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第18話:五月雨の降り残してや光堂②
芭蕉がそう言いかけたところで、
隣に横たわっていた男がむくりと身体を起こした。
「えっ!だ、大丈夫ですか?
横になっていたほうが——」
「芭蕉」
「!?」
芭蕉は、男の声を聞いてハッと息を呑んだ。
どうして——!?
「……っ、な……なん……で」
芭蕉が声を震わせると、男は何も言わず芭蕉の身体にもたれかかった。
互いに着物を身に付けていない肌が重なり、
男の熱が直に伝わってくる。
だが、芭蕉の心中はそれどころではなかった。
「なんで……っ、なんで曽良なの……!?
なんで——何も言ってくれなかったの?!」
芭蕉が顔を真っ赤に染めて声を震わせると、
男——曽良は、芭蕉にもたれたまま言った。
「ごめん。最初に声を聞いた時、すぐに芭蕉だと気付いたけど……
俺だと明かすのが怖かったんだ」
「へ……?何で……?」
「俺に何も言わず居なくなってしまったから」
「っ……」
「芭蕉が、人を殺す為に旅を続ける俺に見切りをつけたんじゃないかって。
だから本当は、芭蕉が眠ったら去るつもりでいたけど——」
「そんな!酷いよ!!
……って、僕が言えた義理じゃないけど……。
僕だって分かっていたのに、正体を明かさず僕を置いて行こうとするなんて——」
「——でも、結果的には明かさなかったお陰で芭蕉の本音を聞くことができた」
曽良は顔を上げると、芭蕉の身体に腕を回した。
「っ!曽良……?」
「——もう、俺のそばから居なくならないでくれ」
ぎゅっと抱き締めてくる腕は、どこか不安そうに震えていた。
「俺にとっても芭蕉は特別な存在なんだ。
俺が忍として強く在りたいと思ったきっかけも、
芭蕉のことを護りたかったからで——」
曽良は、どこか泣き出しそうな弱々しい声で
芭蕉の肩にもたれながら言った。
「忍になることを命じられたから、それに応える——それだけが生きる原動力だった俺に、
誰かを護るために強くなりたいという動機付けをくれたのが芭蕉だった。
だから、つまり……
俺にとっても芭蕉は特別なんだよ」
「……曽良……」
芭蕉が声を震わせていると、曽良は囁くような声で尋ねた。
「芭蕉は……俺のこと、好き?」
「っ、そんなの——当たり前だよ!」
芭蕉は離れてしまった曽良の身体を引き寄せると、夢中で抱き締め返した。
「好きだよ!ずっとずっと、曽良のことが好きだよ。
曽良より大切な人なんて僕には居ない。
曽良がこの世で一番大切なんだから——」
わあわあと芭蕉が声を上げて泣くと、
曽良は唇を震わせながら芭蕉の肩に顔をうずめた。
「俺も芭蕉が好きだ」
芭蕉ははっと瞼を上げた。
「……ほんと?」
「芭蕉が居なくなって、やっと分かった。
俺は芭蕉のことが好きで堪らないって」
「うぅ……嬉しいよ……」
芭蕉は涙を流しながら、自分もまた曽良に身体を預けた。
「会いたかった、曽良……!」
「俺も会いたかった」
二人は抱擁を交わしながら、互いの熱をしっかりと感じ取った。
「やっぱり、酷い熱だ……」
曽良を抱き締めていると、明らかに発熱していることがわかり芭蕉は不安に駆られた。
すると曽良は、肩越しに言った。
「……この地でやることがあったんだ。
それを終えた疲れが出たんだと思う……」
「やることって?」
「黒脛巾組の者に仙台から追われていたことに気付き、戦った」
「えっ!?」
「出羽へ移動する前に蹴りをつけた方が良いと考えて、この辺りで彼らと対峙したんだ。
日が暮れる頃には全員を始末したが——
雨にも打たれてさすがに身体が限界だった」
「そうだったんだ……。
それで、曽良はここに雨宿りに来たんだね」
「芭蕉はどうしてここに?」
「ぼ、僕は……曽良を追いかける道中だったけれど、
この光堂は絶対に見ておいた方が良いって旅の人に勧められて——その」
芭蕉が口籠ると、曽良は小さく噴き出した。
「俺を探しながらも、しっかり名所の見物をしていた訳だな」
「ごめん……!先を急ごうとは思ったんだよ!
ちょっとだけ立ち寄るつもりだったんだ。
だけど目当ての光堂は中々見つからないし、雨も降り出すしで……」
「謝ることはない。それに、結果として芭蕉と入れ違いにならずに済んだ」
「——そうだね!このままだと、僕が先に出羽に入っていて
ずっと曽良とすれ違い続けるままだったと思う」
「……曽良……」
芭蕉が声を震わせていると、曽良は囁くような声で尋ねた。
「芭蕉は……俺のこと、好き?」
「っ、そんなの——当たり前だよ!」
芭蕉は離れてしまった曽良の身体を引き寄せると、夢中で抱き締め返した。
「好きだよ!ずっとずっと、曽良のことが好きだよ。
曽良より大切な人なんて僕には居ない。
曽良がこの世で一番大切なんだから——」
わあわあと芭蕉が声を上げて泣くと、
曽良は唇を震わせながら芭蕉の肩に顔をうずめた。
「俺も芭蕉が好きだ」
芭蕉ははっと瞼を上げた。
「……ほんと?」
「芭蕉が居なくなって、やっと分かった。
俺は芭蕉のことが好きで堪らないって」
「うぅ……嬉しいよ……」
芭蕉は涙を流しながら、自分もまた曽良に身体を預けた。
「会いたかった、曽良……!」
「俺も会いたかった」
二人は抱擁を交わしながら、互いの熱をしっかりと感じ取った。
「やっぱり、酷い熱だ……」
曽良を抱き締めていると、明らかに発熱していることがわかり芭蕉は不安に駆られた。
すると曽良は、肩越しに言った。
「……この地でやることがあったんだ。
それを終えた疲れが出たんだと思う……」
「やることって?」
「黒脛巾組の者に仙台から追われていたことに気付き、戦った」
「えっ!?」
「出羽へ移動する前に蹴りをつけた方が良いと考えて、この辺りで彼らと対峙したんだ。
日が暮れる頃には全員を始末したが——
雨にも打たれてさすがに身体が限界だった」
「そうだったんだ……。
それで、曽良はここに雨宿りに来たんだね」
「芭蕉はどうしてここに?」
「ぼ、僕は……曽良を追いかける道中だったけれど、
この光堂は絶対に見ておいた方が良いって旅の人に勧められて——その」
芭蕉が口籠ると、曽良は小さく噴き出した。
「俺を探しながらも、しっかり名所の見物をしていた訳だな」
「ごめん……!先を急ごうとは思ったんだよ!
ちょっとだけ立ち寄るつもりだったんだ。
だけど目当ての光堂は中々見つからないし、雨も降り出すしで……」
「謝ることはない。それに、結果として芭蕉と入れ違いにならずに済んだ」
「——そうだね!このままだと、僕が先に出羽に入っていて
ずっと曽良とすれ違い続けるままだったと思う」
芭蕉は、曽良と再会できたことにしみじみと喜びを噛み締めながらも
一方で曽良に触れている照れ臭さも感じていた。
「曽良とはずっと一緒に行動していたけど、
曽良の肌に触れたのは初めてだなあ。
真っ暗とはいえ……ちょっと照れるね」
「……そうだな」
「着物の上からでも分かってはいたけど——
曽良は胸板もしっかりしてて、筋肉があって羨ましいなぁ」
芭蕉が曽良の腕をさすりながら言うと、
曽良は少し身体をよじらせた。
「っ、やめろよ」
「えっ!?——ご、ごめん!!」
芭蕉は慌てて身体を離すと、曽良から距離を取った。
「嫌がらせるつもりはなかったんだ……。
ただ曽良に会えたことと、曽良に触れることができたのが嬉しくって……
つい調子に乗ってしまった」
すると曽良は「いや——」と慌てて否定した。
「すまん。急に撫でられてくすぐったかっただけだ」
「ほんと?嫌じゃなかった?」
「芭蕉に触れられて嫌な訳がないだろ」
曽良はそう言うと、芭蕉を引き寄せ
彼の頭を自分の胸元に押し当てた。
「っ、曽良……」
芭蕉は、次第に心臓が早鐘を打つのを覚え
なかったはずの熱が上がっていった。
「曽良……あのさ……。
こういうのって、変じゃない……かな?」
芭蕉が戸惑いながら言うと、曽良は
「何が?」
と返した。
「僕、そもそもをよく知らないけれど、
こういう風に身体を寄せ合うのって、
思い合っている男女がするものじゃない?
僕は曽良のことが好きだけど、男の僕がこんなに密着するのは
曽良が気味悪く感じるんじゃないかなって、心配だったから——」
「互いを思い合うのに、男と女である必要があるのか?」
曽良が言うと、芭蕉はきょとんとした。
「……男同士でも、僕は曽良に触れて良いの?」
「いいよ。俺も芭蕉に触れたいから」
曽良は手探りで芭蕉の顔を探すと、
そのまま唇を近づけて口付けた。
「んッ——!?」
突然のことに芭蕉は訳が分からず固まっていると、
曽良は舌を差し入れて芭蕉の口内へ絡め込んだ。
生々しい水音が堂内に響くが、それも雨の音に掻き消されていく。
芭蕉は唯々、曽良が沢山自分に触れてくれていることが嬉しく思え
抵抗することなく曽良の口付けを受け入れ続けた。
いつのまにか指先も曽良の指に絡め取られており、
身体全体もしっかりと肌が密着され、ぴったりと触れ合う体勢になっていた。
暫く曽良は芭蕉に舌を絡めていたが、
やがてそれが離れていったかと思うと、小さなため息が聞こえた。
「——駄目だな、全然足りない」
そう言って曽良は、今度は芭蕉の首筋に舌を這わせた。
「っ……!!」
体験したことのない感覚がゾクゾクと身体を駆け巡り、芭蕉は思わず声にならない声をあげた。
曽良……急にどうしちゃったの?
僕は——どうしたらいいんだろう?
変な声も出てしまったし、恥ずかしい……
曽良の唇が首筋や肩に触れるたび、
芭蕉は思わず悲鳴を上げてしまいそうになるのを必死で堪えていたが、
曽良はそんな芭蕉の様子を察して囁きかけた。
「声を出しても良いんだよ」
「っ……そうなの……?」
「芭蕉——今、どんな気持ち?」
「ど、どうって——くすぐったいけど、なんだか不思議な感覚で……気持ち良い、かなぁ」
「……もっと芭蕉に触れてもいい?」
「うん……好きなだけ触れて——」
芭蕉がそう答えた時、外から強い光が差し込んだ。
どうやら激しい雨の中で雷まで鳴り出したらしく、
その稲光で一瞬だけ互いの顔が映し出された。
——久しぶりに見る曽良の顔が、熱のあるせいなのだろうが頬を真っ赤に染めており
それを目にした芭蕉は途端に恥ずかしくなってしまった。
どうしよう。
僕、着物も何も身に付けずに曽良と抱き合って……
今の僕、どんな顔をしているだろう。
きっととても情けない姿だ。
こんな姿、曽良には見られたくない……!
「ね、ねえ曽良。僕——」
「芭蕉。今すぐ着物を付けろ」
「えっ?」
突然の曽良の言葉に、芭蕉は戸惑った。
「……ご、ごめんね。
僕の裸なんて見たくなかったよね」
「そうじゃなくて。人がこちらに歩いて来ている」
「え!?」
芭蕉は慌てて地面に敷いていた小袖を掴むと
羽織って着付けていった。
曽良も、まだ乾き切っていない着物を纏うと
忍者刀を手に構えた。
「雨に混じって何人かの足音がする。
こっちに向かって来ている音だ」
「まさか、黒脛巾組——?」
「まだ分からない。とにかく芭蕉は俺の後ろに居ろ」
曽良に庇われ、芭蕉がどきどきしながら戸口の方を見ていると、
鞘堂の扉がガラリと開いた。
「おお!良かった、光堂は無事のようだ」
「近くに落ちた音がしたからもしやと思って見回りに来たが——」
「ほかの敷地内に落ちていないかも、念のため見てこよう」
——どうやら、足音の正体は中尊寺の僧達だったらしい。
緊張が解け、ほっとした芭蕉が息を吐き
曽良も構えていた刀を下ろすと、
人の気配に気づいた僧が松明の明かりを二人の方にかざしてきた。
そして「あっ」と叫び声を上げると、
「そこで何をしている?!」
と二人に向けて言った。
他の僧達も、堂内に人がいることに気付き近づいて来た。
「まさか仏像を盗みに来たのか?!」
「ち、違います!!」
芭蕉は慌てて曽良の前に出て来ると釈明した。
「僕達、ここで雨宿りをしていただけなんです!」
「雨宿り?」
芭蕉が事情を話そうとすると、僧の一人はちらりと曽良の方に視線を向けた。
「ただの雨宿りなら、なぜ刀を持っている?
——仏像を盗もうとしているところで誰かと鉢合わせたら、
その刀で殺すつもりだったのではないか?」
「護身用です」
曽良が答えると、僧はさらに訝しげな表情を浮かべた。
「見たところ武士には見えぬが、何故刀を持っている?
武士を殺して盗んだ刀ではなかろうな?!」
僧が警戒を解かないのは最もではあるが、
以前日光で役人に囲まれた時、曽良が
全員殺して解決することも考えていたと話していたのを聞いている芭蕉は
まさか僧にそのようなことはしないだろうと思いつつも
どうにかこの場の空気を変えなければと考えた。
「ぼ、僕達は旅をしながら俳句を作っている俳人です!
もし疑うのなら、僕達が詠んだ句をお見せすることもできます!」
「何?俳句?」
すると、僧のうちの一人が興味深げに口を開いた。
「お主ら俳句を詠むのか。見せてくれ」
どうやら彼は俳句に関心があるようだった。
芭蕉は急いで荷物からこれまでに詠んだ紙を取り出すと、丸腰であることを両手で示してから僧に近づいて行った。
僧は、他の僧に松明を持たせると
その一つ一つにじっくりと目を通していった。
「なるほど——きちんと俳句の基礎を押さえているし、
見たところ様々な地で詠んだと思われるゆえ、旅をしているのも句を詠めるのも本当のことらしい。
……ん?」
僧は、一番下にある句をじっと見た。
「これは……『ここ』で詠んだものか」
「は——はい、そうです」
「……なかなか良い句だ」
僧はそう言うと、後ろで様子を見ていた僧達に紙を広げて見せた。
「五月雨の降り残してや光堂——
お主達、この句の意味を理解できるか?」
「うん?」
「雨が光堂の上だけを降らし忘れた、ということか?」
僧達が言うと、紙を持っている僧は「まあ、そういうことだ」と返した。
「なぜ雨がここだけ降らし忘れる?
現に今、真上では雨の当たる音が鳴り響いているではないか」
「光堂を囲う鞘堂のお陰で、光堂には雨が一滴も降っていないだろう。
ゆえに光堂はいつまでもこの美しさを保っていられるのだ」
「ああ、なるほど」
「ここを実際に訪れなければ、なぜ光堂にだけ雨が降らないと詠んでいるのか理解できない句だろう。
だが、ここを訪れた者は鞘堂を目にして初めて意味を理解する。
実際に見た者だけが解釈できる句とは、中々に楽しめるではないか」
僧は満足げに頷きながら句を芭蕉に返した。
「光堂を観に来る者も、この絢爛さを讃えてくれる者も数多いた。
だが、句に詠んでくれた者に会ったのは初めてだ。
私は今、この句にとても感動している」
「ありがとうございます……!!」
芭蕉が満面の笑みを浮かべると、僧は続けてこう言った。
「光堂を詠んでくれた礼代わりに、雨が止むまで我らが暮らす本堂のほうで休んでいくといい。
布団もあるし、ここより寒さを凌げるだろう」
「いいんですか?!」
芭蕉はパッと顔を輝かせると、
「連れの者が熱を出しているので、暖かい場所で休ませたいと思っていたところなんです」
と言って頭を下げた。
その様子を後ろで見ていた曽良は、驚きながらも小さく笑みを浮かべた。
曽良の正体を隠すために、自分が俳句を詠む——
そう言って一緒に旅に出てくれた芭蕉。
……まさか本当に、俳句で救われる日が来るとは思っていなかったけれど……
俺はまた、芭蕉に助けられたな。
——こうして僧の計らいで本堂の客室を借りることができた二人は、
濡れた着物を干して乾かすことができた。
温かいお茶も淹れてもらえたため、身体を温めることができた曽良は
少しずつ体調も回復していった。
「それにしても、随分と良くしてもらえてるよね。
寝るところを貸してもらえて、布団もふかふかだし」
芭蕉が客用布団の上でごろごろと転がっていると、
お茶を飲んでいた曽良が芭蕉に言った。
「ありがとうな、芭蕉」
「え?……いやいや、ここを貸してくれたのはお坊さんだから
僕は何も礼を言われるようなことはしてないよ」
「芭蕉の俳句のお陰で良くしてもらえているのは間違いない。
それに、さっき介抱してもらったお陰で具合も随分と良くなった」
「良かった!まさか介抱した相手が曽良だと知った時は本当にびっくりしたけど——」
芭蕉は少し前のことを思い出し、その時は曽良と再会した驚きと喜びですっかり忘れていたことが浮かんできた。
「あっ!そういえば、黒脛巾組に追われていたって言ってたよね?」
「ああ」
「全員倒した、と言ったたからもう大丈夫なんだとは思うけど……
僕が仙台を去った後、何があったの?
それに左近殿と莉津とは、もう一緒に行動していないの?
あ、もしかして綱村殿を倒せたからそこで二人とは解散して——?」
すると曽良は顔に影を落とし、ゆっくりと口を開いた。
「……綱村を殺すことはできなかった。
左近と莉津の三人で城に入ったけれど、
二度目は最初よりも更に警護が厳重になっていて中々綱村の元まで辿り着けず——
大勢の仙台藩士や黒脛巾組と対峙する中で
左近と莉津は討たれてしまった」
「……!!」
曽良の言葉を聞いた芭蕉は息を呑んだ。
「左近殿と、莉津は……死んでしまったの?」
曽良はこくりと頷くと、
「莉津に助けを求められたが、助けられなかった」
と重々しい表情を浮かべて項垂れた。
「……そう、だったんだ」
芭蕉はかつての仲間の死に動揺しながらも、
暗く俯く曽良をどうにか慰めなければと考えた。
「莉津のことは……曽良のせいではないよ。
曽良も戦っていたんでしょう?
誰かを庇いながら戦うってとても難しいことだし——」
「……俺にもっと力があれば、忍として優れていれば
助けることだってできたかもしれない」
「曽良より優れた忍なんて僕は知らないよ!
曽良が助けられなかったなら、きっと他の誰も助けることはできなかったよ」
「それでも……莉津は、助けなかった俺を恨んでいると思う。
俺がその場にいた者を全員始末した時、莉津の方を見たら……莉津の目は——」
曽良はそう言いかけて当時の光景を思い出したのか、口元に手を当てた。
「曽良!」
芭蕉が慌てて曽良に近寄り背中をさすると、
「……すまない、大丈夫だ」
と言って曽良は顔を上げた。
「——とにかく、計画は再び失敗してしまった。
仲間も失い、三度目を狙うのは不可能だと悟った俺は
綱村の殺害を諦めて先へ進むことにした。
けれどその道中、城下町の外に配置されていた生き残りの黒脛巾組達が追ってきていることに気付いて
次の目的地に行くより前にここでの蹴りをつけようと考え、戦った次第だ」
曽良はそこで一度お茶を口に含むと、深く息を吐き出した。
「……俺は毒に煽られた時、莉津に命を助けられたのに
俺は莉津のことを助けられなかった。
その後悔と同時に、人を庇いながら戦えるほど俺の技量は優れている訳ではないことに気付かされた。
——もし、助けを求めてきたのが芭蕉だったなら……
俺は果たして芭蕉を護れただろうか、と考えてしまった」
「曽良……」
芭蕉がかける言葉が浮かばず戸惑うと、曽良は苦笑いを浮かべた。
「芭蕉がこのまま江戸に帰ってくれていた方が、
次に敵と戦ったときに芭蕉を巻き込まないで済むと思った。
だからそういった面でも、光堂で芭蕉に言葉を返すことが躊躇われた。
——だけどやっぱり、芭蕉には俺の側を離れて欲しくもないと感じた。
……自分でも、自分は何がしたいのかよく分からない」
「曽良……」
芭蕉は曽良を抱きかかえると、強引に布団の中に寝かしつけた。
「……きっと寝不足で頭の中が整理できなくなっているんだよ。
沢山寝たら、頭もすっきりするはずだよ」
「……」
「暫く心落ち着かない日々だったろうし、今はゆっくり休んで。
大丈夫、ここはお寺の中だし、隣には僕もいるから」
「……芭蕉」
曽良は、芭蕉の腕をグッと引っ張ると
自分の布団の中に芭蕉を引き込んだ。
芭蕉が驚いて顔を赤くすると、曽良は芭蕉を抱き締めた。
「——俺が安心して眠れるように……ここに居て欲しい」
「……うん」
芭蕉は緊張しながらも腕を曽良の背中に回すと、
二人はそのまま抱き合って眠りに落ちた。
中尊寺に雨が止むまで滞在した芭蕉と曽良。
僧に世話になった礼を告げると、
二人は奥州から羽州へ向かうため関所へ向かった。
「気をつけてくださいね」
関所を抜けて、いざ山へ入ろうとしたとき
芭蕉たちに関守が忠告をしてきた。
「山脈を進んで行くと、山刀伐峠に差し掛かります。
そこは道が険しく、特に雨が降った後はぬかるむので越えるのはより困難になる。
おまけに、ここを通る者が普段から多くないので
山賊が住み着いて盗みを働いたりもします」
「えっ!山賊……!?」
関守の話を聞いた芭蕉が顔を青ざめると、曽良は
「心配しなくていい」
と芭蕉に告げた。
「山賊が襲って来たら、返り討ちにすればいいだけだ」
「!あ、そっか。さすが曽良、頼りになるなぁ」
「日があるうちになるべく進んでおきたい。行こう」
「うん!!」
忠告をものともせず、軽快な足取りで山に入って行った二人を、関守は呆然とした表情で見送った。
——こうして奥州と羽州の間を阻む奥羽山脈に足を踏み入れた芭蕉と曽良。
暫くは順調に進んでいたが、やがて再び
ぽつぽつと雨が降り始めてしまった。
「困ったねえ。本当に最近は雨続きだったけど、山道で降られるのは……」
「無理して進むのは危ないな。
どこかで雨が過ぎるまで休めればいいが……」
曽良がきょろきょろと辺りを見渡すと、
少し先に古びた小屋があるのを見つけた。
「あそこで雨宿りができそうだ」
「えっ?——あ、本当だ。小屋がある!」
二人は早速小屋の前に辿り着くと、
もしかしたら小屋の所有者が中にいるかもしれないと考え、戸口を叩いてみた。
「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」
芭蕉は中に向かって尋ねたが、返事は返ってこなかった。
「……誰もいないみたい」
「誰か来たら事情を話そう。とにかく入らないか?」
「そうだね」
芭蕉が戸を開けると、そこには目を見張る光景があった。
「っ……!んぐぅ……」
「だ——大丈夫ですか?!」
小屋の中には、口に猿轡を噛まされ両手を縛られた男が倒れていたのである。
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