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第42話 気付けなかった後輩の想い

  「犬神さんが、犬」  ポカン、とした表情の目の前のブロンズヘアで翡翠色の瞳を持った後輩は、そんな表情でさえも恰好いいのだ。そんな彼を見て、神様は不公平だな、とつくづく思う。  ◇  社食で食事を終えて、第3営業部で引継ぎの報告書を纏めていた俺に手元に資料の束を持った洲崎さんが声を掛けた。 「洲崎さん、おつかれっす。もう体調、大丈夫なんですか?」 「うん、ごめんね。昨日の病院は……ちょっと、どうしても行きたくて。助かった、ありがと」  元気そうな洲崎さんを確認できて思った以上にホッとしている自分がいて、吃驚している。「いえいえ、いつでも俺でできる事なら任せてください」と言いながら、微笑んでいる自分に " 実はかなり心配していたんだな " と改めて実感した。  洲崎さんは理解不能な発言をしているくらいが丁度いいのだ。 「そういえば、犬神くんて今日帰ってくる予定?諏訪くん、予定何か聞いてる?」 「今日の夕方までには帰社予定らしいです。白川社長と挨拶を終えたらすぐ帰ってくるって昨日言われましたけど。今15時か。もうすぐ帰ってくるんじゃないですかね?何か、ありました?」 「んー、そうねえ。じゃあ諏訪くんさ、犬神くんにこの資料渡しておいてもらえないかなあ。私、今から打ち合わせで。犬神くんに会えないかもしれなくて」 「あっ、分かりました。会社で会えなくても、夜、家で会うんで、伝えておきますって……なんスか、その顔……」 「へぇ~?夜、家でね?ほ~ん?」  洲崎さんのニヤニヤした顔に、考えている事がハッキリと伝わった。何故か俺の横で作業をしている日下部と堂前もニタニタしている。なんなんだこの3人は。同じ匂いがするぞ。怖い。  3人が( 特に洲崎さんが )言いたい事はわかる。わかるがここは第3営業部なので、あんまりそんな表情だけでいじらないでほしい。  すると俺の後方から「羊さん?家って、どういう、事ですか?」とニッコリしているのに、おどろおどろしい空気を纏った相馬が俺に話しかけた。 「そっ、相馬……?!」 「家って誰の家?羊さんの?犬神さんの?どっちにしても、詳しく聞かせてほしいんですけど」  新からは病気の事は特別隠しているわけじゃないし、必要な時は喋って構わないと言われていたから、俺は新の症状の事を説明した。  たまたま、俺がポメラニアンになった新を資料室で発見した事。  その後、彼のサポートをしている事(これはもうみなまで言えないのでオブラートに包みました)などなど。  話を聞き終わった相馬の空気が、なんだか、重っ苦しい……ような……。 「 ── じゃあ、その日以降……羊さんは、犬神さんとずっと一緒に……はぁ。しくったな。もっと早めに、動けばよかった」 「へ?え、な、なに?」  左手は腰に添えて。溜息を吐きながら、右手で頭を抱えている相馬の空気はかなりピリついていて。  どうしたらいいか分からない俺は困惑していた。周りのみんな、あの普段飄々としている洲崎さんでさえも「うわ。これ、ちょっと……ヤバいかも」と固まっていて。 ( えっ、洲崎さん?!ヤバいって、何がヤバいんだよ……?! )  訳が分からないまま、恐ろしい空気を放っている相馬に、俺自身もどうしたらいいか分からず固まっていると、ゆらり、と相馬が俺に近付いてくる。   「いや。俺の場合マイナスからのスタートだったのを、犬神さんが動かないのをいいことに呑気に胡坐をかいていたのが間違いだったんだ……失策だったな」 「え、な、何?どうした?相馬、落ち着け?」 「落ち着いて、ますよ?至って冷静です。正直、めちゃくちゃ焦ってる。ほんと、貴方は俺に知らない感情をたくさん与えてくれる。だから、こんなにも ── 目が離せないんだ」 「そう、ま……っ?!」  腕をクン、と引かれて。バランスが崩れて前につんのめった俺は相馬の身体へダイブしてしまった。  その俺の背中と腰にぐ、と腕を回して、なぜだか俺は相馬に抱きしめられていたのだ。 「「「 ─────!」」」 「え、ちょ、な……?!」 「は……、やっと。やっと貴方を抱きしめられた……!堪んない……!」 「ちょ、相馬?!今、仕事中……っ!はな」 「離さない。離したくない。羊さん。俺……、っ。羊さんが ── 好きだ」 「え、と」 「先輩として尊敬してる。でも、それ以上に。ひとりの人として、好きなんだ」  前までの俺なら、同性の好きはじゃないって、きっと捉えていたけど。  でも、この熱の籠った切ない声は、きっと。 「お、れも、相馬の事は好きだけど……え?ちょ、まって、うそ、だろ?もしかして、そういう意味じゃない……?」 「俺の好きは ── 」  そう言いながら、相馬の身体が少し離れて。  気付けば、綺麗なあの顔が、目の前にあった。 「……っ、そ……?!」    ちゅ、とリップ音を鳴らしながら、相馬の口唇と俺の口唇が触れる。  一瞬何が起きたか分からなくて、固まった俺を、熱の籠った瞳が捉えていて。  この瞳は、新と同じ、熱。 「こういう、好き。愛してる、羊さんが、好きだ」 「 ── ッ!」  いつから?とか。  なんで?とか。  聞きたい事はたくさんあるけど、けどそれよりも。  俺が口唇を触れ合わせたいのは、相馬じゃないってその時強く思った。  俺の心は、彼だけにしか向いていない事だけは混乱してる頭でも、ハッキリとわかったのだ。 「相馬……!俺は」  その時、第3のオフィスの外でキャーッ!という叫び声が聞こえて、吃驚して声のする方をみんなが見た。それと同時に聞こえてきたのは河瀬部長の、彼を呼ぶ、声。 「ちょっ!犬神ー?!おまっ!マジで犬に?!ちょ、待て……っ!服……ッ!」    今も逢いたいのは。  俺の心をずっと攫っているのは。   「 ── グルルルル!ウーッ!ワンッ!ワンワンッ!」 「えっ?!ワンちゃん?!相馬先輩にむかって、吠えてる……!」 「なっ!なんで黒いポメラニアンが、こんなところに……!」       ── 犬神 新。君だけ、だから。      

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