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第23話 しるべ

 ローグ達が出発した後、昨夜の騎士はノアのことを遠巻きにして、近づいてこなかった。  そのことに少しほっとして、ノアは拠点の整理を続けた。    日中にするべきことを終え、少し考えてから、ローグの天幕の前に張ったタープの位置を少しだけあげた。  火の番から、天幕の出入り口が少しだけ見えるように。  本当なら、外してしまった方が安全だとわかっていた。  でも、ノアには外してしまえなかった。  ローグのあの言葉が本心じゃないことくらい、わかっていたけれど。 「ノアってさ、ずっと兵站部隊にいるの?結構前線に慣れてるよね」  その日の夕方。翌日翌々日をまたホーリークローブを焚いて回るという騎士達のために、早めの夕食を摂らせて休ませた後。  深夜番を引き受けたロアンとルガークは、いつかの通りに小枝を絶えず火にくべながら、のんびりと過ごしていた。  ノアは、遅くに帰ってくる三人のために、煮崩れにくい芋と肉などで汁物を用意しており、時々二人と言葉を交わしていた。 「……元々は騎士見習いだったよ。でも、ほとんど従卒みたいなことさせてもらってたかな」 「えっ、そうなん?」  頷いて返す。  兵站部に移ったのは十八になる少し前。  そのまま騎士見習いとして残されることなく、後方支援の部隊に移された時。  あまりの悔しさに、周りのことなんてよく見えていなかった。    あの頃にも番いの打診があったけれど、お前は戦えない人間だと突きつけられた後、女のように抱かれて、騎士の魔力の器になれと言われて、到底受け入れられなかった。 「俺こんなんだから、騎士には向いてなくてさ」  刻んだ果物も汁の中に入れて味を整える。  はじめてノアのことを導いてくれた騎士はかなり物好きな食通で、ノアにとって森や川は食糧の宝庫となった。  見習いの五年ほどが、兵站のノアに少し価値を与えていると、今では思えている。 「味見してくれる?」 「やった!」  だから、五年経ってまた打診された番いの話は断らなかったし、もう断るつもりもなかった。  ローグには、感謝するべきなんだ。  ああして守ってくれるから、こうしてまだ、番うために自分を保てている。  二人に汁物をとり分けて、味を見てもらった。 「やっぱり、ノアには毎年来て欲しいなー」 「ええ?」  ロアンがしみじみと言うのに聞き返すと、ルガークが深く頷いて返す。 「ロアンじゃこんな味は出せない。って言うかこれ旨くない?ずるくない?」  もっと!と言う二人から汁物を守って火の番に戻し、食器を片付ける。 「騎士には向いてなかったのかもしれないけど、ノアは今の仕事向いてるよね。拠点の手入れしてる時楽しそうだし、酒出してきた時のノアの顔なんて」  そこまで言って、ロアンが月を見上げた。 「なんだよ」 「めっちゃいい顔してた。とっておきの顔」  そうかな。  思わず黙り込んで、足元の桶に器を浸けた。  月の明かりは白く、ノアの指先はほの赤く染まっていた。  放っておくと若者二人がローグ達の夕飯を奪ってしまいかねなかったので、ノアも火の近くで三人の帰りを待っていた。  ロアンとルガークは時々思い出したように、燻りながら煙を出すホーリークローブを持って拠点の外へと向かい、煙の届く範囲を広げていた。 「風魔法のさ」  火の中をかき混ぜるロアンに話しかける。 「うん?」  以前小狼が拠点の近くに現れた時、森に向かって煙を押したのは、風魔法だったと思う。 「こないだ、風魔法で匂いをあっちに送ってただろ」 「ああ、やってたね」  へし折った枝を火の中に放り込む。  ロアンがそれを炭の上に整えた。 「ああいうのって、ロアンもできるの?」 「ううん、俺無理。俺風は使えないもん。ちょっと土が使えるから、拠点の整備が楽なくらい」  その言い方が軽くて、少しノアが笑うと、ロアンは少しだけむくれた。 「どうせ俺は大したことできないよ。体も別に大きくないしさ」 「……ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけど。土が使えるなら、足場を荒らして標的を動きにくくするとか、そんなこともできる?」  かがめていた体を起こして、それから少しだけロアンが頷いた。 「ちゃんと鍛錬したらね」  ロアンが目線で指したところ、地面が小さく抉れて周りが盛り上がった。 「えっ、すご」  チラとロアンがノアを見て、ため息をついてから土を元に戻す。 「すごくないよ。これ、標的も引っかかるけど仲間も引っかかるから」 「…………あっ!」  何人もの騎士達が標的を取り囲み、急に足元に空いた穴に足を取られる様子を想像したら、ロアンの憮然とした顔が目に映った。 「な」 「……いや」  でも。  今日の朝、ローグが直接指示を伝えたのはロアンだった。  もっとベテランの騎士もいる中、ローグはあえてロアンを選んでいた。  少し首を傾げて、ロアンに尋ねる。 「でもさ。……今日、ローグさんはロアンを呼んで今日の指示と予定を託したろ。  それって、ロアンがローグさんにも、他の騎士たちからも信頼されてるからってことなんじゃないの?」 「……あー……」  少し目を見張ったロアンと目が合う。  少しだけ、微笑んでみた。 「自信持ちなよ。――きっと、頼りにされてるんだよ。」  ホーリークローブの枝がぱちぱち音を立てて、ロアンの頬を照らしていた。  

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