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第36話 番いの掟

 暖炉の中で、乾燥した薪がパチパチと音を立てている。  その様子を、毛皮にくるまって眺めながらノアは体の冷えをとっていた。 「ノア坊、さっきの連中帰ってきたみたいだぞ。」 「そうですかー」  そわそわしているじい様を横目に、ノアはそこから動く気にはなれなかった。  いそいそと見物に出掛けるのを見送ると、部屋に残ったじい様の一人が薪を足してくれた。  さすがにノアを一人にするのはまずいと思っているのか、何人かは補給部の室内に残ることにしたらしい。 「ノア坊のそれ、温そうだな」  勢いの増した暖気にうとうととしていると、じい様の一人が隣に座り、温めた茶を出してくれた。  魔獣が特定できたなら、討伐の準備が必要になる。  まだ眠ってしまうわけにいかなかったので、ありがたかった。 「いいでしょう。でもこう見えて結構手頃だったんです」 「こりゃ戦士の毛皮だからな。傷はあるがモノはいい」  じい様が毛皮の端を摘んでじっくり検分してから言った。 「戦士ですか?」  ノアも毛皮を眺めてみる。  確かに、上の方――首や肩にあたるところにはいくつもの傷が入っていた。 「そうさな。長生きした狼で、群れの守り役か、アルファだったかもしれんぞ」  そう言われて眠気が吹き飛んだ。 「まさか!だったらもっと高かったはずですよ」  ノアがそう言うと、じい様は大きな口を開けて笑った。 「アルファの毛皮をありがたがるのなんざ番いのオメガくらいだよ。ひん剥いちまったらアルファも他のもぜーんぶ狼だ」 「えぇ……」  ロマンのないじい様の言葉に、思わず毛皮を撫でる。  なんにせよ、これはノアのお気に入りだ。  アルファだろうとそうでなかろうと。  ガチャリと部屋の扉が開き、どやどやと他のじい様達が帰ってきた。 「おう、どうだったよ」  待ちかねた様子で尋ねたじい様に、ノアもつられて振り返ると、扉から入ってきた面々は微妙な顔をしていた。 「……狼らしいぞ」  一人が告げた言葉に、じい様はなおも言い募った。 「らしいってお前どう言うことだよ。見てこなかったのか?」  別の一人が口をはさむ。 「持ち帰ってこんかったんだと。ありゃアルファの死骸らしい」 「アルファだと?今年はオメガなんて仕留めてねえだろ」  とうとうじい様はノアの隣から腰を上げて、扉のほうへといってしまった。  ノアも、じい様達の話が気になった。  今後の方針によって、用意すべき資材も変わってくる。 「だからだとよ。オメガがまだ生きてるってこった」  もう一人が頷いて続けた。 「オルさんはな、ほかの狼に追い回されてるんじゃねえかとさ」 「追い回されてるって、どういうことですか?」  口をはさむと、じい様たちが答えてくれた。 「そりゃお前、オメガだから。狼どもからしてみたらとびきりの別嬪なんだろ」 「アルファがいなくなりゃ他の雄が群がってくるってことか」 「本当ならアルファが、手前がくたばる前に息の根止めてやるもんらしい」  一瞬、部屋がしんとした。 「……あいつら確かに、そんなんだっかな」  じい様が、肩の辺りをさすりながら言った言葉を、すぐには信じられなかった。   「――アルファが、番いを手にかけるんですか?何で……」 「オメガの方が息の根止められに行ってるだろありゃ」 「どうだかなぁ」  尻すぼみに終わってしまった会話に、ノアは手にしていたコップを置いた。 「……で、どんな手筈ですって?」  今後の手筈を一通り確認し、ノアはじい様たちと夜間雪山で耐えるための装備を整えた。 「こんな寒い夜に雪山で一番越すって、本気ですかね……」 「何とかなるもんだぞ。結界とか使えりゃ風もマシだろうし」  じい様たちが用意したヘラジカの毛皮をどんどん丸めていく。  さすがに夜の雪山にまで人間倉庫としてついていけるほどノアは鍛えていない。  できるだけ騎士たちが安全に夜を越せるように。  魔獣と対峙した時に、しっかりと体を動かせるように。  じい様たちと、丁寧に支度を整えた。  外はまた重たい雪が降り始めており、時折吹く強い風に砦が唸り声を上げていた。   「ノア今日山の方来てたって?」  夜遅くになって戻ってきたセドリックたちに尋ねられて、ノアはこくりと頷いた。 「なんだってそんな危ないとこまで出てくんだよ。じいさんたち元気すぎだろ」 「危なくはないよ、ふもとから眺めてただけだしっ、たぁ」  暖炉の火をかき混ぜながら応えると、ルベルに軽く頭をはたかれた。 「俺らが何でこっちにきてるんだったか忘れたか?ふもとにも雪崩は届くんだぞ」  そう言われても、無人の補給部にいたって叱るくせに。  ノアの顔をみたルベルが肩をすくめた。 「……ま、じいさん達と一緒にいればいっか」  チラッと見上げたルベルは、少し困ったような顔でノアを見下ろしていた。 「なんだよ」 「やー……、ノアの番いになる人は気が気じゃないだろうなあと思って」  その言葉に首をひねって、また暖炉に向き直った。 「別に番いになったってさ、あっちは俺の顔も名前も知らないんだったら、気にしようもなくない?」 「「そーーーーは言ってもさぁーーーー」」  ノアの言葉に二人してうなるので、思わず手を止めて振り返った。 「えっ、なに二人とも」  そういえばセドリックは相手のことを知っているような口ぶりだった。 「え、みんなお互い誰なのか知ってるの?」 「……まあ」 「……そりゃ、制度上はそうだけど……」  二人の返事に息をのむ。  ノアの時は、ローグはこちらの顔を知らなかったはずだ。  そのはずだ。 「――なんで?顔、……わかんないんでしょ?」  握り締めた火かき棒が、じわっと熱を持ち始めた気がした。 「初めは認識阻害してたけど、……その、俺の場合は、番う前にお互い顔出ししたからさ……」  ルベルの言葉に、少し息ができるようになった。  思わず、息をつめていたらしい。 「そんなこともあるんだ……」 「まあ、……色々あんだよ。……あ、あ!セドリックのは深掘りするなよ!」 「この話も?!」  

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