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第4話 ストレス性犬化症候群(1)
「ストレス性、犬化症候群……?」
犬神の口から放たれた病名に、豆鉄砲を食らった気分だ。
馴染みのない病名に、後でスマホで検索しようと心に誓った。
「そ。ストレスが溜まって、疲れがピークに達すると発症しちゃうらしい。犬化しないように抑制剤も処方されてるんだけど、忙しくて飲み忘れてた。諏訪が資料室で見つけて保護してくれてマジで助かった。ありがと」
そう言いながら、犬神はソファに座っている俺の肩にぴっとりと頭を乗せて、俺の指を恋人繋ぎの状態で絡めたまま俺の親指を犬神の親指と人差し指で、クニクニと触っている。
ポメになった後、人間に戻ると人肌がものすごく恋しくなるらしく、人間に戻ってからかれこれ1時間、この状態でくっついているのだ。
「このこと会社には?」
「一応、総務には検査結果と一緒に伝えてあるけど『可愛い病名ですね?』ってそのまま。あんまり浸透してない特殊な病気みたいだから、しょうがない反応だけど。産業医にも一応聞いたけど『奇病の一種であまり知られていないから……防ぐ為には、トリガーとなるストレスに晒されないことくらいしか医学書にも記されていなくてね。抑制剤だけ、服用は忘れずに。発症前だから、そこまで気にしなくていいとは思うんだけど』としか言われてなくて」
話しながら、犬神の指が俺の爪をなぞる。ちょっと擽ったいけど、嫌な気分はしないからそのまま放置した。
「実は今まで、犬化はした事なくて。血液検査の数値で分かっただけだから、そこまで重くないだろうって。抑制剤をちゃんと服用してれば大丈夫って言われてたからそこまで俺も深刻に考えてなくてさ。薬飲んでて何もなかったから適当になってたわ。今度から、気を付けてかないとなぁ」
そう言いながら犬神は、空いてる方の手を自分の顔に近づけて服の匂いをスンスン嗅ぎながら「めっちゃ癒される……」と倖せそうに深い息を吐いた。
実は今、犬神は俺の私服を着ている。
スーツしか犬神の服はなくて。さすがに裸のままなのもどうかと思ったし、家でスーツもなあと思った俺は、「俺の私服だけど、よかったら着て?」と俺よりも身長の大きい犬神でも着れない事はないだろう少し大きめのパーカーとスウェットのズボンを渡した。
最初は戸惑ってた犬神も「小さいかもだけど、風邪ひいちゃうしスーツだと堅苦しいから。お願いだから着てほしい」と俺が促すと「わ、かった」と渋々ながら犬神が俺の服を纏ってくれた。
「諏訪の匂いがする……ふふっ。なんだか擽ったいな」
渋々だった筈の犬神は、そう言いながら嬉しそうに微笑えんで。その仕草にちょっとドキッとしたのは内緒だ。全人類を虜にする理由が少しだけ理解 った気がした。
犬神は俺より身長が高い。だからか、俺の衣服を纏った彼の手先や足先は袖から数センチ先だった。俺のサイズの小ささを物語っている。
「わーやっぱりサイズ、小さかったな。ごめん」
「や、お前の服、最高すぎる。ちっさくてもいい。このままでいさせて……?」
犬化の影響か甘える犬神が可愛く見えて、俺はコクリと頷いたのだった。
着替えた犬神は、ソファにいる俺の横に座って「くっついてると安心するから、このままがいい」と今の状態でまったりしている。
ポメの状態の犬神を保護した俺は、犬神の中で『マスター』の位置づけになったらしい。いわゆる、飼い主的な存在か?
俺にくっついてないと不安で堪らない、という犬神の申し出に横並びで腕を絡めながら座っているが。
うーん。同期としてこれは。何だか、不思議な状態になってしまった。
犬神が触っていないもう片方の手で、スマホを操作して『ストレス性犬化症候群』を検索する。
俺が知らないだけで、ネットではこの症状の内容が事細かに記されていた。
「治療方法 ── たくさん褒められる、撫でられる、マスターに甘やかされる……あ。マスターって、これさっき犬神がいってたやつ?」
「ん。多分そう。ね、諏訪?頭、撫でて……?」
「いーよ。よしよし!犬神は、いつも偉いぞ。頑張ってる!」
「これ、ヤバいな。うれしい……」
わしゃわしゃっ、と犬神の頭を大きく撫でると、嬉しそうに犬神が微笑んだ。犬神が喜んでくれてるのが嬉しくて、甘やかしてやるかー!とポメ太にしてたみたいに犬神をぎゅっ、と抱きしめると犬神の身体がびくっ、と震えた。
あれっ。しまった。これはやりすぎたか?
「っ!ごめ!ウチで飼ってたポメ、ぎゅっ、てしたら喜ぶ子だったから、同じ感覚で調子乗った!マジごめ、 ── い、ぬ、かみ?」
離れようとした俺の動きを制止したのは他でもない犬神だった。
まるで、抱き締めるのをやめないでと言わんばかりの力の強さに心臓の動きが早くなる。
ゆっくり、犬神の視線と俺の視線が、絡んだ。
「 ── いや。すげェ、嬉しい。まさか、お前から俺のこと、抱きしめて、くれるなんて」
犬神の右腕が俺の首元に、左腕が俺の腰に巻きついて気付いたら、目の前は。
ギラギラと獰猛な視線の、犬神。
えっと、これは ── どういう、状況?
「ちょっと。止めらんない、かも。ごめん」
「 ん、ぅっ?!」
凄い勢いで口唇を塞がれて、俺と犬神の距離がゼロになる。
1年振りのキスの相手が、まさかの同期(男)だなんて。
数分前の俺は考えてもいなかった。
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