4 / 12
第4話 見えかた
一瞬何を言われたのかがわからなくて、ローグの顔を見返す。
ローグは、肩をすくめてから天幕の入り口でしゃがみ込んだ。
「面倒ごとになるのはごめんだからな。
あんたが実はまんざらでもなかったってんなら、あいつのとこ行ってやれよ」
靴紐を緩めながらそんなことを言うローグを、信じられない思いで見返した。
助けてくれたのかと思ったのに、ただの揉めごと処理だった。
それはいい。
でも、そんなふうに言われるのは、違う。
「ご面倒をおかけしてすみませんでした。ここでお邪魔になるなら、外で寝ます」
腹の底にもやりとたまっていたものが、ローグへの怒りのようなもので綺麗さっぱり吹き飛んで、
ノアは外に出るために天幕の垂れ布をくぐった。
「――悪ぃ、そうじゃない。……ここで寝てけ」
手首を掴まれて、ノアは外に出られなかった。
そうじゃなければなんなんだと、腹の中が収まらなくて腕を振ると、
立ち上がったローグがノアの前に立ち塞がった。
「外からみえてる。中入れ」
はっとして外に目をやる。
暗がりの中は見えなかったが、ノアはおとなしく天幕の中に引っ込んだ。
「これ、降ろすぞ」
垂れ幕を手にしたローグに頷いて、ノアはそこに腰を下ろした。
ローグの天幕は、柔らかい毛皮などを積んで作られた寝床とちょっとした台、それに簡単な座椅子のようなものが置かれていた。
あちこちには装備の手入れの道具がぶら下がる、実用的な空間になっていた。
天幕なので天井は低く、大きな体のローグは腰をかがめながら奥へと入り、手前の座椅子に腰を下ろした。
一滴、毛先から水がしたたって、水を浴びてきたのだと察する。
「川まで行ってらしたんですか」
「……俺はあの匂いの中で寝れねえんだ」
そう言われて、ノアは自分の腕の匂いをかいだ。
「あんたのは体には染み付いてないだろ。着替てくれたらいい」
そう言われて、頷きを返す。
「何か貸してください」
自分の着替えなど、持ってきてはいなかった。
「――あー、……あのなあ」
濡れた髪の毛の中に手を突っ込んで、わしわしとかき混ぜるローグを見やる。
水が跳ねるので、ノアはそれが気になった。
「着替え貸せってか。あんた、それトッドに言ってみろ。冗談じゃ済まねえぞ」
「――は……?」
「自分ではできてると思ってるみたいだが、ここは最前線だ。
奴らが本当に何に飢えてんのか、兵站部ならわかっとけ」
「俺は」
自分は、兵站部員で、
そんなこと、兵站部の仕事じゃない。
そう言いたくて、声にできなかった。
ノアが用意することはできずとも、ローグの言うことはもっともだったから。
「着替え出してやるよ。そっち行ってろ」
寝床の端を指されて、おとなしく下がる。
台を開けると、いくつかの衣類が入っていた。
その一番下から、柔らかそうな質感の薄い羽織りと、短い腰履きが出てきて、ローグから手渡された。
「やる。もう着ねえから」
「貸してくださるだけでいいです」
借りるだけのつもりだった。
慌てて言うと、ローグの目線がノアの顔を射抜いた。
「ほいほい借りるなっつってんだ。危機感持て」
それから、台を閉めて言葉を続けた。
「ほんとに、もう着ねえから。持っとけ」
そう言ったきり、ローグは座椅子に背をもたれかけ、のんびりと髪の水気をとり始めたので、ノアも手渡された着替えに着替えることにした。
そのまま、ローグの目の前で着替えていいのか少し迷う。
ただ、――トッドのような危機感は抱かなかった。
「――――あんた……」
「はい?」
着終わって振り返ってみればローグがまじまじとこちらを眺めており、ノアは顔を向けて続きをうながした。
「ほっせえな。背中丸見えだぞ」
「ローグさんとは体格が違います!」
襟元が広くて、なんとか前を詰めると後ろが下がる。
正直どうしようもなかった。
「くっくっく、オヤジの服借りた子供みてえだな。色気もなんもあったもんじゃねえ」
その言葉に、脱いだ服を畳んで脇に置き、ローグに向き直る。
「俺は男です。色気なんてありません。
ローグさんみたいな男らしさもないし、トッドさんみたいに背が高いわけでもない。」
ローグの目を見ると、少し面白そうな色を乗せて、こちらを見ていた。
「女の人みたいな柔らかさとかもないし、そもそも媚びているつもりもありません。
それでも、騎士に言い寄られて嬉しがるような人間に、俺は見えますか」
しばらく、天幕の中に沈黙がわだかまった。
ローグが、一度頭全体を手拭いでわしわしと揉み、顔を上げる。
天幕の外をちらりと見て、ノアに目線を合わせた。
「前言撤回だ。お前は騎士に言い寄られて喜ぶような奴には見えない。
ただ、お前のその気位の高さは、目立つ」
「……は?」
「まいったな。面倒なことになる」
それから、ローグは足を伸ばして天を仰ぎ、小さく舌打ちして、しばらくじっと固まった。
「なんだってこう、一番きつい時に……」
小さくぼやくローグの声は、小さくてあまり聞き取れなかった。
「なあ、あんた」
そのままかけられた声に、応える。
「はい」
「変なことはしねえから、少し黙ってろよ」
「……は?」
そのまま、体を起こしたローグは、こちらににじり寄ってきて、ノアの耳元に口を寄せた。
「声出すなよ。外に聞こえる」
「え、……っ!」
耳の下、やや後ろのあたりにローグの唇が吸い付いて、痛いほどに吸い上げられた。
咄嗟に逃げようとした体を押さえられ、離れた唇がもう一度言う。
「これ以上はしねえから、……じっとしとけ」
「なに……」
もう一度、同じようなところに吸い付かれて、首の後ろや頬の裏に、びりびりとした感覚が広がっていく。
思わず呆けた声が出そうになって、両手で口元を押さえようとすると、そこでローグの唇が離された。
そのまま寝床に向かって押され、上から毛皮を被せられる。
「寝ろ。俺はこっちで寝る」
ノアの頭の中は、混乱していた。
――――今の、……なんだ?!
ともだちにシェアしよう!

