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第17話 祈り
「なん……、だよ、それ」
自分も知らないところで、知らないうちに、自分の心が名前を持ったようで、小さく息を飲み込んだ。
「ローグさんに、早く寝ろって言われて、歯を食いしばったり。
知らないところで自分を守るためにマーキングされて、呆然としてたり。」
口を開いて、何も言えなくて、また閉じる。
トッドの短い髪の毛が、拠点の揺れる灯りを受けて俯いた。
「あったかい飲み物飲んで、ほっとしてローグさん眺めてたり、
あの人が笑ったら、ずっと眩しそうに見つめてる」
「やめろよ」
そんなことしていない。
そう言えなくて、トッドの言葉を遮った。
「俺は気持ち悪い奴だから、気になる子がいたらずっと目を離せないんだ」
小さく笑ったトッドは、なぜだか憎めない顔をしていた。
「……気持ち悪くないだろ」
少なくとも、今は。
ノアの言葉に、今度こそちゃんと笑ったトッドは、首の後ろをかいてしゃがみ込んだ。
「もしノアがつらかったらさ。その、ローグさんとは何もないなら、俺んとこで眠ってくれていいよ。
――何にもしない。なんなら外にいるから」
少し早口で言い切って、トッドは黙り込んだ。
つんつんとはねるトッドの髪の毛が、少し震えていて、
――トッドも、怖かったりするんだな。
そう感じた。
「俺、……ローグさんの、寝床を奪いたくないんだ」
少しだけ、鼻の頭に熱が集まって、空を見上げた。
「それだけなんだ、ほんとに」
空は晴れていて、揺れる星たちがノアを見ていた。
――俺のところに来ていいなら、ここで待っていて。
トッドはそう言って、森に入っていった。
どうしようもなくて、耳の下、お守りのところに触れる。
さっさと、この場を離れるべきだ。
頭では、そうわかっていた。
ちゃんとローグと向き合って、寝床で寝て欲しいと、
そう、言うべきだとわかっていた。
自分と、眠って欲しいと。
――そんなこと、言えるわけがない。
小石を踏む音が、近づいてきた。
「……ノア」
頭を振る。
「ローグさんのとこ、戻る?」
頷けなくて、頭を振った。
「……倉庫で寝るよ。心配してくれてありがとう、トッド」
小石たちの笑い声が近づいてくる。
「ノア、そんなところで寝かせられないよ。いつ、誰がくるかわからない」
意気地のないノアを笑って、小石たちが音を立てていた。
「せめて、俺のとこで寝て」
本当に外に行こうとするトッドを押しとどめて、なんとか天幕に入れた。
トッドは寝床から毛皮を一枚剥いで身にまとい、天幕の隅で小さくなった。
「お前が寝床を使うべきだろ……」
「ノアの寝相の悪さは、噂が広まってるから、無理。」
「はあ?!」
トッドは毛皮にくるまったまま、ノアとは違う方を向いて言った。
「ローグさんにくっついて、絡まって寝てたの、見られてるよ。あったかいところに余さずくっついてたって」
「あまさず……」
呆然とノアが言うと、トッドはますます小さくなって完全に天幕の壁布に向き直った。
「俺はローグさんみたいに大人じゃないから、そんなノアに何もしないでいられないから。それはダメ。
ノアははじめからあったかいとこで寝ないと、危険だから」
そこにいて。トッドにそう言い切られて、ノアは口をつぐんだ。
ことごとく、自分が迷惑をかける存在のようで、何も言えなかった。
こんな身の置き場のなさは、前にも味わったことがある。
「……俺さ」
毛皮をかぶって、天井を眺めながらつぶやく。
トッドが聞いていなくても構わなかった。
「うん」
返事があって、少し言葉を止める。
唇を噛んで、もう一度口を開いた。
「十三の頃に、騎士見習いとして入団したんだ」
「え、そうなの?早くない?」
早かった。他の子供達より、少しだけ早く社会に出る必要があった。
「親父がその頃に死んで、母親が別の人と結婚したんだ」
その時、母親はまだ三十に届かない頃だったと思う。
子供心にも、綺麗な人だった。
「俺は、ついていってもよかったみたいだけど、……なんか親父がかわいそうで」
トッドが少し身じろぎをした。
「親父さん、どんな人だったの?」
目を閉じる。
体が大きくて、普段は静かだけれども、時々朗らかに笑う。
「騎士だった」
この話を、あまり他の人にはしたことがない。
ノアは結局体が小さくて、騎士には向かないとわかり、成人する頃には兵站部へと回された。
かろうじて使えた収納魔法も、その頃は馬に積みきれる程度の収納量しかなく、兵站部隊の一員としては到底戦力になるとは言えなかった。
このノアの、父親が騎士だったとは誰も思うまい。
「親父さんの背中を追いかけたかったんだ?」
「……どうかな。もうわかんないや」
ただ――。
「今は、親父みたいに早くに亡くなる騎士が、いなくなるといいなと思ってる」
父は、遠征中の栄養状態の悪さが原因で体を壊したと聞いた。
体の大きかった父が、最後には細くなり、やつれて死んでいった。
あんな風に愛する人を亡くす、母のような人も、いなくなるといい。
「……そっか」
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