27 / 31
第27話 接岸
翌日。
夕方近くになって、橋の残骸の袂に二名の騎士がやってきた。
ノアと同じくらいの歳の騎士と、まだ年若い騎士。
ロアンに呼ばれて川にやってきたノアとローグに向かって、騎士が手を振って声をかけてきた。
「ローグさん、お久しぶりです。アーネストです」
それ程大きく声を張り上げている様子でもないのに、すぐそこで話しかけられているようで、びっくりして耳元を押さえた。
「あいつの魔法だよ。慣れろ」
ローグはノアにそう言いながら、向かい岸に向かって軽く手を上げた。
「今日は俺らこっちで寝ますけど、いったん俺だけそっち行っていいですか」
言われた言葉の意味がわからなくてロアンの顔を見ると、ロアンもこちらを見返した。
ローグだけが、軽く手を振って、こちらへ呼び寄せる仕草をした。
騎士が何事かをもう一名の騎士に伝え、それから騎士――アーネストは橋の残骸から中空へと足を踏み出した。
「あぶな……い?」
ロアンが思わずといった風にあげた声は途中からで途切れ、中空を歩くアーネストをぽかんと見つめていた。
ノアはもう、アーネストが足を踏み出した瞬間に息を止めて、そのまま固まっていた。
「お前、わざとだろ」
こちら岸に到着したアーネストに、ローグが低く唸った。
「えへ、驚いてくれました?」
近くで見るその騎士は、少し軽薄そうな面差しを無邪気な笑いで満たして、ノアとロアンを見ていた。
「――心臓止まるかと思いました」
「あはは!やったね」
「アホか」
「改めて。俺は特殊師団の師団長してますアーネスト・ブリュージュです。ローグさんの後輩で、師団に行くまでは随分お世話になりました。」
「世話した覚えはねえよ。お前はヴァリオにべったりだったろ」
「まあそりゃ、ローグさんにくっついててもあんまり遊べないんで」
二人の軽口の応酬を聞いて、目を白黒するノアとロアンを見てアーネストが笑った。
「君だよね、ノア・ブラントル?君の上司からいくつか伝言がある。ちょっといいかな」
頷くと、アーネストはローグ達から少し距離を取った。
それについていくと、アーネストがノアを上から下まで眺めて、軽く頷く。
「元気そうかな。とにかく君の部隊長殿が心配して心配して。胃に穴あけそうだった」
そんなことを言われて、何とも言えない気持ちになる。
「……そんなに頼りなさそうですかね」
へらっと笑ったアーネストは、軽く肩をすくめてから言った。
「狼どもの群れに餌を放り込んだ気持ちだったんじゃない。ローグさんもいるし、俺は大丈夫じゃないかなとは思ってたけど」
またこの話だ。
だけど、やはり避けて通れない話だったんだろう。
ふと気づいたことがあって、アーネストに聞いてみる。
「今まで、俺一人でこうした拠点や前線を任せていただいたことはありませんでした。――つまり、そう言うことですかね」
目頭をこすりながらアーネストが言う。
「まあ……、否定はできないかな。大勢人がいて、君らのような人が固まって過ごせる本隊はともかく。
分隊規模だと、隊の秩序を守るのには指揮官の手腕が試される」
振り返って、ロアンと何かを話しているローグを見る。
ローグのおかげで、なんとかやっていられた。
少しばかりの悔しさと共に、事実を飲み込む。
「あれ」
アーネストの声に振り向いてみると、その目線がお守りをとらえていた。
ハッとしてお守りの場所を手で覆う。
「ちょっと……、結界張るね」
アーネストがそう言い、二人の周りの空気が静かになった。
ローグが顔を上げ、アーネストが軽く手を上げて応じる。
その手を下ろして、アーネストはノアの顔を見ないまま口を開いた。
「音遮断したから。その、……耳の下。どうした?」
唇の裏側を噛む。
なんと言えばいいのだろう。
「何か、言いづらいことがあった?」
「違います」
手を下ろして、握りしめた。
「ただの、お守りです」
ノアの言葉に、アーネストが「ああ……、なるほどね」と呟いた。
「部隊長の心配はあながち間違ってなかったんだ」
「何もありません」
言い募ると、アーネストは軽く頷いた。
「うん、君の顔見たらわかるよ。何かあった人はそんな顔してられない。でも。お守りのいるような状況ではあったんだろ。
ローグさん様々だな。」
「……はい。」
アーネストはそれから、両手を上に伸ばして伸びをした。
「もしなんかあったら、連中ほっといて君だけでも連れ帰ってこいって言われてたんだ。部隊長殿はお父さんかなんかかな。」
「ふ、違いますよ。でもそうですね。俺らのことをちゃんと見てくださってると思います」
「うん、そうだね。――あ、なんか食いもん余ってる?俺ら遠出の帰りで、ずっと携帯食なんだ」
伸びを止めたアーネストは、さっと結界も消し去ったようで、軽い調子でノアに尋ねた。
「……ここ、ずっと外界から切り離されてたんですけど」
ノアの言葉を聞いて少し悲しげな顔をしたアーネストに、笑って返す。
「少しお待ちください。見繕ってきます」
ディッカー達の到着が遅れた時のために食糧は温存していた。
余裕はある。
ひもじい騎士達に栄養のあるものを出してやろうと、拠点へかけ出した。
「やりぃ、ありがとー」
ノアの背中をアーネストの声が追いかけた。
今日が、最後の晩餐。
ともだちにシェアしよう!

