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第4話 見えかた

 一瞬何を言われたのかがわからなくて、ローグの顔を見返す。  ローグは、肩をすくめてから天幕の入り口でしゃがみ込んだ。 「面倒ごとになるのはごめんだからな。  あんたが実はまんざらでもなかったってんなら、あいつのとこ行ってやれよ」  靴紐を緩めながらそんなことを言うローグを、信じられない思いで見返した。  助けてくれたのかと思ったのに、ただの揉めごと処理だった。  それはいい。  でも、そんなふうに言われるのは、違う。 「ご面倒をおかけしてすみませんでした。ここでお邪魔になるなら、外で寝ます」  腹の底にもやりとたまっていたものが、ローグへの怒りのようなもので綺麗さっぱり吹き飛んで、  ノアは外に出るために天幕の垂れ布をくぐった。 「――悪ぃ、そうじゃない。……ここで寝てけ」  手首を掴まれて、ノアは外に出られなかった。  そうじゃなければなんなんだと、腹の中が収まらなくて腕を振ると、  立ち上がったローグがノアの前に立ち塞がった。 「外からみえてる。中入れ」  はっとして外に目をやる。  暗がりの中は見えなかったが、ノアはおとなしく天幕の中に引っ込んだ。 「これ、降ろすぞ」  垂れ幕を手にしたローグに頷いて、ノアはそこに腰を下ろした。  ローグの天幕は、柔らかい毛皮などを積んで作られた寝床とちょっとした台、それに簡単な座椅子のようなものが置かれていた。  あちこちには装備の手入れの道具がぶら下がる、実用的な空間になっていた。  天幕なので天井は低く、大きな体のローグは腰をかがめながら奥へと入り、手前の座椅子に腰を下ろした。  一滴、毛先から水がしたたって、水を浴びてきたのだと察する。 「川まで行ってらしたんですか」 「……俺はあの匂いの中で寝れねえんだ」  そう言われて、ノアは自分の腕の匂いをかいだ。 「あんたのは体には染み付いてないだろ。着替てくれたらいい」  そう言われて、頷きを返す。 「何か貸してください」  自分の着替えなど、持ってきてはいなかった。 「――あー、……あのなあ」  濡れた髪の毛の中に手を突っ込んで、わしわしとかき混ぜるローグを見やる。  水が跳ねるので、ノアはそれが気になった。 「着替え貸せってか。あんた、それトッドに言ってみろ。冗談じゃ済まねえぞ」 「――は……?」 「自分ではできてると思ってるみたいだが、ここは最前線だ。  奴らが本当に何に飢えてんのか、兵站部ならわかっとけ」 「俺は」  自分は、兵站部員で、  そんなこと、兵站部の仕事じゃない。  そう言いたくて、声にできなかった。  ノアが用意することはできずとも、ローグの言うことはもっともだったから。 「着替え出してやるよ。そっち行ってろ」  寝床の端を指されて、おとなしく下がる。  台を開けると、いくつかの衣類が入っていた。  その一番下から、柔らかそうな質感の薄い羽織りと、短い腰履きが出てきて、ローグから手渡された。 「やる。もう着ねえから」 「貸してくださるだけでいいです」  借りるだけのつもりだった。  慌てて言うと、ローグの目線がノアの顔を射抜いた。   「ほいほい借りるなっつってんだ。危機感持て」  それから、台を閉めて言葉を続けた。 「ほんとに、もう着ねえから。持っとけ」  そう言ったきり、ローグは座椅子に背をもたれかけ、のんびりと髪の水気をとり始めたので、ノアも手渡された着替えに着替えることにした。  そのまま、ローグの目の前で着替えていいのか少し迷う。  ただ、――トッドのような危機感は抱かなかった。   「――――あんた……」 「はい?」  着終わって振り返ってみればローグがまじまじとこちらを眺めており、ノアは顔を向けて続きをうながした。 「ほっせえな。背中丸見えだぞ」 「ローグさんとは体格が違います!」  襟元が広くて、なんとか前を詰めると後ろが下がる。  正直どうしようもなかった。 「くっくっく、オヤジの服借りた子供みてえだな。色気もなんもあったもんじゃねえ」  その言葉に、脱いだ服を畳んで脇に置き、ローグに向き直る。 「俺は男です。色気なんてありません。  ローグさんみたいな男らしさもないし、トッドさんみたいに背が高いわけでもない。」  ローグの目を見ると、少し面白そうな色を乗せて、こちらを見ていた。 「女の人みたいな柔らかさとかもないし、そもそも媚びているつもりもありません。  それでも、騎士に言い寄られて嬉しがるような人間に、俺は見えますか」  しばらく、天幕の中に沈黙がわだかまった。  ローグが、一度頭全体を手拭いでわしわしと揉み、顔を上げる。  天幕の外をちらりと見て、ノアに目線を合わせた。 「前言撤回だ。お前は騎士に言い寄られて喜ぶような奴には見えない。  ただ、お前のその気位の高さは、目立つ」 「……は?」 「まいったな。面倒なことになる」  それから、ローグは足を伸ばして天を仰ぎ、小さく舌打ちして、しばらくじっと固まった。 「なんだってこう、一番きつい時に……」  小さくぼやくローグの声は、小さくてあまり聞き取れなかった。   「なあ、あんた」  そのままかけられた声に、応える。 「はい」 「変なことはしねえから、少し黙ってろよ」 「……は?」  そのまま、体を起こしたローグは、こちらににじり寄ってきて、ノアの耳元に口を寄せた。   「声出すなよ。外に聞こえる」 「え、……っ!」  耳の下、やや後ろのあたりにローグの唇が吸い付いて、痛いほどに吸い上げられた。  咄嗟に逃げようとした体を押さえられ、離れた唇がもう一度言う。 「これ以上はしねえから、……じっとしとけ」 「なに……」  もう一度、同じようなところに吸い付かれて、首の後ろや頬の裏に、びりびりとした感覚が広がっていく。  思わず呆けた声が出そうになって、両手で口元を押さえようとすると、そこでローグの唇が離された。  そのまま寝床に向かって押され、上から毛皮を被せられる。 「寝ろ。俺はこっちで寝る」  ノアの頭の中は、混乱していた。  ――――今の、……なんだ?!  

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