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第22話 朝
「――もう少し、静かにしてろ。そこにいる」
何も答えられないノアを置いて、ローグが足元をもぞもぞと動かした。
ノアの膝下を、ローグの脛がなでる。
どこが触れ合っても、身体中を震えが走っていく。
目を開けていられなくて、きゅっと目をつむる。
もう一度、ローグの脛に足先をなでられて、首をすくめた。
「脱げ」
言われた言葉に、思わず目を見開く。
ノアの目を見下ろしたローグが、目線で下をさした。
「靴、脱いどけ」
あわてて足をこすり合わせて、靴を脱ぎ去る。
ふくらはぎが入り口の柱にあたり、ひんやりした空気が足先をなでた。
足が外に出ていたことを知り、思わずローグの足にすり寄ると、足を引っ込めるよう顎で示された。
ノアの足を追いかけるように、ローグの足も天幕に入ってきた。
そのまま、唇の上に親指を乗せられて、耳の下までを掴まれる。
ローグの口が大きく開いて、反対側の首すじに柔らかく噛みつかれた。
「――――っぁ、ん……ぅあ!」
舌でこじられるように首すじを押し込まれ、薄くあいた口の隙間から悲鳴が飛び出した直後、ノアの体は横向けに転がされた。
ノアの背中側にローグが転がる。
「寝ろ」
端的な命令に、さっきまで背中に縋っていた指先が、急に冷えた。
これは、――茶番だ。
頭の上から、ふかふかになった毛皮がかぶせられて、ノアは両手でそれを顔の上にかき寄せて、丸くなった。
ローグのために手入れした毛皮だった。
どんなに心が震えていても。
前の日の寝不足もあってか、ノアはあっという間に眠ってしまったらしい。
毛皮に頭をうずめたまま、もう一枚体にかぶせられて、ノアはすっかり眠っていた。
「おい、起きろ」
肩をゆすられて、意識を取り戻す。
あたりはいつも通り薄明るくなっていて、ノアの背中はぽかぽかしていた。
「朝の支度してこい。隙のねえようにしろ」
「……隙ですか」
ローグの目線が、ノアの頭上に向かう。
「顔洗って、体拭いて、寝癖直して、服きっちりしとけ」
そう言うと、ローグはさっさと天幕を出ていった。
半分だけ上がった垂れ布のそばには、透き通った水の入った桶が、薄紫の空を映して揺れていた。
言われた通りに身支度を整えてから天幕を出ると、ローグとトッドが火の前に座っていた。
その側にデルタ。
よく見れば装備が十分で、今すぐにでも拠点を出るように見えた。
「もう出ますか、腹ごしらえは」
「持ち歩けるもんあれば出してくれ。トッド、ロアン起こしてこい」
言われて、急いで携帯食を取り出す。
デルタに向かって手渡そうとすると、あごでローグを示された。
「……ローグさん」
「ん」
軽く頷いたローグが出した手のひらに、携帯食を差し出す。
三つに分けたそれを一つ取り、ローグは腰につけた袋に放り込んだ。
デルタもそこから一つとり、ノアの手元にはトッドの分が残された。
「早いですね。状況確認ですか?」
駆け寄ってきたロアンが言うと、ローグが顔を上げて軽く頷いた。
「アルファ争いに加わりそうな個体数と、今のアルファの統制具合の最終確認だ。今夜は遅くなる。深夜番は枝焚いて拠点にいさせろ」
「二名ともですね」
頷いたローグに、ロアンが了解の返事をした。
「おい、今夜は酒は出すな。明後日の満月を境にここは警戒期間を終える。そこまで温存だ」
ノアに向かってローグが言うのに、頷いて返す。
それから、ロアンがローグと細かい打ち合わせを始めたので、ノアは携帯食を持ってトッドに近づいた。
「おはよう」
「おはよう、ノア。……昨日は、寝られた?」
小さく頷いて、携帯食を手渡す。
それ以上何か言うことはできなくて、ノアはその場を離れた。
着々と撤退の日は近づいていて、ノアは倉庫の整備を進めるべきだった。
出し惜しみする意味のないホーリークローブはありったけを取り出して三つに分け、その一山を今日の分にと持ち出した。
この匂いを嗅ぐと肉の食いたくなる男たちのために、干し肉と塩漬け肉の状態を確認し、今日の分を水に浸けた。
燻すと嫌がられるタイムの枝は、森から集めて虫の発生に備えてあったが、薬の量が十分だったので、拠点の端に避けて重ねておいた。
馬たちの元へ向かう三人の姿を見送って、空を眺めた。
薄く朝靄のかかる森を、少し冷たい風が吹き抜けて、そろそろ秋が来ることを知らせていた。
撤退まで、あと四日。
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