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第35話 雪山の影

 現地のディッカー二名は、ノアがこれまでに見たことのあるどのディッカー達より大柄な男たちだった。  北部出身者特有の、色素の薄い姿形と、見上げるような体躯。  師団には所属していないというので、なにか特別な理由があるのかと思っていたが、そうではなかったらしい。  聞けば昔から北部育ちで、中央の気候にどうしても馴染めないらしい。 「ブラントルさんは、ここにいたら子供みたいに見えるだろうなあ」  そう言ったディッカーの一人、モズの言葉にノアはいささかむっとしたが、補給部に入ってみてその意味がよくわかった。  北部の補給部隊は、老いて体の動かなくなった騎士たちが多く詰める場所だった。   「ノア坊、持ってきた中に松脂はどれくらいあった?」 「3ダースあります。中央もそれほど余裕なかったので、足しになれば程度ですが」 「充分だ、助かるな。ちぃっとばかし心許なかったとこだ」  師団長のアーネストすら、アーネストの坊ちゃん呼ばわりだ。  ノアがノア坊になるのはどうしようもないし、元々出たがりの騎士だった年寄りたちが、普段と違うという魔獣たちを見に行きたがるのも当然なのかもしれなかった。   「じゃあ俺らもちょっと様子を見に行くか」 「様子ですか?何の?」  振り向いたノアの目に飛び込んできたのは、嬉しそうに防寒具の準備をする男たちの姿だった。 「――――――さっっっぶ!」  靴や外套にしっかりと松脂入りのワックスを塗り込められて、ノアも老騎士達と共に雪山の麓へと連れ出されていた。    断じて、こういうことのために余分の松脂を持ってきたわけじゃない。  だが、補給部の男たちがこぞって移動してしまえば、ノアはついて行かざるを得なかった。  ヘラジカが轢くソリは大きくて無骨で、幌も何もない。  辛うじて雨は止んでいたが、さっきまであちこちを痛がっていた人たちだとは思えないほど年寄りたちは元気だった。 「ノア坊は肉がないからな。」 「――――そういうことじゃありません!」  ヘラジカが巻き上げる雪が口に入らないように顔を振ってから叫ぶと、横でごそごそとソリの脇を探っていた背中がむっくりと起き上がった。 「これ巻いときな」 「わっ……、ぅ」  頭からかぶせられた重たいものから顔を出す。  少しゴワついた薄茶色のそれは、何かの毛皮だった。  重たいしゴワゴワしてはいるけれど、体に巻いてみると完全に風を防いでくれた。 「……ありがとうございます。これ、何の毛皮ですか?」 「あいつらだよ」  ソリを轢くヘラジカをアゴで示された。  なるほど、さすが寒冷地の獣の毛皮といったところだ。 「へぇ。みなさんの外套もこれですか?ずいぶんと重たいですね」 「ノア坊には重てえだろうが、やっぱりこれくらいはねえとな。狐やら何やらは俺らには小さくってどうしようもねえ」  手触りも質感も違う毛皮のことが気になって色々聞いていると、ソリの前の席から声がした。 「あの辺そうじゃねえか?」 「お、何人かいるな」 「応援の部隊もいるか?」  指さす先、雪山の上の方を見て年寄りたちが一斉に喋りだした。  望遠鏡を手渡され、ノアものぞき込んでみる。  流石に遠くて、望遠鏡でも人影程度しか見えないけれど、確かに人々が雪山を歩いていた。  年寄りたちと同じように薄茶色の毛皮を身にまとった者たちが北方の騎士で、それより黒っぽい毛皮の者たちは応援部隊なのだろう。 「なんかいる……な?」 「本当だな。ありゃなんだ」  年寄りたちが代わるがわる望遠鏡をのぞき込んでは何かを示す。  ノアも言われてまたのぞき込むと、確かに、人々の向かう先に何か黒っぽいものがあった。 「動かないですね」  何名かがその黒っぽいものに近づき、残りの者たちがあたりを警戒するように周りを囲んでいた。  その緊張感のある配置に、ただの岩や倒木などではないと察せられた。 「死骸かもな。やっと正体がわかるかもしれん」 「――なんだ!じゃあ仕留め終わったところか!見逃してるじゃねえかー!」  後ろをついてきたソリの年寄りたちも合わせ、全員が残念そうな声を上げた。  大事なことだと言って連れ出されたから何かと思ってみれば、つまり正体不明の魔獣との戦闘を見物しに来たということらしい。 「仕留めたなら持ち帰ってくるでしょう。夜には見られますよ……」 「弓矢か魔法かどっちだったんだろうな」 「あいつら弓は背負ったままだぜ、魔法だろ」 「魔法か!見たかったな……!」  興奮した年寄りたちを放っておいて、ノアはもう一度遠目に雪山を眺めた。  望遠鏡がなければ人影を見分けることすら難しい。  魔法で仕留めたということは、魔法騎士がいるということだ。  魔法騎士達は大抵重装騎士達よりもやや小柄なことが多いが、北方の騎士達を体格で見分けるのは難しそうだった。 「倒れてんのは一体だけか?なら、やっぱり狼じゃなかったのか」 「周りに何もねえってことは、群れじゃなかったってことだしな。はぐれがうろつくにはもう遅いし、狼の線はないか」 「……これ以上戦闘なさそうなら、戻りませんか……」  寒空の下で始まった魔獣の推定論争は、それからしばらく、ノアが寒くて耐えきれなくなるまで続いてしまった。 「急げいそげ!ノア坊がヤバい!」  もう一枚ヘラジカの毛皮に包まれたけれども、やっぱり毛皮は狼が好きだなあ、と凍える頭でぼんやりと思った。

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