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第9話 等身

「一度、倉庫に残った資材を全て確認します。  撤退の時、置いていくものと持っていくもの、その中でも軽いものと重いもの。  そういうものを仕分けておきましょう」  拠点に戻り、ノアはローグと、補佐的な立場の騎士を含めて今後のことを話し合っていた。 「なんで分ける?」  騎士――デルタがノアに尋ねたので、ノアは簡単に収納魔法のことを説明した。  仮設足場を通るなら、荷物はできるだけ軽いほうがいい。  重いもの、そして嵩張るものをノアの鞄に入れてしまえば、騎士たちの安全はより高められる。  ノアが説明すると、デルタは感心したように頷いた。 「ローグが囲い込んでるから、どんなやつかと思ってたら。あんた思ったより優秀なんだな」 「別に囲い込んでるわけじゃねえ」  ローグが言うのを鼻で笑ったデルタが、よく言うよ。といいながら立ち上がり、ノアを見下ろした。 「ローグがあんたに任せるなら、俺たちは従う。あんたが必要なら、誰に何を指示してもいい。  まあでも、基本的にはこいつに囲われとくのがいいよ。その方が色々やりやすいだろ」 「囲われるって……」  ノアが声をあげると、デルタが顎で制した。 「あんたの優秀さと、あんたの見た目は別もんだよ。俺がローグでも同じことしてたんじゃねえかな」  そう言うと、デルタは今度こそその場を離れた。 「……その、耳の下の」  ローグが言いにくそうに話し始めたので、そちらに目を向ける。 「これからも時々、消えない程度につけるから。許せよ」  ぱっと、耳の下に手を当てた。 「これ……」  できるだけ冷静であろう。  そう自分に言い聞かせた。 「なかったら、どうなってましたか」  ローグが目頭を掻いた。 「さあな」  橋の近くで言われたことを思い出す。  まだしばらくは、ここの騎士たちと一緒。  この印があるからと言って、安心できるわけでもない。  でも、ないより多分、ずっとましなんだ。 「……ありがとうございます。お願いします」  雨はその後も強まったり弱まったりしていたが、ローグの結界が拠点を守り続けており、ノアは全ての資材を検め直した。  日持ちの関係ない装備品や薪、薬品などは十二分に用意していたし、この森は豊かだ。  そう切り詰めずとも、森や川で食糧を補充すれば、この拠点を二十日持たせることは問題ない。  改めてそう確認でき、ローグへ報告した。  川には、ローグの予測通り本隊から騎士が様子を確認に来ており、今後の方針を確認しあったらしい。 「ノア、今夜の深夜番、ローグさんと俺代わったから。早めの夕飯は俺に出してくれる?」  ルガークが声をかけてきたので、頷いて返す。 「交代なの?なんで?」  一仕事終えて、ルガークの言う早めの夕飯を支度していたノアは聞き返した。  ルガークが、指を立てて上を指す。 「――あ、結界」 「そ。さすがに丸一日張りっぱなしはローグさんもしんどいからさ」  そうなのか、と今更思った。    拠点を丸ごと覆う結界。  流れた橋の状況判断。  薪を組み直した手。  そして――ノアを寝床に縫い止めた、あの力。  耳の下の、印。    何でもない顔をして、黙ってなんでもやってしまう。  そういうのが、ローグという人なのか。 「すぐ用意できるよ、座って待ってて」  呆れるほど、すごい人なんだと、もう一度思った。  ――悔しいほどに。  夜になり、降り続いていた雨が止んだ。  ローグが結界を解除し、風とひんやり湿った空気が拠点に降り注いだ。  騎士たちはその晩の食事をしながら、今後の方針について確認しあっていた。 「ノア」  ロアンが、小さな声でノアを呼び、少しだけ騎士たちの輪から離れたところへと連れ出された。 「これからしばらく俺らと一緒だろ。  ノアは……、ローグさんと一緒で平気なのか?」  モヤっとしたものが胸の中に湧き上がり、その手触りがなんなのかわからないまま、ロアンに応える。 「どういうこと?」  少しだけ騎士たちの方を気にしてから、ロアンが言葉を続けた。 「俺、耳のあれはただの警告だと思ってたけど。  ——今朝ローグさんを呼びに行ったやつが、……その。  お前とローグさんが、いちゃついてたって」 「ばっ、――そんなことない!」  カッと身体中の血管が開いて、それから指先が冷たくなった。  そんなこと、あるわけない。 「声でかいよ」  言われて口をつぐむ。  それでも、自分を止められなかった。 「言いがかりだよ。ローグさんは俺に変なことなんてしてない」  小さな声で、でも、言うべきことを言うと、ロアンが少しだけ変な顔をしてノアの顔を見つめた。 「……何だよ」  まだ何かあるのかと、少し声を低くして問うと、ロアンは小さく息を吐いてから、首を振った。 「いや。じゃあ、ただの見間違いなんだな?問題ないってことだよな?」  ロアンに心配されることでもない。  そう思いはしたが、ローグのことをおかしな風に誤解されているのも嫌だった。 「何にも、問題ないよ」  ロアンが、一歩下がった。 「わかった。じゃあいいんだ。  ……俺はルガークと二人で同じ天幕使ってるから、なんかあったらいつでも来いよ」  クソ狭いけど。  そう付け足したロアンに、少し笑って頷いた。 「気にしてくれてありがとう」  離れた先にあった樽を掴んで、ロアンに渡す。 「体冷えるだろうから、一杯ずつ回しといて。そんなにたくさんはないから、一杯ずつな」 「やりぃ」  軽い足取りで駆け戻るロアンを見送り、それから天を仰ぐ。  結界を取り払った空は、真上に少しだけ星が顔を覗かせていた。  それ以外は雲に覆われ、月の明かりは雲の向こうからぼんやりと空を包んでいた。 「いちゃつくってなんだよ。……俺が抱き枕にしてただけじゃん」  言ってみてから、なんとなくその方がなお悪い気がして、  ――ローグに申し訳ない気持ちになった。  あの人だって、何も感じないわけじゃないのに。  

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