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第19話 日差し
「ノア、なんか目赤くねえ?」
ローグを天幕に見送った後、ノアはいつも通りに朝の準備を始めた。
起き出した騎士たちの天幕を回り、虫除けの薬を放り込んでいった。
順に寝床の毛皮を外に吊るしていると、ノアの目の前にしゃがみ込んだルガークがそう言った。
ルガークは、ノアが持ってきた桶の中にロアンと自分の分の洗い物を入れており、ロアンが外し忘れたベルトを抜いていた。
「そう?煙かな」
天幕の中では、深夜番明けのロアンが眠っており、二人は声を潜めていた。
温かい日差しに背中をなでられ、ふいにあくびが出る。
「寝不足?ロアンのとこ転がってけば。まだ干してないから臭そうだけど」
「……いいよ……」
色々と、やめておいた方がいいな、と思うくらいには頭は働いていた。
毛皮をはたくふりで、頭を下げる。
「ローグさんのはもう干したん?ふっかふかにしときなよ」
ため息を飲み込んでから、毛皮をなでる。
ふかふかにしても、意味なんてない。
「ルガーク、やめとけよ」
天幕の中からロアンの声がして、二人が何か話をしていた。
耳に入れないようにして、毛皮の手触りを確認する。
毛の中に指を差し入れて、柔らかく揉む。
温まってきた毛は、優しくノアの指を包み込んで起き上がった。
「あっちいくね」
毛皮のこちらから二人に声をかけて、次の天幕に向かう。
まだ、やるべきことはたくさんあった。
「さんきゅ。洗い物手伝うから、集め終わったら川に持ってきてな」
ルガークに頷いて、軽く手を上げた。
日のあるうちに、全てやり切っておきたかった。
次々と毛皮を干し、それから少し離れたローグの天幕に向かう。
天幕の前に、水の張られた桶と、布が置いてあった。
ノアがいつも、寝る前に足を拭くために使っているもの。
それを目にしながら、そっと垂れ幕を上げた。
入ってすぐのところに、綺麗に揃えられた、いつものノアの着替え。
ノアは、どちらも用意した覚えはなかった。
ローグだった。
ノアの背中を、温かい日差しがなでていた。
日のあるうちに衣類も干すことができて、起き出してきたロアンの毛皮は午後の日差しの強さを気にしながら手入れした。
一日中日差しの中で動き回り、ノアの頭の中はどんどん空っぽになっていった。
「ノア、少し休めよ」
ぐいと肩を掴まれて、水の入ったコップを差し出された。
「ありがとう」
「唇カッサカサだぞ。水飲んで木陰いってろよ」
ロアンに顔をのぞき込まれて、半歩後ずさる。
「まだ、日のあるうちにやっときたいことあるから」
そう言って、コップを受け取り、口をつける。
冷えた水が、喉を通って腹に落ちていった。
「じゃあ代わるよ。どうせノアがいなきゃ俺らは自分で全部やってたんだから。一人で全部やんなくていいんだぜ」
手にしていた油差しを取り上げられ、以前の雨の時に張ったタープの下へと追いやられる。
「影の下にはいとくから、俺もやるよ」
背中を押されるのに少し抵抗しながら言うと、ロアンが少し近づいて低い声で言った。
「お前どうせ昨日寝れてないだろ。トッドもくたびれてた。いいから寝とけ」
「なに……」
「拠点の外から見ると、誰が何やってるかって割と見えるんだよ。気をつけな」
押されるまま日陰に入り、振り返るのが怖かった。
「別に俺は変な勘ぐりしてないよ。トッドだって、こんなノアに、なんかするやつじゃない……よな?」
ロアンの言葉に、耳の奥が痛くなった。
唇を舐めて、なんとか口を開く。
「なんにもない。」
ノアの近くに、馬の気配が近づいた。
「じゃあ胸張っとけよ。でも、隙があったら勘ぐられる。少し休んで、夕方にはいつも通りになっときな」
背中を、馬の鼻先で押された。
「……うん」
寄り添うように体を擦り付けてきた馬の、大きな体に頬をつける。
ノアがじっとしている間、馬も、じっとしていた。
ふと気づくと、タープの先をくくりつけた木にもたれていた。
影が動いて、傾きかけた日差しがノアの目を刺した。
うつらうつらとしながら、考えていたことを思い出す。
ここにいるのも、あと五日。
ここを離れたら、ノアはまたいつもの兵站部の業務に戻り、こうして警戒拠点に足を踏み入れるようなことはない。
変に勘ぐられようが、帰れと言われようが。
今だけだ。
それで、あの顔も知らない人と、もしかしたら顔も知らないまま番いになって、自分の役割を果たせるようになる。
やることを、やるだけだ。
腰を上げて、大きく伸びをする。
ノアが立ち上がったのに気づいたロアンが、へそ見えてんぞ!と声をかけてきた。
少し、笑うことができた。
「ほっとけ!」
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