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第24話 におい

「――――ウェッジの統率はまだ生きて――」 「――毛並みが――――来年……」  話し声に、ぼんやりと世界が晴れていく。  寄りかかった支えはゴツゴツして、少し寝にくかった。 「アンヴィはやはりアルファについていくだろうな」  すぐそこでそんな声が聞こえて、ノアの意識が完全に戻った。  顔を上げようとしたところで、大きな手に頭を押さえられて、動けなくなる。 「あれを狙う狼も厄介だぞ。手に入れれば群れを作れるなら必死だ」  デルタの言葉に、ノアを押える手が笑った。 「ウェッジが死んでも、アンヴィが別の狼になびくわけねえけどな」  ローグの向こう側で、誰かが立ち上がる気配があり、足音が遠ざかっていく。  ノアの近くでも誰かの動く気配があり、デルタの声がした。 「俺も小便」 「おう」  ローグとの短いやり取りの後で足音が遠ざかると、ノアの頭が解放された。 「……こんなとこで寝てんじゃねえよ」  首を上げると、ロアンとルガークはいつの間にかいなくなっており、ローグとノアだけが火の前に座っていた。 「……おかえりなさい」  そう言ってローグを見上げると、目を見開いたローグの顔がすぐそこにあった。  ローグにもたれて寝ていたと気づき、あわてて体を起こす。  ローグは、顔を火の方に向けて返した。   「……ああ」  ノアも火の方を見る。  遠火にかけていた汁物の鍋が空になっており、すでに食事も終えたのだと気づいた。 「すみません、すぐ片付けます」  立ちあがろうとしたのを、ローグが腕を掴んで止め、ため息をついた。 「何時だと思ってる。もう寝てこい。朝でいい」  低く押さえた声に、すでに寝ている者たちへの配慮を感じとり、少し気まずくなった。 「……すみません」  それでも。  ノアが先に寝床に入れば、またローグは寝床に入らないで休むはずだ。  寝てこい、そう言われても腰を上げられないでいると、足音が近づいてきた。 「あんたが寝床に入らないのが嫌だって、ノアが言ってましたよ」  前からかけられた言葉に、びっくりして顔を上げる。  ノアの心境をバラしたトッドは、何食わぬ顔で飲み水の瓶から水を汲み、すべて飲み干した。  コップを置き、寝ます。そう一言置いてから天幕の群れの方へ去っていった。 「……俺らも寝るぞ」  腰を上げたローグの方を見られなくて木箱に座ったままでいると、つんつんと髪の毛を引っ張られた。 「寝るぞ」 「……はい」  月はずいぶんと傾いており、夜明けまであと数時間になっていると知れた。 「朝は寝てていい。準備済んでるんだろう」  靴を脱ぎながらローグが言い、ノアは靴紐をほどきながら明日の準備を思い返していた。 「ロアンから聞いている。支度済ませてやることなくなって寝落ちしたらしいな」  くくっとローグの喉の奥が鳴り、思わず上げたノアの目線が、ローグの柔らかい顔を捉えた。 「……あそこにいないと、ローグさんたちのお夕飯が狙われていたので」  桶に布を突っ込んで湿らせ、ローグが自分の足を拭く。 「ああ……。うまかったな」  ノアの言い訳を、そんなふうに肯定するなんて、ずるい。  言葉を返せないでいると、ローグがノアにも桶を差し出してきた。  受け取って、足を拭う。  桶に布を戻すと、ローグがタープを眺めていた。  そのまま何も言わず天幕に入り、装備を外していく。  ローグの背中がノアに声をかけた。 「入って、そこ閉めとけ」 「はい」  腰をかがめて天幕に入り、言われた通りに垂れ布を下まで下ろした。  今日はホーリークローブをたくさん焚いた。  煙たくなった上衣を脱いで、それから少し這って寝床の頭のほうに置いてあった着替えに手を伸ばす。  チラとローグの方を見て、目が合った。  ぱっと着替えを手にして元の場所に戻り、羽織を頭からかぶる。  ローグの方から、ベルトを抜く金属の小さな音がした。  思わず背筋が伸びて腹の底に力が入り、昨日噛みつかれたところに手が伸びた。  そのことに気づいて手を下ろし、下唇を噛む。    少しもたつきながら腰履きに履き替え、天幕の奥を見られないまま、脱いだ服を畳んだ。 「済んだか」  ローグの声に、振り向かずに答える。 「はい」  背後でローグが動く気配がして、少しだけ、肩に力が入った。 「……こっち向け」  膝に置いた服の上で、一度手のひらを握りしめる。  それから、服を下ろしてローグに向き直った。  ローグは上の服だけをゆったりした羽織に替えており、首元から鎖骨と首の筋がきれいに伸びていた。  その、ローグの体が前屈みになり、ノアのすぐ隣にローグの手が置かれた。  首元から厚い胸板がのぞき、思わず目を伏せた。 「つけるぞ」  耳元でささやかれた低い声が、ノアの心臓を掴み上げ、ノアは自ら頭を傾けて首筋をさらした。  ローグの吐息が首すじにかかって、ノアは小さく息をつめる。  ローグの匂いがノアを包み込み、体から力が抜けてしまいそうだった。  唇がそこに吸い付き、強く吸い上げられる。  いつもの、びりびりとした痺れが首すじを伝い、それを逃したくてあごを仰け反らせた。 「――――っぁ」  思わず吐息のこぼれた口を両手でふさいだ。  背中と腰の震えを押し殺して、それでも、目を閉じられないでいた。  ほんの、数秒。  それでローグはノアから離れ、寝ろ。と低く呟いた。  お守りの場所が、熱く脈打っていた。

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