭蕉の方を見下ろしながら言った時、
庄助より更に上を登っていた曽良がスタスタと降りて来た。
そして庄助を通り過ぎ芭蕉の元まで戻ると、
竹筒に入った水を渡して言った。
「無理するな。芭蕉の速さで上がって来ればいい」
「はぁ、はぁ……、ありがとう——曽良……」
曽良から貰った水を喉に流し込み、
額を伝う汗を拭いながら芭蕉が礼を言う姿を目にした庄助は訝しげな表情を浮かべた。
旅で偶然知り合ったにしては
芭蕉って奴は随分と曽良に心を許しているように見える。
そんでもって曽良の方も慣れたように芭蕉の世話を焼いている。
二人の関係について謎が深まるばかりだわ……
庄助は心の中で独り言を呟くと、
続けて下にいる二人に向けて声を張り上げた。
「んじゃ、俺は一足先にお墓のとこに居るから!
お前らはゆっくり登って来いよー」
「うん、ありがとう」
芭蕉は返事をすると、曽良と一緒にゆっくりと石段を登って行った。
「ごめんね、僕の体力が無いばかりに付き合わせてしまって……」
「俺こそ芭蕉が付いてきているとばかり思って一人で先を進んでしまっていた。
すまなかった」
「そんな、足を引っ張る僕が悪いんだから
曽良が謝ることなんて——」
二人がそう言い合っていたその時、
頂上の方から叫び声が響き渡った。
「お前ら何者だ!?
——やめろっ、離せ……、うわあああ!!」
頂上から庄助の叫び声が聞こえ、芭蕉と曽良は顔を見合わせた。
すぐさま曽良は石段を駆け上がり、芭蕉も遅れて頂上に向かうと、
そこには大勢の男たちに囲まれ拘束されている庄助の姿があった。
「庄助殿!!」
芭蕉が叫ぶと、集団の内の一人——リーダー格と思われる男が視線を芭蕉に向けた。
「何だ?幕府の犬の仲間か?」
「誰が犬だ!」
芭蕉が何かを返す前に、庄助が噛み付いた。
「人のことを犬呼ばわりするのは不躾じゃねえか?」
「お前ら役人共は幕府の言いなり——主人に逆らえない飼い殺しの犬みたいなものだろう。
それも犬公方ともあだ名される綱吉の家臣ともなれば、いよいよ犬と呼ぶに相応しい」
「墓荒らしの浪人なんぞに犬呼ばわりされたかねえよ!」
庄助が反論すると、リーダー格の男はむっと顔を顰めた。
「我らは浪人ではなく志士だ!
倒幕という志を同じくする崇高な派閥なのだ!
何の志も持たず刀を携えた流浪人と同じにするな!」
「ねえ、曽良……」
芭蕉はこそっと曽良に囁きかけた。
すると曽良も小さく頷き返した。
「ああ。倒幕派志士で間違いないだろう」
曽良は懐を弄ると、隠し持っていた忍者刀を構えた。
「!——そんな短い刀で我らと戦おうと言うのか」
曽良が忍者刀で大勢の倒幕派志士たちと対峙するのを見て、リーダー格の男がせせら笑った。
「今時の幕府の犬はそんな御守り程度の小刀しか持たせてもらえぬのだな。
初代家康の墓はこれほどまで豪華絢爛だと言うのに、
徳川家に仕える犬にはまるで目をかけていない——まさに悪政の産物だ」
「これは自身を守るための護身用ではなく、敵を殺害するためのものだ。
刀が小型だと小回りも効き握力の消耗も抑えられる。
お前たち程度の人数であれば、この刀で充分戦えることを見せてやろう」
曽良はそう言うと、一番近くにいた志士へ瞬く間に距離を詰めると、
目を見張る速さで正確にその首を掻き切った。
「ぐっ……!」
苦しむ間も無く倒れ込み絶命した志士の姿を見た他の志士たちは、思わず後退りをした。
だが曽良は彼らが退くのを許さず、他の者達にも次々と近寄ると、急所を狙って刀を振り翳した。
応戦する間も、刀を抜くことさえできないまま
一方的に攻撃されていく仲間達を目にしたリーダー格の男は、
慌てて庄助の首元に刀をあてがった。
「おい!お前の仲間がどうなってもいいのか!?」
「どうでもいい」
曽良は手短に答えると、リーダー格の男が盾にしている庄助もろとも切り裂こうと刀を振り上げた。
「うわあああ!?」
庄助が思わず叫び声を上げたその時、
少し離れたところから成り行きを見守っていた芭蕉が飛び出し
間一髪のところで庄助とリーダー格の男を突き飛ばした。
「な……!?」
曽良が驚いて動きを止めると、
地面に投げ出されたリーダー格の男は
他の仲間達の亡骸を残し、命辛辛その場から逃げて行った。
「一人取り逃がしてしまった!
どうして邪魔したんだ!?」
リーダー格の男だけ仕留め損ねた曽良が
やや興奮した様子で芭蕉に詰め寄ると、芭蕉は庄助を抱き起こしながら言った。
「曽良こそ何を考えているの?!
庄助殿もろとも斬り殺そうとするなんて!」
すると曽良は、
「そうすれば確実にあの男も殺すことができたからだ」
と迷うことなく答えた。
すると、青ざめた表情で顛末を見守っていた庄助が恐る恐る口を開いた。
「お前が冷酷で使命に忠実な忍だって話は前から聞いていたが……、
あの噂だけはさすがに尾ひれが付いた作り話だと思っていた。
でも——俺もろとも殺そうとしたお前を見て確信したよ。
やっぱりあの噂は本当だったんだと」
「あの噂、って……?」
芭蕉が不安げな表情で尋ねると、庄助は青い顔のまま答えた。
「さっき話したろ?
目的を果たすために、親交のあった者を殺したことがあるって噂……。
俺が聞いたのは、曽良が——自分の妻と子どもを殺したって話だ」
「え……」
多くの死体が転がる墓場に、芭蕉の戸惑いの声が響く。
「曽良の……妻と、子……?」
芭蕉は理解が追いつかず、しばらく茫然自失になった。
そもそも、曽良に妻子がいたという話が初耳だ。
そしてその妻子を……自分の手で殺した?
曽良が……?
どうして——
「そ、曽良……」
芭蕉は、庄助の話をすぐにでも否定してほしいと言う願いを込めて曽良を見つめた。
だが曽良は冷めた声でひと言、
「噂ではなく事実だ」
と答えた。
「……っ」
どうして自分の妻子を殺したの?
なぜ妻子が居たことを話してくれなかったの?
僕には話す必要のないことだと考えたから?
僕なんかに話したって仕方がない、って……
「——庄助」
芭蕉が動揺して何も返せずにいると、
曽良は忍者刀に付いた血の汚れを拭いながら庄助に視線を向けた。
「取り繕うのはもはや煩わしいから正直に話す。
俺は御上の命で、今ここに居たような者達——倒幕派の志士を抹殺する為に旅をしている。
極秘の任務だから他人に話すつもりはなかったが、
俺のことを散々疑っている庄助の目を誤魔化すのも面倒だ。
だから今ここで決めてくれ。
俺の任務のことを決して他言しないと誓うか、この場で俺に斬られるか」
シン——とその場が静まり返る。
芭蕉は、庄助が当然のことながら
『他言しない代わりに命だけは見逃してくれ』とすぐさま答えるだろうと思ったが、
庄助の口から最初に出てきた言葉はそうではなかった。
「他人には話せない極秘の任務、だって……?
なら尚のこと、訳わかんねえよ。
そんな重要な旅の途中なのに偶然知り合った旅人と行動を共にしている理由も、
その旅人の口は封じる素振りも見せないことも。
お前はなんで、その男と一緒に旅してるんだよ……?」
「これ以上こちらの事情に立ち入ろうとするなら——」
曽良は再び忍者刀を構えたが、芭蕉が二人の間に割って入った。
「曽良!やめてよ……。
どうして同じ主君に仕える仲間の命を奪おうとするの?」
「目的の為に必要な犠牲ならば、仲間の死は厭わない。
そもそも仲間だとも思っていない」
「必要な犠牲って何?!
曽良の目的は倒幕派志士の抹殺でしょう?
庄助殿は倒幕派志士じゃないし、庄助殿を殺すことは目的の達成の為に必要なことだと言えるの?
曽良が敵対する相手を殺すことを諌めようとはしないけれど、
敵ではない相手を殺すことには全力で抗議するよ!」
「芭蕉……」
曽良は暫く厳しい表情を浮かべていたが、やがて忍者刀を鞘に収めた。
「——芭蕉と揉めることは望んでいない。
庄助を殺すことを芭蕉が断固反対すると言うなら、無理に押し通すつもりはない」
「……ありがとう……」
芭蕉はほっと息を吐いたが、庄助は納得いかない表情を浮かべていた。
「俺を殺そうとしたのを取り止めただけだろ。
なんで礼なんか言えるんだよ、俺は全然得してねえのに。
——お前も曽良も、ほんと訳がわからねえ」
庄助は力無く立ち上がると、身体についた汚れを払い除けた。
「ま……これ以上お前らに立ち入っても俺の命が危ういだけだから、俺はもうここを去るよ。
だが、一つ言わせてもらいてえ」
庄助は、あたり一面血の海となった光景を見下ろして告げた。
「犠牲を払ってでも目的を果たそうとする気持ちが
御上への忠誠心から来るものなのだとすれば、
家康様が眠る神聖なこの場所を穢すようなやり方は選ばないだろう。
お前が一体何に対して忠誠を誓っているのか、俺には分からねえよ……」
——庄助が静かにその場を去った後、
芭蕉は暫く呆然としながら曽良を見つめていた。
「……」
何も言わない曽良が何か話すのを待っていた芭蕉だったが、
自分から語ろうとしない曽良の意思を汲み取り、静かに立ち上がった。
そして家康の墓の奥に広がる森林の方へ歩いて行くと、地面に穴を掘り始めた。
「——何してるんだ」
唐突に穴を掘り始めた芭蕉を見て、ようやく曽良が口を開くと
芭蕉は額に滲んだ汗を拭いながら答えた。
「亡くなった志士達を埋葬しようと思って……」
曽良が目を見開くと、芭蕉はこう告げた。
「……曽良が倒幕派志士を殺したことに対して、僕はそれを善いとも悪いとも言える立場には居ない。
今までだって、曽良は僕を守る為に敵を大勢殺して来てくれた。
曽良が人を殺すのは、目的があってのことだって分かってる。
ただ……、彼ら——倒幕派志士たちは
御上の政治に対して思うところがあるから
武器を持ち、時間と力を消費してまで活動している訳で……。
彼らのことが悪だとも思えない」
「倒幕派志士が……悪では、ない?」
曽良が口にすると、芭蕉はこくりと頷いた。
「幕府も倒幕派も、善であり悪である、と僕は思ってる。
だってどちらも自分の考えが正しいと思って行動してるから敵対するんでしょう?
どちらが真に正しいかなんて分からないけれど、
少なくとも今ここで曽良に殺された人たちは
自分が正しいと信じるものを貫く為に活動していたと思うんだ。
だから僕は、信念を持って生きようとした彼らの死を軽んじちゃいけないと思ってる。
死んでしまった彼らに僕ができることは、
彼らの魂を鎮め、尊厳を持って弔うことしかないけれど……」
芭蕉がそう話しながらせっせと穴を掘り続けていると、
曽良も隣に身を屈め、同じように穴を掘り始めた。
「……曽良?」
「……芭蕉が、こうした墓を作ることが正しい行動だと思うなら……俺も手伝う」
それから二人は無言で穴を掘り続けた。
大の大人が何人も埋まるような穴ができる頃には
すっかり日が暮れ始めていた。
日が落ちる前に石段を降りた方が良いと考えていた芭蕉は作業の手を早め、
曽良の手伝いもあってどうにか倒幕派志士全員分の死体を土の中に埋葬することができた。
「——皮肉なものだよな」
埋葬を終え、腰を上げた曽良は
今自分が埋めた穴と、そのすぐ近くにある家康の墓を見比べて言った。
「初代将軍の墓を荒らすことで意思表示をするはずだった者達が、
その初代将軍のすぐ側で眠ることになるとは」
「う、うん……」
芭蕉は、曽良の言葉に何と返したら良いかわからず、困り果ててふと空を見上げた。
すると、鬱蒼と生い茂る木々の隙間から
夕日の光が眩しい程に降り注ぎ、
薄暗かったはずの森の中をキラキラと照り付けていた。
「——ねえ、曽良……」
「うん?」
「こんな時だけどさ……浮かんでしまったんだ」
芭蕉は荷物から紙と筆を取り出すと、
今見た光景を紙の上にしたためた。
『あらたふと青葉若葉の日の光』
「……日の光と、この地の名である日光をかけてあるのか、なるほど」
芭蕉の作った句を見た曽良が言うと、芭蕉は頷いてみせた。
「日の光が、木々の隙間から
ここにいる僕たちや、土の下に眠る志士達までも等しく照らしている。
同じ光が、立場の異なる僕たちに対しても
分け隔てなく平等に降り注いでくれるこの光景が
あまりにも尊くて……、そしてあまりにも
平等とはいかない世の儚さを思わせるものだな、って——」
「……そうか」
曽良がそう呟き、空をぼんやりと見上げているのを見た芭蕉は
思い切って彼にこう尋ねてみた。
「——聞いてもいい……かな?
さっき庄助殿と曽良が話していたこと。
曽良に妻子がいて……曽良の手で殺した、って——」
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