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第34話 side 犬神:3. 犬神の過去
小5の時。実家で飼っていた茶色いポメラニアンが、突然いなくなった。
そのポメラニアンは母親と散歩の途中、緩くなった首輪からすぽっと抜け出て駆けだしてしまったのだ。
失踪した次の日に、近所の人が見つけてくれた。公園のベンチの下で震えてぐったりしているところを発見されたのだ。
見つかったポメラニアンは、ずっと元気がなくて。
心配した俺の父が病院に連れて行くと、妊娠している事が分かったのだ。
母親は出産に反対したけれど、宿った命には何の罪もないと、俺の父が産ませることを決断した。
そして生まれた5匹の内、みんな茶色のふわふわな毛なのに1匹だけ真っ黒の子がいた。母親のポメラニアンはその黒いポメラニアンにだけ、あたりがキツくて。きっと相手は黒い毛並みの犬だったんだろうと、その時から俺の母親も、その黒いポメラニアンに冷たい態度を取るようになった。
そんな黒いポメラニアンが……自然と自分と重なったのだ。
俺は、父の愛人の子供だ。父は俺たち母子 が住んでいたマンションに平日だけやって来るという生活。
" 他にちゃんとした家庭がある " ということは物心ついた頃には母から聞かされていたから、父の行動に疑問もなく、俺はたくさんの愛情を注いでくれる父が大好きだった。
「新 。ウチで一緒に暮らそう」
俺の本当の母は、病気で俺が8歳の時に亡くなった。病気に気付いた時には手遅れの状態だったのだ。
亡き母の全てを自分の部屋に保管したいと、父は俺と母を犬神家に連れて帰った。
犬神の正妻である今の俺の戸籍上の母親は政略婚という形の婚姻で、父の愛は彼女には一切なく……父の愛は俺の母にだけ注がれていたことを、犬神の家に来て、父の態度を見て初めて知ったのだった。
そんな俺に対して、犬神家は父以外、俺を冷遇していた。
父も含めて、染めているわけでもないその髪は、みんな色素の薄い茶色なのに対して、俺は母の艶やかな漆黒を引き継いでいて。
そして見た目だ。俺は完全に母と酷似していた。生き返ったのかと見紛 うほど、当時の俺は母と瓜二つだった。
結果、父は俺に対して他の兄弟よりも愛情を多大に注いだ。
犬神家はみんな表面上、俺を受け入れてくれてはいたが『愛人の子』という受け入れ難い事実。そして父の俺への特別な態度に思うところがあることは容易に想像がついた。
父に気付かれないところで母親を始め兄弟みんな、俺に対する態度は冷たかったのだった。
そんな時に生まれた、黒のポメラニアン。みんながいないところで、俺自身に重ねたこの子を抱きしめるのが俺の日課になっていた。
どうにかして助けてやりたい、でもどうしようも出来ない現実にもどかしさを感じていた、そんな時だった。
彼が、現れたのは。
「おいで。俺のウチに、一緒に帰ろう?今日からもう、寂しくないよ」
ふわふわの、茶色い髪の、俺と同い年の子。
彼に抱きしめられて、嬉しそうにその子に擦り寄った黒ポメを見て胸がぎゅっ、となる。
ほんとに、この男の子で大丈夫だろうか。
この子に任せて、君は倖せに、なれる?
俺の不安な表情を感じ取ったのか、黒ポメを抱きしめた男の子はポメを抱きしめながら、隅っこで見ていた俺に近づいてきて、頭を下げた。
「この子は俺が倖せにするから、この子を俺にください」
下げていた頭を上げて、申し訳なさそうに眉をハの字にしながら、俺を見つめる男の子。黒ポメはペロペロとその子の頬を舐めていて。俺でも抱っこさせてもらうのに、かなりの時間がかかったのに。
この男の子になら、黒ポメ を任せられるかもしれない。
そう思った俺はその男の子に近付き、口を開いた。
「お願い。この子を……倖せにしてあげて、ほしい」
俺を見て、少し目を見開いたその男の子は、頬をぶわっと桃色に染めた。
そして、ふわっと微笑んだ後、心配そうに俺を覗き込んだ。
「っ!うん!約束する!俺がこの子をいっぱい、倖せにするから!……だから、そんな、泣きそうな顔、しないで……?」
「っ、大丈夫、だよ……!この子をよろしくお願い、します……!」
まさか、あの時のあの男の子が、諏訪だっただなんて、信じられない。
諏訪は、どれだけ俺を好きにさせれば気が済むんだろう。
愛しくて、狂おしくて、しょうがない。
諏訪の沼は底が知れなくて溺れてしまいそうなほどだ。
「……ポメ太、きっと諏訪の所に行けて倖せ、だったと思うよ……?」
「そ、かな。そうだったら、嬉しい。俺はさ、ポメ太がいてくれてすげェ倖せなんだよね。俺の方が、倖せにしてもらってるんだ。俺、あの女の子との約束、果たせてると、いいな」
「っ、」
当時の俺は、髪が短くても母に瓜二つの外見だったからか女の子とよく間違えられていた。十何年前の、二言 三言 交わしただけの初めて会った俺のことを覚えていてくれたことに胸が締め付けられる。
そして、そんな一瞬しか会話のなかった俺との約束をずっと忘れずに守ってくれていた事実に、目の前の同僚が狂おしいほど愛しく思えて。
気付けば、蓋をしていた気持ちが溢れ出して止まらなかった。
でも、関係性が壊れるのは怖い。だから気持ちは隠したまま、諏訪の傍に居続けようと決めたのだった。
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