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第12話 小狼

 他の騎士たちより少しゆっくり起き出してきたローグは、さっと食事を済ませて装備を整えた。  騎士たちと軽く打ち合わせてからノアに向き直り、拠点に魔獣が現れた時の注意点を伝えていった。 「騎士は何人か残るから大丈夫だよ」 「うん。……大丈夫」  ルガークの言葉に頷いて返す。  深夜番だったルガークともう一人が拠点に残り、ノアはその二人の天幕の近くで作業することになった。  ホーリークローブの枝は、ノアの近く、赤く息づく熾火の上に置かれていた。  ときおり灰を払ってやると、くすぶるように煙が立ち、独特のスパイシーな匂いが辺りに広がる。  その匂いを絶やさないことも、今日のノアの役目だった。 「なんかあったらすぐ起こせよ。ここ開けとくから」  騎士がそう言って天幕に入るので、少し心配になって声をかけた。   「煙いですよ」 「いつものことだよ、気にすんな」  ルガークが騎士の言葉を引き取って答え、天幕の中で寝床に転がった。  ロアンと二人分の寝床には丸まった衣類が脱ぎ捨てられており、ノアはため息をついた。  もうしばらく洗濯はできそうにない。  ふと、聞きなれない音が聞こえてノアは顔を上げた。  辺りの様子を伺い、クローブの匂いを確認する。  煙は十分だったが、念のため灰を払って枝を追加し、軽く息を吹きかけた。 「!」  拠点から見える木々の切れ目、少し段を下がったところで何かが視界をかすめた。  じっと息を潜めて目を凝らす。  ――鹿だ。  木々の切れ目のこちら、やや開けたところに、鹿がいた。  鹿はこ(・)ち(・)ら(・)に(・)背(・)を(・)向(・)け(・)て(・)、森を見てじっとしていた。  その向こうにいる存在を想像して、ノアは小さく唾を飲み込んだ。 「……ルガーク」  小さく、名を呼ぶ。  遠目に、鹿はまだじっとしていた。  足元の石を拾って、天幕の中に放り込む。  ルガークは頭を起こしてこちらを見た。 「――――」  指先を立てて唇の前に立て、それから鹿の方を指さしてみせる。  ルガークが、天幕から這い出て、そちらに目を凝らした。  鹿の耳がぴくりと動き、そのタイミングでルガークがもう一人の騎士を呼んだ。  手振りで熾火を示され、ホーリークローブの枝を放り入れる仕草をすると、ルガークに小さく頷かれる。  そうっと枝をつかみ、熾火にくべた。  ぱち。  先にくべていた枝が音を立て、その瞬間に鹿が地面を蹴った。  ノアは熾火を手で仰いで火を立たせ、ルガークと騎士はさっと立ち上がった。  鹿を追って森の奥から飛び出してきたのは、二頭の、薄い灰色の毛並みをした狼だった。 「――子供だ」  ルガークの低く抑えた声に、騎士が被せる。 「母親もいるはずだ。」  火は枯れ枝に移り、あたりにはスパイシーなにおいが立ち込めていた。  だが、森からまろびでた小狼たちは、逃げた鹿の方に顔を向けたあと、ぴったりとノアに目線を合わせた。 「ノア、動くなよ」  小狼に見つめられて動けずにいると、ルガークが小声で言い、視界の端で何か合図をした。  ふいと、背中を風が押した。 「じっとしてろ。あいつらが何しても、動くなよ」  背中を一筋、汗が伝った。  小狼の片割れが、前足を、半歩後ろに下げた。  駆け出す合図だ。  心臓が、喉からはみ出しそうに跳ね、足元で小石のなる音がして。    ――ぎゃうん。……きゅわん。  思いがけずかわいい鳴き声と共に、小狼たちが森の方へと後ずさった。 「まだだ」  ルガークの声に、意識を取り戻した。  ノアの背を、先ほどよりも足取りの軽い風がなでる。  少ししてから、小狼たちがまた一声鳴いて、森の方へと鼻先を向けた。  ぱち。  再び枯れ枝が音を立てて、今度こそ狼たちは森の中へと走り去っていった。 「もう大丈夫」  ルガークの声と共に、軽く肩を叩かれて、ノアは地面に尻をつけた。 「……腰抜けた」 「ふは、そりゃそうだ。よくやったよお前」  ルガークに起こされた騎士もやってきて、ノアの後ろに立った。 「疲れたろ、もたれていいぞー」  頭上から柔らかな風が吹き降りてきて、先ほどの風が、この騎士の仕業だと知れた。 「……だいじょうぶです」  脇の下を流れる汗が、冷たかった。 「こっちまで来てたのか」  夕刻、デルタが少し驚いた顔をしてルガークからの報告を受けていた。  ローグともう一名は、まだ森の中だった。 「そこの小さいの、結構肝座ってますよ。俺は慌てて逃げる方に賭けてたんだけどなぁ」 「俺の勝ちでしょ」  ルガークと騎士のやり取りに、賭けの対象にされていたと知った。 「ルガーク、俺に賭けてくれたの」 「そりゃ先に取られたら、大穴行くしかないじゃん」 「……なんでだよ!」  周りの騎士たちにも笑われて、少しだけノアはむくれた。 「騎士でも、なりたての若造だと大騒ぎして逃げ出すとこだぜ。あんた本当案外肝が据わってるよ」  別の騎士から言われて、それでも別に嬉しくはなかった。 「いやそりゃ、入団して十年経ってそんなだったらヤバいでしょ」 「「えっ」」 「え?」 「ノア、何歳?」  恐る恐る聞かれて、答える。 「二十三」 「……年上!?」  若く見えるのは、知っている。別に嬉しくはなかった。

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