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第3話 暗がり
結論から言うと、倉庫は当面使い物にはならない状況だった。
少なくとも、今から煙を逃してやっても、明日食糧を入れられるかと言うと、そうとは言えなかった。
当面煙の匂いのパンを食べるハメになるのも嫌だったようで、ノアの判断にはローグも異を唱えなかった。
天幕の空気を入れ替えて、それから天幕内に薬を撒く。
外に撒くのは明日でいいだろう。
匂いを気にしない備品を倉庫に下ろして、ローグと手分けして整理すると、二人は倉庫を出た。
すっかり揃いの匂いになったノアは、少しくらくらする頭を抱えながら火のそばに戻り、それから食事の支度を始めた。
ローグと騎士たちは、その晩の見回りや状況の確認などを行なっており、ノアはそれを横目に食事の準備を整えた。
最後に、鞄から樽を取り出す。
気づいた誰かが口笛を吹いた。
「ローグさん、とりあえず、飯にしましょう!」
「しょうがねえな。まずは食え。飲みすぎるなよ」
待ちきれないといった言葉にローグが頷くと、騎士たちが一斉に火の周りを囲んだ。
開けられた場所にローグが座り、次々と酒が注がれていく。
ノアのすぐ隣には先程の騎士がいて、カップを差し出された。
「君も飲むだろ?」
「……とんでもない!これは皆さんへのお詫びです。俺は水でいいです」
差し出されたものを断り、パンとチーズをとってその輪から離れる。
あえて背を向けて、調理に使ったナイフなどを片付けはじめれば、それ以上声をかけられることはなかった。
食べながら片付けを終わらせると、その頃には騎士たちも満足したのか、火の周りで談笑し、くつろいでいた。
ローグを含めた数名は、すでに夜間の見回りに出たのか、姿がなかった。
夜はローグの天幕に来いと言われていた。
だが結局あの天幕がローグのものかも確認できなかったし、当人がいないのに勝手をするわけにもいかない。
今日明日だけなら、火の周りで休むのも悪くはないか。
寝床に使えるものが荷物にあったか考えながら食器を集め、溜めた水の中に突っ込んでいく。
火の明かりがかすかに届く場所で食器を洗い、作業台に並べていく。
騎士たちが、ちらほら天幕に戻るのを横目に洗い物を終わらせ、
すすいだ水を捨てに行こうと腰を上げると、背後に気配を感じた。
「重たいだろ?手伝うよ」
声をかけられて、後ろを振り返る。
少し酒が入って色付いた笑顔、昼間の騎士だ。
「いつものことです、問題ありません」
「そんなこと言わないでさ、手伝わせてよ。それに、火から離れたら危ないだろ?」
そう言うと、騎士は桶を手に取り、どこに捨てようか?と聞いてきた。
そう言われてしまうと、断りづらい。
先程ローグに言われた言葉も頭をよぎる。
――騎士は危険から人々を守る。自分は、飢えから。
ノアは少し頭を下げてから、もう少し小さな桶を手に取り、拠点の端、排水に一番向いていると判断した場所を手で示した。
「あちらがいいかと思います」
「うん、行こう」
火の明かりから遠ざかり、拠点から一段下がった場所へ水を捨てる。
こうした排水の匂いも虫を寄せる原因になるので、排水の場所選びもバカにできない。
「あ、ねえ。君名前なんて言うの?
何かあった時に呼べないと、危ないから。教えてよ」
「……ノアです。」
水を捨てながら問われ、名前を伝える。
ふうん、ノアちゃんね。と呟かれ、なんとなく腹の底にモヤっとしたものがたまった。
「俺はトッド。トディでもいいよ」
「……トッドさん。手伝ってくださってありがとうございました。」
明かりのある方へ向かって足を進めると、トッドの手が肩に乗せられた。
そのまま後ろから抱き込まれ、耳元に顔を寄せられる。
「えー、かわいい顔してるのに、つれないなあ。
ね、今日寝るとこないだろ。俺のとこおいでよ」
ぞぞっと背中が粟立って、桶を握る手に力がこもった。
「離してください」
なんとか絞り出した声に、力がない。
いつもは人目も明かりもあるから強気に出られるけれど、暗闇で一人きり、こうした状況に立たされてみて、はじめて怖いと感じた。
「あれ、怖がってる?傷つくなあ」
「や、やめ」
引き寄せられた体を押し返そうとして、桶ががらんと音を立てて地面に落ちた。
なんとか距離を取ろうと腕を後ろにつっぱるも、ますます強く引き寄せられてどうしようもない。
なんとかトッドの顔から遠ざかりたくて、ノアがしゃがみ込んだ時だった。
「どー見ても嫌がってんだろ、気づけ」
頭上から降ってきた声と、軽い破裂音に、呻き声。
「ってぇ。」
ノアの体を掴んでいた腕が弱まり、その隙に地面を這って距離をとると、腕をとって立たされた。
「お前、俺の天幕にいとけっつったろう。何フラフラしてんだ、いくぞ」
そのまま、ぐいっと腕を引かれて、ノアは少し離れて建っていたあの天幕に連れていかれた。
天幕の横に焚かれた篝火から、ローグが種火をとる。
そのまま垂れ幕を開けると、顎で中に入るように示された。
まだ、トッドに抱きすくめられた時の震えが残っていて、自力で足を進めるのが難しかった。
それでも、煙の匂いが柔らかいこの天幕が、色んなことから自分を守ってくれる空間だと感じられて、ノアはおずおずと足を進めた。
もたつきながら中に入ると、ローグは垂れ幕を開けたままにして、中の燭台に種火を移した。
それからこちらを振り向いて、ひとこと言った。
「――あのままの方が良かったか?」
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