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第26話 気高さ
人の気配に目を覚ますと、ローグがノアの後ろに転がり直したところだった。
外は白み、朝の顔が見えかけていた。
「……寝てろ。起こすなっつってきた」
毛皮からはみ出していた足を引っ込めると、ローグの足に爪先が触れた。
冷えたところに体温が染みて、じわじわとした痺れがノアの爪先を覆った。
その痺れをぼんやりと味わっていると、ローグの足が動いて、その両足がノアのつま先を挟みこんだ。
鼓動が跳ねて、眠気が吹っ飛んだ。
「なんで寝てて冷えんだよ」
少し眠そうな声でローグが言い、少しふくらはぎでこすり合わされた。
……なんでこの人は、こんなに温かいんだろう。
そのままでいたくて、ノアは眠りに落ちたふりをした。
あと三日。
ここにいる間は、自分を許してやろう。
ここを出たら忘れるから。
それから、連日騎士たちは森の中をマーキングして周り、ノアは粛々と拠点を整えた。
ローグはもう寝床に頭を預けただけで眠るようなことはなかったし、ノアはローグを体の下に敷いてしまうこともなかった。と、思う。
今夜は満月。
警戒期間が終わり、撤退まであと一日を残していた。
この二日間たっぷりのスパイスの香りの中で森を駆け回ってきた騎士たちに、塩漬けの肉をスパイスで揉み込んで焼いてやると、全員晴々とした顔で食らいついた。
ローグの指示通り温存していた酒を出してやり、ノアは盛り上がる騎士たちを遠巻きに眺めていた。
「聞いた?明日にはディッカーが来るって」
盛り上がる騎士たちの輪の中を抜けてロアンがやってきた。
ロアンは川の近くで本隊と連絡を取り合う役目を担っており、今日も一日川と拠点のあたりにとどまっていた。
「さっき聞いたよ。明日撤退になるの?」
ロアンが首を振って応える。
「明日の夕方から夜くらいに着くみたい。状況確認して、明後日撤退じゃないかな」
明日、ディッカー達は川向こうで夜を越すのだろう。
予定通りか。
そう思って、胸をなで下ろした。
「まだ倉庫の整理終わってなかったから、実はちょっと焦ってた」
ロアンと笑い合い、うながされて火の近くに寄る。
騎士たちは、もう次のシーズンのことを話し合っていた。
「また、先にオメガから仕留めるだろ?そこに四人……はいるとして、はぐれの対処も考えると十四人くらいは必要になるな」
デルタが言い、ローグが頷いた。
「今回のアルファ争いは激しくなりそうだな。勝手に狼同士で争って死ぬ奴らからの回収も考えると、十四で足りるかどうか」
来年のこの分隊の規模について話をしているらしい。
「オメガから仕留めるって、なんの話?」
隣に座るロアンにこっそり尋ねると、ロアンと反対側に座ったルガークが答えた。
「来シーズンのアルファの交代時期の話だよ。アルファは老いてくると群れを追い出される。
それにオメガがついていくんだけど、それにまたはぐれの狼がまとわりついててさ」
ルガークの言葉に、ロアンも頷く。
「そそ。だからもうオメガを守るためにアルファがいきり立ってるんだよね。
だから、老いてても番いを仕留めるのはめちゃくちゃ大変だし、ヘタしたら他のオオカミもまとわりついて大変なんだよ」
ノアは少し混乱して尋ねた。
「はぐれが……、何のために?」
向かいに座っていた騎士がノアの疑問に答えた。
「オメガに選ばれたら、群れの頂点になれるんだ。オメガを奪えたら自分にチャンスがあるかもしれねえって思うんだろ」
「だからオメガはとにかく守られてて、手を出すのが大変だ。だから、普通はアルファから仕留めるんだよ。まあ、前にいるしな」
他の誰かが騎士の言葉を引き受けた。
「だけど、俺らはオメガから仕留めてやる。それで、少なくとも他のはぐれからは守ってやるのさ」
ロアンが言って、手元の酒をあおった。
「アルファって、そんなにオメガのことが大事なんだ。
……ダイアウルフがそんなに気高い魔獣だって知らなかった」
狼が一途な生き物だということはなんとなく知っていた。
だけど、そんなにもお互いを想い合って死んでいく生き物だったとは思ってもいなかった。
手にしたカップを口に運ぶと、ローグの呟きがその場に落ちた。
「……一番気高いのは、アルファを失ったあとのオメガだ」
ぱちんと火の粉が散った。
「その場から決して離れない。騎士に抵抗はしても、最後まで動かない。
ああなるとあんまり気持ちいいもんじゃねえが、オメガだってよっぽど大事なんだろうさ、番いが」
命よりも大切なものがそこにある。
だから気高くある。
ローグの語るオメガの姿は、気高くも、痛々しくすら感じられて、
カップの底にたまった茶葉の渋みが、ノアの舌にざらりまとわりついて、消えなかった。
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