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第20話 あわだつ

 前の晩に刻んで干しておいた野草を使い、干した川魚を煮込む。 「ようノア、今日は魚かよ」  騎士の一人に声をかけられて、眉毛を上げる。 「好き嫌いしないで食べてくださいね。肌荒れしてますよ」 「別に肌荒れくらいいいだろ。荒れてない方が触り心地はいいか、なあ?」  そりゃそうだ。周りの騎士たちがそう言って笑うので、ノアも小さく笑った。  肌だって立派に体の一部だ。なめてかかると痛い目を見る。  干しておいた芋も放り込んで遠火に置いてから、煮潰した木の実とチーズを器にとりわけた。  以前干しておいたパンも取り分けて、火の周りにたむろしていた騎士に手渡した。 「なんだ?ちょっとしたご馳走じゃねえか」 「そうですか?」  さほど大したものを出した気はしていなかったのだが、手渡された騎士がそれらを示して「いいつまみだ」と、カップを手に持つ仕草をした。 「俺らがやるよりずっとうまそうに見えるからな、飲みたくなるぜ」 「どうせ俺は下手くそですよ」  ノアがいなければ食事係りをすることが多いと言うロアンが、ノアの後ろから声を上げた。  しゃがみ込んで、瓶を取り出そうとしていた手を止めて、ロアンを見上げる。 「ノアのせいで、次から大変そうだなあ」  ノアの顔を見て、肩をすくめたロアンがそんなことをぼやくので、少し心配になってロアンに尋ねた。 「うそ、俺やりすぎてる?」 「ううん?兵站の人が来て飯が不味かったら詐欺だろ。でもたまに詐欺もあるから」  そう言ってロアンがイタズラっぽく笑ったので、ノアも少し笑い返した。  少し安心して、取り出そうとした瓶を体の影からロアンに見せる。 「……じゃあさ、これ出してもいいかな」  一歩近づいたロアンが、ノアの手もとをのぞき込んだ。 「なにこれ?」  少しだけ瓶の蓋をあける。  酸っぱいような、甘い匂いがふんわりとたちのぼり、ノアの鼻先をなでた。 「こないだリンドベリーたくさん摘んだから、発酵させといたんだけど……」 「え、いる!いるいる!」  ロアンの声に、少し遠くにいた騎士たちも振り返ってこちらを見た。 「チーズに木の実にベリーの酒だって。ここどこだよ!すげえな!」  喜ぶ声に、ノアも嬉しくなった。 「そんなにはないからね」  ベリーの酒は、そんなに日持ちしない。  あまり置きすぎると酸っぱくなりすぎてしまうから。  ふつふつと泡を立てる、薄く濁った紅色の果汁を、水とほんの少しの蒸留酒で割る。  ノアなら水で割るだけで充分だけど、それだと騎士たちにはジュースにしかならないだろうから。  ローグが、拠点の外から帰ってきた。  いつもより少し賑やかに火を囲む騎士たちを見て、訝しげな顔をする。  そんなローグを、騎士たちは火のそばに座らせ、酒を注いでやる。  ちらりとローグがこちらを見たのがわかったが、ノアは魚の煮え具合を確認するのに徹していた。  多少の酒を出すことは禁じられてはいない。  たまには息抜きも必要だし、過ごすほどの酒量にもならない。  鍋の中身をゆっくりとかき混ぜて、頃合いとみてノアは鍋の中身を器によそっていった。  賑やかに食事が終わり、少しだけ残ったチーズをかじる者、寝支度をする者がいる中、ノアは食器を片付けていた。  全部洗うのは明日でいいけれど、魚の脂は匂いが残るので、今夜中にすすいで、水を替えておきたかった。 「ノア、手伝う?」  後ろから、トッドの控えめな声。  前も同じことがあった。  トッドはその時よりずっと遠いところから、控えめに声をかけてきた。  振り返って笑う。 「平気だよ、これくらい」  はじめから、こういう距離感なら良かったのにな。  そう思って、少しだけ笑った。  水を流して、川から汲み直してくると、火の周りにはもうほとんど人がいなかった。  リンドベリーの酒はそれほど強くないけれど、甘みがあるから少しだけ回りやすい。  その分早く酔いも覚めるから、体を温めて寝たい夜にもぴったりだった。  火の前で手を擦り合わせ、それからちょっとローグの天幕を見やる。  今日は、ローグはもう天幕にいるだろうか。  眠ってくれていたらいいのに。  ノアが張ったタープが、ローグの天幕を覆い隠していて、そこに人がいるのかどうかはわからなかった。 「なあ、あんた」  ノアの他に一人だけ、火のそばに残っていた騎士がノアに声をかけた。 「はい」  ノアと同じように、火の前にしゃがみ込んて、ノアの顔をのぞき込んだ。  低く押し込めた声で、騎士が言う。 「あんた昨日トッドと寝たんだろ?なあ、今日は俺んとここいよ」  一気に。  全身の血の気が引いた。  川の冷たい水を頭からかぶせられたように、喉の奥までが縮こまった。 「……は」  目の前の男が、何を言っているのかわからなかった。  いや、わかりたくなかった。 「ローグはもうやめたんだろ。じゃあ俺にもチャンスがあってもいいだろ。トッドよりよくしてやれるよ」  騎士から遠ざかるように体をよじると、足がついていかなくて尻もちをついた。  そのまま尻で後ずさろうとすると、身を乗り出した男がノアに近寄った。 「逃げんなって。いきなり全部やらせろってわけじゃねえよ」  伸びてきた手を振り払おうとして、別の手に取られた。   「何してる。命令忘れたか」    ノアと男を見下ろすように、ローグが立っていた。

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