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第34話 おやすみ替わり
「どんなふうに変、なのかな」
毛皮の毛の中に指を差し入れて、そっと揉んでみる。
長い毛の下に、柔らかい密な毛が詰まっていて、ノアの指先を優しく包んだ。
「なんか、普通の群れなら統率が取れてるはずなんだけど」
ルベルが口の中に木の実を放り込んで言った。
「どうもそうじゃないらしいってさ」
あの頃に聞いた狼の生態や群れのあり方を思い起こしてみる。
子育ての時期の狼達と、アルファの交代。
はぐれ狼に、番い達の気高さ。
騎士達にわからないことがノアにわかるはずもなかったけれど、なんとなくざらりとしたものを感じて、ノアは温くなった湯を口に含んだ。
その日は夜も遅かったため、そのまま部屋で三人とも体を休めることにした。
「明日はここの補給の人たちと一緒にいるから、二人は自分たちの仕事をしてきてよ」
「わかった。危険そうな箇所があったら崩してきたりするから、遅くなるかもしれない。ノアは一人になるなよ」
少し苦笑いをしながら、頷いて返す。
ディッカーという連中は、とにかく紳士だ。
とにかく内向きの仕事をする人間を大事にしたがるし、騎士達の飢えにも敏感だ。
ノアを連れて派遣先に出向くときは、必ずディッカーがそばにいるか、ノアをウサギの群れの中に隠したがる。
アーネストの方針もあるかもしれない。
だけどディッカー達のふるまいから、彼らにとってはとにかく自分の番いが大切で、大事だということもわかっていた。
「セドリック、譲渡すませてるか?」
ルベルの問いかけに、セドリックが笑顔で応える。
「さっき済ませました。あー、今から帰還が楽しみです」
そのセドリックに、ルベルが少し嫌そうな顔をして言った。
「そのスケベ面やめろ。お前一応うちの儀礼担当だぞ」
ノアは少し不思議な気持ちになりながら、二人の会話を聞いていた。
寝台のシーツの上に毛皮を敷き詰めて、サラサラと指でなでる。
「なんで楽しみなの?」
少し興味が出てセドリックに聞いてみると、ルベルが即座に「だめ!」と一蹴した。
「ノアにはこんな話聞かせられない。よりによってうちで一番どぎつい話聞かせたなんて知れたら、あとが怖すぎる」
その言い回しで、なんとなくいかがわしいほうの話題なのだと察する。
ちょっとむっとして唇をとがらせると、セドリックがノアに向かっていい笑顔で応えた。
「俺のウルラがめちゃくちゃかわいいって話です」
「……それと譲渡がなんの関係があるのか、わかんないから聞いてるんだけど……」
ルベルが、真ん中の寝台に腰掛けて、ノアとセドリックの間を遮った。
「はいそこまで。――あのさ、譲渡の前って、俺たちウルラに「今からやるよ」って連絡するんだよ。
で、譲渡の間ウルラは「あ、今譲渡されてる」ってのもわかるんだ」
セドリックの話を引き受けたルベルに、ノアを完全に除け者にするわけでないことを悟る。
「なんだっけ、道ができた時の感覚が残るって」
ルベルが軽く頷いた。
このことは、一般には知られてはいない。
そもそも、ウルラや番いのことは機密事項で、騎士団の人間でもおいそれと知ることはできない。
それなのにノアはうっかり口を滑らせて、番い制度の詳細を知る立場の人間だとバラしてしまったことがあった。
これもまた、ノアがとにかく大切に保護される理由なのかもしれない。
いつか番う誰かのために、ディッカー達が守ってくれている。
「それってさ、俺らは魔力を預けるたびに、ウルラに合図をしてるようなもんなんだ。――んーと、たとえば毎晩のおやすみ替わりみたいな」
思わず、目をまたたいた。
「……おやすみ替わり」
口にしてみて、その可愛い響きに思わず口元がゆるんだ。
「なにそれ、かわいいじゃん」
だろ?と、セドリックがルベルの向こうから顔を出して言った。
「しばらく離れて、毎晩譲渡でおやすみって言ってると、あいつも」
「はいやめやめー」
ルベルの静止に、ノアは声を立てて笑った。
「セドリック、お前案外おもしろいな!」
「ノア、セドリックのこと深掘りするなよ!」
声を立てて笑いながら毛皮の上に転がり、柔らかな毛皮の手触りを味わった。
顔をうずめてみる。
ルベルとセドリックは、明日の予定について話し始めていた。
少しだけ、さみしく思う。
自分にも、そんな夜があっただろうか。
頭をくしゃくしゃとなでる大きな手の重みが、少しだけ懐かしかった。
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