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第40話 滞る

 それからまた三日。  騎士二人の全力に付き合って、透き通るほど晴れた秋空の日、ノアたちは本部へと到着した。 「俺はもうこのまま戻るよ……」    ノアはもうそれ以上セドリック達に付き合うのは無理だった。  手をあげて二人と別れ、なんとか自室へと転がり込む。  埃を落としたり、荷物を整理したりしたかった。  けれども、ノアは装備を全部解くと、鞄から毛皮を一枚だけ引っ張り出した。  寝台に広げて、乗り上げて、くるまる。  毛皮の匂いに包まれて、ふいと雪原の白さが脳裏をよぎった。  そのまま、ノアの意識は急速に落ちていった。 「……かゆ」  つま先とくるぶしの違和感に手を伸ばして、意識が浮上した。  日は斜めに傾きはじめていて、二時間ほど眠っていたと察した。  足の先は赤く腫れており、引っ掻いてしまったのか少し体液が滲んでいた。 「やべ、しもやけかな……」  慌てて寝台から出て、手拭いで足を拭く。  毛皮を撫でて、汚れがついてしまっていないことも確認した。  意識すると、手の甲や指先までもが痒いような、痛いような気がしてきた。  ノアはため息をついて、柔らかいズックの中に足を突っ込んだ。  本部で簡単に帰還報告と、医務課だ。  この辺りもそのうち冬になる。  それよりも早くしもやけになってしまうだなんて、とんでもなかった。  むずむずする手足に一度だけ力を込めて、それからノアは自室の扉を開けた。 「しもやけだねえ」 「……わかってるよ」  本部へ簡単な報告を済ませてから医務課へ向かうと、店じまい直前だった治癒術師のリオネルが出迎えてくれた。  本当なら医務官先生に診察してもらうところだけれども、先生はちらりとノアの手指を見て、少し笑ってから奥へと通してくれた。 「ノアさん冷え性なんだから、こんな時期からしもやけ作ってたら冬の間やってらんないよ」 「……わかってるってば……」  五つも年下のリオネルは、今日も患者に容赦がない。  言葉は容赦ないけれども、リオネルの指は丁寧だった。  差し出した足の指に少し触れて、軽く押してから様子を見る。 「引っ掻いてるから、沁みるよ」  そう言って、桶に溜めた湯の中に足を入れるよう指示された。  ぬるめの湯に足をつけると、ふわりと湯気がたちのぼる。 「……あれ、この匂い」  鼻先を上げてその香りを追いかけると、リオネルが少し笑って言った。 「いいでしょ。血行良くなるみたいだから入れてみた」  甘い草の香りと、森のにおい。 「おんなじような匂い、サウナでかいできた」  湯の中で足を揺らしながら言うと、リオネルがばっと顔を上げた。 「えっ、ノアさんサウナとか行くの?!大丈夫?!」 「なにそれ。……入ったっていうか、下準備のほうね。北方行ってきたとこなんだ」  リオネルの、見開いていた目から力が抜けて、肩が落ちた。 「なんだ、北方行ってたんだ。じゃあ、これも治癒術使っておこうか」 「えっ、いいの?」  リオネルはじめ、医務課の人々は滅多なことでは治癒術は使ってくれない。  きちんと自分の自己治癒力で治しなさい。というのがどうやら不文律みたいなのだ。 「うん、いいよ。だって急に慣れない環境に行ったんなら、自己管理にも限界あるでしょ」 「リオネル〜〜〜、天使みたい〜〜〜」  微笑むリオネルが神々しくさえ見えて、桶の中で両足をパシャパシャ揺らすと、急に背後から声が聞こえてきた。 「でしょでしょ」 「わっ」  驚いて振り返ると、リオネルの恋人のヘイデンがニコニコしながら立っていた。 「ヘイデン、今のわざとでしょ。謝って」    リオネルの言葉に、ヘイデンがはなおもニコニコしながら頷く。   「うん、ごめん」  ――いや、いいんだけど。 「ヘイデンって、医務課にこんなに急に湧くもんなの」  一応まだ業務時間内。  恋人に会いにくるにはちょっと早い気がして尋ねてみた。 「ごめんノアさん、ちょっとだけこっちの観察するから、しばらく足浸けててね」 「観察?」  正面の椅子から立ち上がって、リオネルがヘイデンを奥の椅子へ誘った。  こっち、とリオネルの指差す先へ大人しく歩いていくヘイデンに、少し違和感を覚える。  いつもと何かが違う。  椅子に座ったヘイデンが、両手を脚の間に入れて、太ももの下に敷いた。 「――あ」  思わず出た声に、慌てて口を閉じる。 「うん?どうした?」  棚からカルテの束を取り出したリオネルが、ノアの方を振り向いた。 「あ、ううん、なんでもない」  少し首を傾げてからヘイデンの方へ向かうリオネルに、ノアは心中で青ざめた。  ――ヘイデンが、リオネルに触ってない。  うそだろ。と思うけれども、目の前で椅子に座って大人しく待つヘイデンの顔はいつも通りだ。  リオネルもいつも通り、――患者さんにするような自然さでヘイデンの前に座った。  ヘイデンに体温を測らせている間に、リオネルはヘイデンの眼を覗き込んだり、血圧を測ったりする。  最後にリオネルは、手袋を外して、ヘイデンの腕をとった。 「――うん、いいよ。これでおしまい」 「やったー」  リオネルが終了を告げた途端、ヘイデンが椅子から立ち上がってリオネルに抱きついた。  いつものヘイデンだ。 「ちょ、ちょっとヘイデン!人前で触らないって言っ……ぁっ」    なんだ、我慢してただけか。  安心して、ノアは背もたれに体重を預けた。 「いつものことじゃん、ヘイデンがベタベタしてるのなんて」 「でしょ、ノアさん」 「ちが……っ、ばか!」  ヘイデンを押し退けようと腕を突っ張ったリオネルの頬は、少し赤みを帯びていた。  思わず目をそらして、桶の中のつま先を眺める。  ヘイデンとリオネルのやりとりは、耳に入れなかった。 「――研究?」  結局、ノアが何か見てはいけないものを見てしまったことは、すっかりリオネルにはバレていた。  唇をとがらせて、少し不服そうな顔をしたリオネルは、それでもノアのつま先に手を添えて、しもやけの治療をしてくれていた。 「そう、ヘイデン。何もしないと、魔力が体に溜まりすぎて、体調悪くするんだよね」 「そうなんだ」  それ以上、言うことができなかった。  だって、この二人は番いだったから。  ディッカーならウルラに魔力を流せるはずだ。  なのに「溜まりすぎる」とはどういうことだろう。  それを聞いていいのか、よくないのかもわからなくて。  それ以外、ノアには何も言えなかった。    番い同士のことを、どこまで口を出していいのかわからなかった。  

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