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第35話 side 犬神:4. 零れ出る想い

 営業の仕事で大事なことは「ヒアリング力」「信頼構築力」「提案力」。  そこに営業事務の作成した分かりやすく的確な「資料」が必須になる。  諏訪の作成する資料は的確で、新人の営業でもミスが無いよう細かな指示を付箋に記載して準備をしてくれている。  これは誰に教わるでも、言われるでもなく、諏訪が自らの意志でやっているということを俺が知ったのは、あの怒涛の一週間が終わった週明けのこと。  洲崎さんが諏訪のいないところで他の社員に指導している際に「諏訪くんの資料は本当にすごいから。見習ってね」と諏訪の資料を片手に説明していたのが耳に入って、そこで初めてそのことを知って、もれなく心臓が潰されたのを昨日のことのように覚えている。 「諏訪、今日から俺と犬神の専属で。仕事量が膨大だから、回らないところは洲崎に頼んで。給与も今月から特別手当つけるから、よろしくな」 「了解です。迷惑かけるかもですけど、お願いします。よろしくな、犬神」 「よろしく。何でも相談して」  そんな諏訪は、部長からも信頼が厚い。この前の怒涛の一週間の仕事ぶりを見て余計気に入られたようだ。  専属になるということは勿論、俺の知らないところで諏訪と部長とのやり取りも増える。  諏訪への気持ちの蓋がぶっ壊れた俺にとっては、この上ない苛立ちのひとつだった。  俺の仕事の資料だけでも多いのに、部長の資料作成までもさせるなんて諏訪には負担が多すぎる。  部長の資料作成は別の営業事務に頼んでほしいと、諏訪が俺たちの専属になる前から部長には再三頼んでいるのだ。  しかし、部長の返事は決まって「諏訪ほど仕事が的確で早くて綺麗に資料作る子はいない。だめ、だめだぞ。お前だけの専属にはできん」だった。    諏訪が部長と打ち合わせのため、ふたりで会議室へ行っていて、いないことにストレスが溜まるのを感じる。  絶対に何もないとは分かっている。分かっているのに、俺じゃない誰かと密室でふたりきりなんて。許せない。  そんな被害妄想よろしく、容量の小さい自分に、つくづく溜息が出た。    俺だけの諏訪がいい。諏訪には、俺だけを見ていてほしい。  叶うことのない欲求は日増しに大きくなっていった。付き合ってもいないのに小さな不満が、胸に散りのように積もっていく。    もうひとつ、気になる事といえば。諏訪の同僚で先輩の洲崎(すざき)さん。この女性は俺の気持ちを知ってか知らずか、やたら諏訪に絡むのだ。 ( 距離、近くね……?)  ふと、洲崎さんと視線がぶつかる。俺は、取り繕う余裕もなく冷ややかな視線のまま彼女を見ると、彼女はにこーっと笑って、余計諏訪に近付くのだ。あと数センチでぶつかるほどの近い距離に、苛立ちが募る。 ( ほんと……いい性格、してる )  でも、俺は諏訪の彼氏じゃない。彼氏だったら幾らかは束縛できるだろうけど……そんな立場にも立てない。  なぜなら、諏訪は恋愛対象が女性だからだ。俺は、土俵にも立てないのだ。でも、洲崎さんはその土俵に立てる女性(ヒト)。  諏訪は前に洲崎さんはそういう対象じゃないと断言していたが、いつ何がどうなるかなんて分かったもんじゃない。天地がひっくり返って、俺が恋愛対象になる事はなくても、彼女が恋愛対象になることは確実に有り得る。  部署が違ったのなら、そこまで気にならなかった、このふたりの関係性も諏訪が俺と部長の専属になってから余計にやたらと目につく。  胸にどろっとした黒い感情が俺の中で(うごめ)いていて、自分で自分が嫌になった。 ( はぁ。最近……気が滅入る事ばかりだな……いや。しっかりしろ、俺 )  この頃から、諏訪が他人と接触することにストレスを感じるようになり、どんどんと不満が溜まっていくのを自分でも感じていて。    それでも、この気持ちは、本人には言えない。  抱き締めたくて、キスしたくて、ぐちゃぐちゃに甘やかしたくて、泣かせたくて堪らない。  俺だけの諏訪であってほしいと、こんなにも願っているのに ──── 。    

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