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第7話 異質
――つまるところ、ノアは完全にそういう対象に見えていた。ここの騎士たちから。
ロアンたちは、その後食器や衣類を洗うのを何のてらいもなく手伝ってくれた。
年の近い連中とあれこれ話しながら作業するのは普通に楽しかった。
けれど、ノアはここでは異質で、その異質さを、何も言わずに包み込んで、見えないようにしたのがローグだった。
洗った衣類を干し始めた頃に雨が降り始め、ノアたちは慌てて拠点へと戻っていた。
せっかく洗った衣類がまた臭くなるのは嫌で、ノアは収納からタープを取り出して屋根のあるスペースを作り、洗った衣類を干していた。
日中だが、陽が翳り、少し肌寒くなってきていた。
「ノア、そのタープまだある?」
ロアンに聞かれて、首だけ巡らせて答える。
「あと四張りあるよ。何に使う?――あ、馬か」
「そう。出せるなら俺らで張っとく」
ちょっと待って。そう声をかけて衣類を脇によけ、鞄からタープを取り出す。
四張り全て使っても、七頭の馬たちを全て雨から守れるのかは微妙なところだと感じた。
「足りるかな……」
「大丈夫だよ、俺らのは。でも、ノアの連れてきたのは多分慣れてないだろ。あの子だけでも入れてあげたい」
きゅっと、頬の内側を噛み締めた。
こう言うところが、役割の差だとわかっていても、もどかしい。
ロアンにタープを手渡して、ノアは手のひらを握りしめた。
「ありがとう。雨、ひどくなるかな」
四張りのタープを抱えてから、ロアンが言った。
「大丈夫だよ。少なくとも拠点はローグさんが維持してくれる。ノアは安心していい」
役割分担。
その言葉が、ノアの頬を打った。
雨はその後も続き、次第に風も強まった。
ノアは途中でタープから衣類を下ろし、自分の収納空間にしまい込んだ。
乾きはしないが、臭くなることもない。
嵐で飛ばされてしまうよりずっとマシだった。
「おい」
タープから全ての衣類を下ろしたところで、声をかけられた。
振り返ると、ローグが天幕を指差して言った。
「飯は適当に食えるものを出しておけ。お前は天幕に入ってさっさと寝てろ。明日帰る体力戻しておけ」
ローグの顎から雨粒がしたたり落ちた。
「まだ倉庫の整理が終わっていませんし、雨に備えて荷の底上げか収納をしたいです」
「必要ない。この拠点は俺が維持する。浸水は心配しなくていい」
今、自分の手は必要ない。そう言われた気がして口の中を噛んだ。
ノアが口をつぐんだのに気づいたのか、ローグが髪の毛をかきあげて、ため息をついた。
「……寝てろ、頼むから。あー、……寝床あっためといてくれ」
その、ローグの言い草に、むかっとした。
温めておいても、ローグは入ってこないくせに。
「あっためておきます。だから、ちゃんと寝床で寝てください。
……そうじゃなかったら、トッドんとこ行ってきます」
「お前――」
「おやすみなさい」
むかむかした気持ちのまま鞄の口を閉じ、ローグの天幕に向かった。
そこでふと気づく。雨が、ノアを打たなかった。
顔を巡らせると、拠点を覆う透明なドームがあるかのように、雨が遮られていた。
少なくとも拠点はローグが維持する。ロアンがそう言っていた。
振り返ってタープの下を見る。
ノアから、ローグの顔は見えなかった。ただ、ローグがそこに立っている。
それだけだった。
垂れ布をまくって入った天幕の中は、遠くから雨音が聞こえるのに、布を打つ雨粒の音のない、静寂で満たされていた。
ローグの言うことは正しいのだろう。
結界で、拠点を丸ごと包んでしまえる。
たった一人でそんなことのできてしまう人を、ノアはこれまでみたことがなかったけれど、それだけの力がある。
悔しさよりも、呆れるほどすごいと思った。
「寝床あっためとこ……」
濡れた服を脱いで、昨晩も袖を通した服に着替える。
少し湿気ってしまった髪の毛を布で拭きながら、寝床に転がって、外からにじみ込む火の光を眺めた。
それでも。
ノア達だからやれること、やるべきことがある。
騎士とは違う立場だからこそ、意味のあることもある。
そのはずだ。
ごろりと転がって上を向いて、しばらく、雨音のしない天幕の天井を眺めた。
それから、昼間ローグに括られた背中の革紐をほどいた。
そのままでは、結び目が邪魔で眠れそうになかった。
また足元で寝てたら、出てってやる。
そう思いながら、ノアは瞼を閉じた。
ふと、気配を感じて目を開けると、まだ続いている雨の音と、衣擦れの音とが聞こえていた。
装備を下ろす、金属の擦れあう音も微かに聞こえる。
ローグが戻ってきた。
うっすらと浮上した意識でそう感じると、ノアはまた温かさに意識を委ねかけた。
――ああ、トッドのところに、行かなくちゃだ……。
弛緩した手指はぴくりとも動かなかったが、ノアの意地だけが意識を繋いでいた。
「――寝てるか、ノア」
――起きてるよ。
思いの外優しげなローグの声に、心の中で応える。
「――ふっ。あったけえ」
冷えた指の背で、うっすらと頬を撫でられて、少しくすぐったくて首をすくめる。
それからまた、ローグが服を着替えているような音が聞こえて、ノアの意識はうとうとと沈みかけていった。
ここにいていいのかもしれない。
そんな安心感と共に。
背中側の毛皮がめくれて、ひんやりとした空気が背中をなでた。
「っとに無防備なやつだな」
落ちかけた意識も少し浮上する。
肩口の服がひっぱり上げられ、背中が覆われた。
その拍子についと背筋に指が触れて、肩がぴくりと震えた。
「……ゆっくり寝ろよ」
それきり、ローグは静かになった。
遠く、重く降り続く雨と、唸るような風の音が、温かさに溶けていった。
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