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第32話 side 犬神:1. 諏訪 羊という男(1)

   諏訪(すわ) (よう)と会社で出逢ったのは、6年前。  新入社員研修の時だった。 「えーと。第2営業部配属、営業事務の諏訪(すわ) (よう)です。『すわ』は、ごんべんの諏訪。『よう』はヒツジって文字、ひと文字で(よう)です。よろしくお願いします」  俺は、ふわふわの彼の茶色い髪の毛に視線を奪われ、彼の声に、胸が熱くなるのを感じた。  存在そのものが愛しい。いわゆる一目惚れというやつ。彼を造形する全てが愛しくて、もどかしささえ感じた。    入社6年目。営業部事務。主に部長と俺の仕事をサポートしてくれている。  二重で柔らかい瞳。彼と視線がぶつかると俺の心臓がもれなく潰される。向こうはきっと何も感じていないだろうけれど、俺はそれどころじゃなくなってしまうのだ。  ずっと彼を見つめているわけではないけれど、気になって(たま)に視線を向けた時に偶然、諏訪と目が合った日は俺の仕事はすこぶる調子がいい。俺にとっては隠れ女神様だ。 「これ。今日、必要な資料纏めといたから」なんて、頼んでなくても先回りして資料を作成してくれる彼の仕事の速さには、俺だけでなく部長も一目置いている。  ◇  あれは、まだ俺たちが入社して1年ほど経った頃のこと。みんなが流行病で強制的に会社に出社出来なくて、営業部もほぼ壊滅状態で。  俺と諏訪、洲崎さんと、部長の4人しか第2営業部のメンバーで出勤者がいなかったあの時。  俺と部長は自分の仕事と並行して休んでるメンバーの取り急ぎの処理をして、諏訪と洲崎さんも自分の仕事をしながら担当外の事務処理に追われること数日。  そして週末、金曜日。時刻は20時を回った辺りで何とか一区切りが付いて、戦場を俺たちは乗り越えたのだ。 「3人とも、おつかれ……っ!ほんと、助かった……!週明けからみんな復活するから!今日はもう、解散!」 「部長?!解散って本気で言ってます?!これはもう部長の奢りでしか許されませんよ……?!部長のせいでもなければ、誰のせいでもないけど、このむしゃくしゃした気持ちは上司の奢りでしか解消方法はなーいっ!私たち3人に奢るべきでは?!しかも、中堅の私はともかく、諏訪くんと犬神くんに至ってはやっと丸1年。この4月で2年目ですよ!ほぼ新人と同義!頑張った部下にねぎらいが必要では?!」 「マジ?!部長ご飯、奢ってくれるんスか?!やったー!」 「え゙……っ!いっ、犬神も、ご飯、行きたい……?」 「諏訪が行くなら、行きます」 「ぐっ!よ、……よし!そうだな!行こう!俺の奢りだ!」  そんな流れで居酒屋へ。金曜の夜ということもあって、2名席でカウンターとテーブル。離れた席しか空いていなくて。  部長と洲崎さん、俺と諏訪で分かれて座る。  テーブル席に座った上司ふたりは既に酒を注文して、アルコールを浴びているのを横目で見ながら、諏訪とゆっくりカウンターで食事とドリンクを注文した。  この一週間を振り返って愚痴を零す洲崎さんに「どうどう」と言いながら相手している部長。このふたりは同期らしく、気の置けない関係のようで、洲崎さんの愚痴はとめど無かった。  そんなふたりを見ていたら、いつの間にかドリンクが来ていて。諏訪がトントン、と俺の肩をつついて。俺は諏訪の顔を覗き込む。 「……なに?どうした?」 「乾杯。乾杯、しようよ。グラスをコツン、てさ。戦場を潜り抜けた戦友だろ?俺たち」 「……ん。いいよ」  上に少し上げた俺のグラスに、諏訪のグラスが少し重なって、チン、とグラスの重なる音がした。  少し照れ臭かったのか、諏訪の頬はほんのりと赤みがかっていて。その状態で「へへ」と微笑むから、俺も自然と表情が綻んだ。  正直に言うと、今のこの " 同じ部署で他の同僚に比べると、ちょっと特別感のある同期 " という立ち位置は物凄く居心地がいい。  諏訪の恋愛対象が女性だと理解(わか)っているからこそ、この関係性を壊してまで俺は自分の気持ちを彼に告げようとは思わなかった。  俺はこの時までは、諏訪が俺以外の人間と倖せになるのを、心の底から願っていたのだ。

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