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第19話:五月雨の降り残してや光堂③

芭蕉と曽良は慌てて男に駆け寄ると、猿轡を外し、手の拘束を解いてやった。 「はぁっ……はぁ……」 「これを飲んでください」 「ああ、すまない……」 芭蕉が男を抱きかかえ、曽良は男に水筒の水を分け与えた。 男は水をあっという間に飲み干すと、 「助かった……」 と安堵の声を漏らした。 「一体どうしてこんなことに?」 曽良が尋ねると、男は怯えた様子でこう答えた。 「私は鈴木清風という者です……。 尾花沢の町中で紅花問屋を営んでいるのですが、 仙台の商談相手と取引をした帰りにこの峠を越えようとしていたところ、山賊に襲われてしまい……。 有り金を奪われた上、私をここに縛り付けて去って行ってしまったのです」 「酷い……!お金を奪った上に、こんなところに放置するなんて!」 芭蕉が山賊に対して怒りを浮かべると、曽良は首を傾げた。 「でも、金を奪ったならばこの男——いや清風殿にはもう用はないはずだ。 そこで解放するか、口封じに殺してしまうかの二択ならば分かるけれど 生かしたまま放置する意味がわからない」 すると清風は、縛られていた手首をさすりながらこう答えた。 「山賊達は、私が問屋を営んでいると分かると、店の場所を聞いてきました。 どうやら有り金だけでなく、私の店の財も強奪しようとしたらしいのです。 とはいえ、私を拘束して町を歩けば 不審に思った町民達が役人に告げ、自分達が捕まると考えたのでしょう。 私に店の場所を尋ねると、私をここに置いて山を降りて行ってしまいました。 『俺達が成果を得てここへ戻った時に、お前のことを解放してやろう』——と言い残して」 「それで、こんな小屋の中で置き去りにされてしまったのですね……」 芭蕉が同情の色を浮かべていると、曽良は 「ここからあなたの店まではどのくらい離れているんですか?」 と清風に尋ねた。 「ええと、峠を超えてすぐのところに町があるので、 ここからならば半日かからない程度の距離です。 まあ、外は雨が降り出したようなのでもう少しかかるかもしれませんが」 「山賊達がいなくなってからどれくらい経ちました?」 「……かれこれ一日近く……」 「——ならばもうすぐここへ、その山賊達が戻って来るかもしれませんね」 曽良が言うと、芭蕉と清風はぞっと顔を青ざめた。 「で、でもさ。 その山賊は戻ってきたら清風殿を解放すると言ったんだから、命を取るつもりはないんだよね……?」 芭蕉が言うと、 「そうとも限らない」 と曽良が返した。 「『成果を得て帰ってきたら』解放する、と言ったんだろう? ならば思うほどの金品を得られなかった場合はどうなる?」 「あ……」 「それに、ここで俺達が山賊と鉢合わせたら、 彼らは俺達の金銭も盗もうと考えるだろうな」 それを聞いた芭蕉が狼狽えると、曽良はすぐに 「でも、そんなことはさせない」 と告げた。 「むしろ鉢合わせた方が好都合だ。 清風殿の金品を取り返すことができる」 「!そっか、たしかに——」 「そ、それはよしたほうが良い」 すると、清風がぶるぶると振るえながら言った。 「私が拘束された時、少なくとも五人の山賊が取り囲んでいました。 ……もう、私の金品のことは諦めています。 生きていればまた金を稼ぐことはできますし、命は大事です。 早いところこの小屋を離れた方が良い」 清風がそう言った時だった。 「おや?客人が増えたようだなぁ」 小屋の外から声が聞こえたかと思うと、 ガラリと戸が開き、男達がぞろぞろと入って来た。 「うん?その男の縄を解きやがったのか」 「こいつらも旅人のようだな」 「へへ、大金を得てきたばかりだが、今日はツイてるな」 どうやら清風を襲ったと思われる山賊達は それぞれに武器を構えると、芭蕉と曽良に言った。 「こっちは武器を持った男衆が七人だ。 大人しく有り金を置いていけば、命を取るのは勘弁してやるぜ?」 「ひぃ!」 清風は恐ろしさから声を上げたが、曽良は全く動じなかった。 「お前達が清風殿から奪った金品を返せば、命は取らずにおくがどうする?」 曽良の言葉を聞いた山賊達はゲラゲラと笑い出した。 「おいおい、何言ってんだこいつ」 「この状況で俺たちに勝てると思っているのか?」 「ここに居るのは人を襲うのに慣れた奴らばかりなんだぜ?」 すると曽良は 「俺は人を殺すのに慣れてる」 と告げ、懐から手裏剣を抜くと 手前に立っていた男の右腕に命中させた。 「ぐぁ……っ!?」 その衝撃と痛みで男は手に持っていた包丁を床に落とし、腕を抱えて座り込んだ。 「こいつ……!」 別の山賊が斬りかかろうとすると、今度はクナイを手に取り彼の太ももに命中させた。 この男も曽良に近づけないまま倒れ込んでしまい、残りの山賊達は思わず後退りをした。 「飛び道具……だと?」 「一体何者なんだ……!?」 すると曽良は、今度は忍者刀を抜いて男達と対峙した。 「次に向かってきた者は殺す。 それが嫌ならば、清風殿から奪ったもの全てをここに置いて去れ」 曽良が睨みつけると、山賊達はぶるりと身震いをした。 荷物の山を抱えていた一人が恐怖に耐えかね、荷物を床に下ろすと 他の者達もそれに倣って静かに荷物を置いて行った。 そして怪我をした男二人をそれぞれ両脇から支えて起き上がらせると、 悔しそうな色を滲ませながら小屋を出て行った。 「……助かった……!」 山賊達が居なくなった後、清風が思わず声を上げた。 「ま、まさかたった一人で七人いた山賊を追い払ってしまうとは……!」 「清風殿、奪われた荷物がすべて戻ってきているか確認してください」 「!——は、はい。そうですね!」 清風は慌てて荷物に駆け寄ると、中身を確かめて行った。 「手荷物は全て戻ってきたことを確認できました。 店のものも、金目のものの多くがここにあるので恐らくすべてを置いて行ったと思われますが、 店に戻ってみないと確証は持てません。 ……でも、仮にいくつか持ち逃げされたとしても悔いはない! 旅のお方、本当にありがとうございます」 清風は曽良に頭を下げると、続けてこう言った。 「ぜひ、何か恩返しをさせてください! ——そうだ。助けて頂いたお礼に、ここにある金品の好きなものを差し上げます!」 「いえ!そんなものは受け取れません!」 芭蕉が慌てて言うと、曽良も 「結構です」 と即座に断った。 だが、清風は「それでは私の気がおさまりません」と言って立ち上がった。 「命の恩人に何も返せないのでは、紅花問屋の鈴木清風の名が廃ります。 金品は受け取れないと言うのなら、せめて私の家でもてなしをさせて頂けませんか?」 それを聞いた芭蕉と曽良は、思わず顔を見合わせた。 これから山を降りた頃にはすっかり日が沈んでいるだろう。 土地勘のない真っ暗な地で、今夜泊まる宿を探すのは厄介である。 雨降る中で野宿する可能性を大いに考えていた二人は、 屋根のある場所で夜を越せることは魅力的に思えた。 「……ではすみませんが、一晩お世話になってもよろしいですか」 曽良が言うと、 「もちろん!一晩と言わず好きなだけ居てください!」 と清風が嬉しそうに言った。 ——こうして清風の盗まれてきた金品を分担して背負い、 三人揃って山刀伐峠を降りた芭蕉と曽良。 「いやあ、荷物まで一緒に運んで頂き助かりました」 「いえ、僕たちこそ道に詳しい清風殿と一緒に山を降りられて良かったです!」 「この峠は迷いやすいことでも有名ですからねえ」 「確かに。それに『山刀伐』だなんて、峠の名前も少し怖いですよね」 「はは。この峠の地形が、山仕事や狩りの時に被る『なたぎり』なる冠り物の形に似ていることからその名が付いたと言われているのですよ」 「へえー!」 清風と芭蕉が話に花を咲かせる間、曽良は山賊が再び姿を現さないか警戒し辺りを見渡していた。 すると、それを目にした清風がこう尋ねてきた。 「お連れの御方——曽良殿と言いましたか。 彼は、武器の扱いに長け戦い慣れている様子でしたが、一体どのようなことをされているのでしょうか? 武士……には見えませんが」 すると芭蕉が答えた。 「僕たち、俳句を詠む旅の道中なんです」 「俳句?!お二人とも俳人なのですか?」 清風が目を丸くすると、芭蕉は慌ててこう付け足した。 「ええとほら、旅先ではさっきみたいに賊に襲われることもあるので 曽良は独学で護身術を身に付けたという訳です。 僕は身体が弱くてそういったことがからっきし駄目なので、 危ない目に遭った時にはいつも曽良に護られて来ました」 「ははあ、なるほど」 清風は頷きながら、再び目を輝かせて言った。 「それにしても私は運が良い。 命を助けられたばかりか、こんな所で俳人に出会えるとは! 実は私も趣味で俳句を嗜んでおりましてね」 「そうなんですか?!」 芭蕉はパッと目を輝かせた。 「清風殿も俳句を?!」 「そうなのですよ。仕事柄、江戸や京の町へ旅することが多いもので その道中に見たもの感じたものをしたためていたのが次第に趣味になりましてね」 「わあ……。僕達と同じ境遇ですね!」 「家に着いたら、ぜひ芭蕉殿達がこの旅で詠んだ俳句を見せてください」 「はい!清風殿の作品もぜひ!」 すっかり俳人仲間として打ち解けた様子の芭蕉と清風。 曽良は、芭蕉が楽しそうに笑う姿を見てほっと心が和らいだ。 ——良かった。芭蕉が楽しそうにしていると、心が落ち着く。 きっと今が平穏な時なのだと、芭蕉を通して感じることができるからだろう。 それに芭蕉と再会してから、身体の不調が不思議と無くなった。 芭蕉が居るという内面的な安心感が、身体の不調も消し去ってくれたんだろう。 「——ねえ、曽良!」 曽良が芭蕉を見つめていると、不意に芭蕉が曽良へ視線を向けた。 「曽良の俳句もお披露目してもいいよね?」 「……いいけど、俺は大した句は詠んでないよ」 「そんなことないよ! 曽良の句はどれも素敵だけど、平泉で詠んだものなんて特に良かったよ!」 「ん?……平泉で詠んだ句をどうして芭蕉が知っているんだ?」 「あ——」 芭蕉は、思い出したように目を見開くと、 霧乃が曽良から預かった俳句を譲り受けたことと 合わせて曽良と再会するまでの過程をかいつまんで話して聞かせた。 「ごめんね、もっと早くに言うべきだった。 とにかくそういうわけで、霧乃殿は平泉での茶屋の仕事を辞めて 桃雪殿の家で暮らすことになったんだ」 「そうだったのか。あの桃雪と……」 「大丈夫だよ!桃雪殿は本当に良い人だから! 曽良に再会したら、心からの謝罪と礼を伝えて欲しいって僕に託けたんだけど…… すっかり伝えるのが遅くなってしまったよ」 芭蕉が申し訳なさそうに言うと、曽良は「そんなことはない」と返した。 「まあ、霧乃殿も支えてくれる者が現れて良かったな。 金ならば桃雪が働いて稼ぐだろうし、家も食べる物もあるわけだし」 「それは違うよ、曽良!」 芭蕉は曽良の言葉を訂正した。 「『支えてもらえる』じゃなくて、『支え合える』だよ! 霧乃殿は、桃雪殿のために自分も力になりたいって言っていたよ」 「へえ」 「どちらか一方に寄りかかるものではなくて支え合うのが恋仲なんじゃないかな。 ——恋仲がどういうものかよく知らない僕が言うのも変な話かも、だけど」 芭蕉がそう言うと、曽良の表情が一瞬強張った。 「……」 曽良はどこか悶々とした気持ちを胸に抱いたが、 一方で芭蕉は清風の家に着くなり感嘆の声を上げた。 「わあ……!こんなに豪華な家、見たことがない!」 「ここは問屋兼の我が家です。 ここで商いをしたり、仕事の仲間達と作業をしたりもするので 外側から見れば大きな家に見えるでしょうけれど、中は至って普通ですよ」 清風はそう言って芭蕉たちを自宅へ招き入れた。 山賊達が金目のものを探して荒らして回ったため、 物は散乱してしまっていたが、 桃雪や加右衛門の家よりもさらに広く趣のある設の室内を見て 芭蕉は清風がかなりの金持ちであることを悟った。 ——その後、芭蕉たちも手伝いながら 荒らされた部屋の片付けが済んだところで 清風は、二人をもてなすために手料理を振る舞いたいと告げた。 「清風殿がご自身で料理をされるのですか?」 芭蕉は驚いて清風に尋ねた。 「その……清風殿ほどお金を持ってらっしゃる御方ならば てっきり使用人を何人も雇っているものかと……」 「はは。私はどうも、自分のことは自分で済ませたい性分でして。 商いの為に自ら全国各地へ赴きますし、 家のことも自分一人でこなしてしまいます」 「凄い。こんなに広い家も、お一人で掃除されるのですね」 「頭も身体も、使わないとどんどん鈍ってしまいますから。 ——そう言うわけで、食材の買い出しに行ってくるので 今度こそお二人は客間で休んでいてください。 なんなら、食事ができた頃に呼びに参りますので それまで寝ていても構いませんよ」 清風はそう告げると、颯爽と家の外へ出て行った。 「……清風殿、すごいなあ」 芭蕉は、山越えをした直後——なんなら山賊に丸一日拘束されていた直後でもあるのに 部屋の掃除をし、食材の買い出し出掛ける精力的な清風を讃えた。 「商売もしていて、家のことも自分一人でこなして、 僕よりずっと歳上なのに体力もあって—— 僕も見習わなければなあ」 客間に通された芭蕉は腰を下ろし、机に用意された茶菓子を口へ放り込みながらそう言った。 「それに比べて僕はすぐ疲れて休んでしまうし、 仕事と呼べる仕事をしていた訳でもないし、 家事も得意ではなかったし……。 どうやったら清風殿みたいに精力的に物事に取り組めるんだろう。 清風殿みたいに何でもできたら、人生楽しいだろうなあ」 「清風殿が多才な人だと言うことは分かった。 でも、芭蕉は芭蕉のままで良いと思う」 すると、向かいに座っていた曽良が言った。 「ふふ……ありがとう、曽良。 曽良がそう言ってくれるなら、僕もちょっとは自分に自信が持てるよ」 「——なあ芭蕉」 曽良は、すっかりリラックスした様子の芭蕉に尋ねた。 「光堂の中でのことを覚えているか?」 「え?……」 芭蕉は、光堂で曽良と過ごした夜のことを思い出し、途端に頬を赤くした。 「う、うん……。つい最近のことだもの、覚えているよ」 「俺は芭蕉に好きだと言った。それは憶えてる?」 「もちろん!!忘れるはずがないじゃないか」 「……あのさ。芭蕉が俺に返してくれた『好き』って、 俺が芭蕉を想う『好き』と同じものか?」 「……どういうこと?」 芭蕉がきょとんとすると、曽良は少し耳を赤くした。 「芭蕉が俺に言った『好き』というのは……、それは……恋心か?」 「恋心……」 芭蕉は少し考えた後、申し訳なさそうに肩をすくめた。 「……ごめん。僕には恋がどういうものか分からない。 だけど曽良のことは誰よりも大切だし、好きだよ」 「……そう、か」 曽良は芭蕉の言葉を聞き、態度には出さないようにしたが がっくりと沈んだ気持ちになった。 ——芭蕉から見たら俺は『友人』なんだな。 俺のことが一番好きだと言ってくれるだけでも嬉しいことだけど、 それはあくまで友人として……なんだな。 曽良が密かに肩を落としていると、芭蕉はバツの悪そうに曽良を見た。 「ね、ねえ曽良! 僕は曽良のこと、本当に大好きだよ。 恋がどういうものかは分からないけれど、 少なくとも僕は曽良を友人以上の存在だと思ってる」 「……ありがとう」 曽良がそれしか返せずにいると、 芭蕉はそんな彼の態度にだんだんと不安になり、泣きそうな声で続けた。 「僕、恋を経験したことがないから『これが恋だ』とは言葉にできない。 でも……曽良は、夫婦になってお腹に子を授かるほどの深い関係を築いた相手がいたのだから 恋がどういうものかを知ってるんだよね?」 「……そうだと思うけど」 曽良が少し戸惑いを浮かべた様子で言うと、芭蕉は「だよね」と呟いた。 「男の僕では曽良とは夫婦になれないし、子どもも作れない。 かさね殿と曽良のような絆を、僕では作ることができないだろうなって思ってる」 「……それは、俺も理解している」 曽良はほんの僅かだが、どこか苛立った様子を見せた。 「俺も芭蕉も男だから、それは当たり前のことだ」 「——うん。だから曽良に対して、 かさね殿よりも僕を思ってもらいたいなんて望むのは贅沢な話だと弁えているつもりだよ。 だけど、包み隠さず言うなら—— かさね殿と同じくらい、僕のことも大切に思ってくれていたら嬉しいな、とも思ってる……」 「……同じだよ」 曽良がそう言うと、芭蕉は顔を上げた。 「ほんと?かさね殿と同じくらい思ってくれているってこと?」 「そうじゃなくて。 俺が芭蕉に向ける気持ちと、芭蕉が俺に向ける気持ちはたぶん同じ」 「へ?」 曽良はそう言うと、意味を理解できず固まっている芭蕉を前に、ほっと息を吐き出した。 「……急にこんな話をしてごめんな」 「?ええと——」 「この前の夜のこと、芭蕉が動揺していたから もし互いの認識に齟齬があったら——って、不安になっていたところだった」 「どれのことだろ……? 僕、ずっと動揺してたけど」 「芭蕉に口付けたりしたこと——」 「!!……確かに一番動揺した……」 「突然あんなことされて、芭蕉が傷付いていたらどうしようかと思っていた」 「傷付くわけない!」 芭蕉は声を大にして言った後、恥ずかしくなって顔を背けた。 「……傷付くわけがないよ……。 曽良が僕を傷つけたことなんか、一度も無いから」 「芭蕉……」 「ねえ曽良。この前の夜は、お寺の人達が来たから途切れてしまったけれど—— 曽良がしようとしていたことの続きをして欲しい」 芭蕉が頬を染めて俯きながら言う姿に たまらなく愛おしさを感じた曽良は、 黙って側まで寄ると、芭蕉の身体をぎゅっと抱きしめた。 暫く芭蕉を抱擁した後、曽良はそっと身体を離すと 芭蕉の着物の襟元に手を掛けた—— 「いやあ、お待たせしてすみません! ついつい沢山買い込んでしまいました!」 勢いよく玄関の戸が開く音が響き、続いて清風の張り切った声が聞こえてきた。 「っ……」 「……」 芭蕉と曽良は、互いに顔を見合わせた。 その直後、芭蕉は弾かれたように我に返ると 慌てて襟元を閉じ、着物を直していった。 曽良も、そんな慌てた様子の芭蕉を見て 諦めたように離れていくと、 それから間も無くして清風が客間の戸を叩いてきた。 「芭蕉殿、曽良殿。起きてらっしゃいますか?」 「!——ひゃい!!」 芭蕉は気が動転していたためか、返事を思わず噛んでしまった。 そのあまりに焦った姿が可愛らしく思えた曽良は、 少し無念に思いつつも、笑みを浮かべながら芭蕉の横顔を見つめた。

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