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第10話 犬神の猛攻(1)
「犬神くん、おはよ。ふふ。今日は、遠目からじゃ、ないのね」
洲崎さんはそう言って、嬉しそうに目を細めた。
その発言に俺の頭には「?」マークが乱立する。
( 遠目からじゃ、ない?どういう事だ???)
洲崎さんの質問に、フッと渇いた笑いを零した犬神に俺も、洲崎さんも驚いて目を見開く。
普段の犬神なら、どんな嫌な相手でも相手に対して煽らないし優しく柔らかな対応をする、所謂 " 王子様対応 " なのだ。
こんな態度を取った犬神を初めて見る。あまりの衝撃に驚き過ぎて、固まった俺と洲崎さんは、彼の言葉を待った。
「 ── ええ。今日から本気、出そうと思って」
「へぇ……!どんな心境の変化なの?どっちにしても、楽しみ。期待、してるね」
「俺の未来がかかってるんでね。隠すの、やめたんです」
そう言いながら、犬神は俺の腰に腕を回して俺を更に引き寄せた。
犬神の香りが俺の鼻腔を掠めて力が入らない。何なのこの香り。媚薬かなんかか???
ぐ、と腰を抱かれて。犬神は俺の頭に鼻を埋めてゆっくりと深呼吸をした。俺は、その行為にゾクゾクして堪らない気持ちになる。
フロア全体の女子たちが俺たち3人の様子に勘付いたのか、ザワつき始めた。
( ていうか、この態勢 ── やば、くない?みんな見てるし!な、何考えてんだ犬神……?! )
俺の頭にコテン、と頬を乗せて「はー……、安心する」と言いながら、洲崎さんに向かって犬神が口を開いた。
「貴女の期待は知ったこっちゃないですけど。俺も、必死なんで。あんまりコイツに、ちょっかいかけないで?貴女のせいで失敗したら、堪ったもんじゃない」
「やだ……!犬神くん、そっちが素なのね?いつもの君、王子を装ってて偽物っぽくて苦手だったけど、そっちの君なら推せるわ……っ!」
「必要ありません。推さなくていい。俺が本当に欲しいのは、ひとりだけなんで。あと、諏訪に話があるんで。ちょっとコイツ、借りますね。諏訪、おいで」
そう言って、犬神の手が俺の手を掴んで。俺は引っ張られるままに犬神の後をついていく。
心なしか、フロアの女子たちが黄色くも、青くもある表情や声を出しながら、俺たちを見ている気がしたけれど。
俺は今朝までの熱を思い出して、完全に犬神しか見えていなかった。
◇
連れて来られたのは少し小さめの会議室。犬神は『使用中』の札に切り替えてドアをバタンと閉めた。
そこで、ぎゅ、と抱き締められて。犬神の香りにくらくら、ふわふわ、する。
すると、ゆっくりと犬神が動いて。止まったかと思ったら俺の表情を近距離でじっ、と見る。
目の前には、社内中の女子が愛してやまないイケメンがいる。爆裂に男前だ。
さっきまで身体を激しくも、優しくも繋げて。何度もキスして。イチャイチャしっぱなしだったからか、いつも以上に恰好良く見えて。
俺の心臓が悲鳴を上げる。
俺の頭の中で警報音が鳴る。危険だ、逃げろ、この男から離れないとお前はお前じゃなくなるぞとレスキュー隊員が総動員だ。
それでも、犬神から目が離せなくて。犬神の視線は洲崎さんに対しての向けられた冷ややかなモノじゃなく ── 熱の籠った、今朝までと同じ、視線。
「諏訪。身体、大丈夫?しんどくない?」
「ふぇっ?!な、何言って!」
コツン、と俺のおでこに犬神のおでこが重なって。
あと数ミリ、お互いに動いてしまったら口唇が重なる距離に、心臓が爆音をかき鳴らす。
動こうと思えば動けたし、振り払おうと思えば振り払えたけど。
犬神の空気と視線に心臓がきゅぅっとなって、俺は全く、動けなかったのだ。
「男と寝るの、初めてだっただろ……?それなのに、いっぱい無理させたから ── 心配で」
コテン、と近距離で首を傾げられ一瞬心臓がもげたかと思った。
普段クールな犬神が不安そうな顔で、心配そうに俺を見つめるその表情は、普段女の子に感じる " かわいい " そのもので。俺は必死に脳内でその感情を否定して「だいじょぶ、だから!」と必死に返すと、フッと笑って「そっか、ならよかった」と俺の頬に口唇を落とした犬神に胸がぎゅんとなる。
( まっ、負けるな、俺!これはきっと、今まで経験ない甘々なことされて、心臓が吃驚してるだけだからー!勘違いするなよ俺っ!俺は女の子が好き、俺は女の子が好き……!)
念仏の様に心の中でぶつぶつ唱えていると「はー……諏訪とこうしてると安心する」と犬神の俺の胴体に巻き付いている腕に力がこもった。俺の首元に顔を埋めたかと思ったら、ゆっくりと深呼吸をされて。俺の首元に口唇と熱い息が当たってゾクゾクした。
カンカンカンと脳内のレスキュー隊員達が警報音を必死に掻き鳴らしているのに、身体が犬神の温もりに溶けてしまって動けない。これ、もうほんとにヤバいって……!
「 ── ほんとは。このままお前と、ずぅっとこうしてたいけど。営業会議の後、俺の症状のことで産業医のところに行く。諏訪の話も聞く必要があるって言われたから、俺と一緒に、来て?部長に諏訪が体調あんまりよくないって伝えたら、会議の後だったら休んできていいって許可貰ってるから。その時、一緒に、いこ?」
「わっ、分かった、から!ちょ、ちょっと、離れて……!」
「じゃ、会議、いこっか」と言いながら犬神は俺の口唇に、わざとらしくリップ音を鳴らして。吃驚して固まった俺を見て二、と笑って「そんなお前も可愛くて好き」と言って俺の手を掴んで動き出した。
心臓が早鐘を打つ。認めたくない。認められない。俺は、男は範囲外で女の子しか対象じゃない筈なのに。
(これは、かなり、マズい)
動かない頭でも、警報だけはちゃんと作動していた。
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