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第41話 にじむ
「――その、ね」
リオネルが座る丸椅子に、ヘイデンが椅子を並べ、横にくっついている。
それを気にしたふうでもなく、診察台に投げ出したノアの足を治療するリオネルは、少し言いづらそうに口を開いた。
「喧嘩して、魔力の譲渡を少し止めてた時があって」
「喧嘩じゃないよ。俺がアホだっただけだもん」
リオネルの言葉にヘイデンが口をはさむと、リオネルは少し笑ってヘイデンの顔を見た。
「いいから」
――何を見せられてるんだろう。
つま先のじわじわ、むずむずが、そのまま膝や太腿を通って上にのぼってきてしまいそうだ。
いつ見てもお似合いの二人だけれど、体の大きなヘイデンより、ずっとリオネルの方が大人に見える。
ディッカーって、なんだかもっとどっしり構えた人種なのかと思っていたのにな。
ぼんやりそう考えていると、リオネルがまた言葉を続けた。
「ヘイデンが、あんまり動けなくなって。怪我しちゃってさ」
「――えっ、そうなの?大丈夫だったの?」
ヘイデンは軽い調子でノアに頷いてみせた。
「治してくれたから、大丈夫」
ノアに向かってへらっと笑ったヘイデンは、すぐにリオネルの方を見た。
リオネルは、ノアのつま先を見つめたまま、少し黙っていた。
「かなり珍しいんだけど。ヘイデン、魔力を自然に放出しにくい体質だったみたいで」
「自然に放出?」
よくわからなくて聞き返すと、ヘイデンが口を挟んだ。
「普通はね、魔力って、ずーっと体の中で作られ続けてて、で、使わなくっていっぱいになると、どんどん体から抜けてくんだって」
「へえ?」
ヘイデンに話を任せて、リオネルの指先はノアのもう片方の足に移った。
解放された方の足を、くるぶしからぐるぐるまわしたりして、じんじんむずむずをなんとか逃がしてみる。
「でも、俺はそれがうまくできないから。残った分リオネルにちゃんと渡してないと、体の中に魔力が溜まりすぎて……、なんだっけ」
結局リオネルに話を返したヘイデンの両足は、椅子の下でリオネルの足を挟んでいた。
「魔力圧ね、血圧みたいなもんだけど。それが高まりすぎると、疲れやすくなったり、体を動かしにくくなったり……、ひどいと倒れたりするんだ」
話は真面目なのに、目の前の光景はいたって平和だ。
「なんていうか、それ……大丈夫なの?」
リオネルは、ノアの顔を見てから、にっこりと笑った。
「大丈夫。ヘイデンには俺がいるから。
でも、同じ体質で、ディッカーになれてない人がいたら、
……多分、大丈夫じゃないと思うんだ」
「……ああ。それで、なんとかできないかっていう話?」
リオネルはノアの足の先に目を向けて、軽く頷いた。
「足はもういいよ。次、手をやろう」
「うん」
投げ出していた足を引き寄せて、靴下を履く。
それからリオネルの前まで移動して、座り直した。
「はい、手出して」
「ん。……じゃあ、ヘイデンの健康観察がリオネルの研究テーマなの?」
「「んー……」」
二人してうなるので、ノアは少し面白くなって笑った。
「何それ、二人とも」
手の甲、赤くなったところに指を添えられて、じんじん、じわじわと感覚が広がっていく。
思わず手のひらを握った。
かゆい。
「なんていうか、そういう人が、番いがいなくても魔力を放出できる方法を調べるのがテーマ、かな」
「へえ」
こうして触れられて、じわじわしたものが広がるようなことは以前にもあった。
あの日、初めて会った大きな人に、甘い草の香りのするバームを塗りつけられた時。
つま先まで走った、ビリビリするような感覚。
思い出すと、なぜだか体に力が入った。
手を広げて、ぎゅっと閉じる。
この感覚を、どこかにやってしまいたかった。
「ノアさん、くすぐったい?」
「うう……。うん、しょうがないよね……。血が流れてる証拠だし」
ノアがそう言うと、ヘイデンが横から口を出してきた。
「そうそうリオネル、流れてるんだからしょうがないんだよ」
「今その話してない」
ヘイデンの言葉に、つんと返したリオネルは、なぜか目尻を赤く染めて目を伏せていた。
「ええー……」
気の抜けたヘイデンの声が聞こえてくるけれど、目の前でそんな顔をされてしまうとノアとしてはいたたまれない。
「ねえ、俺さっきから二人のイチャイチャみせられてんの?」
「そんなことない!よ!」
「そんなとこかも」
――どっちだよ。
じわじわから解放された手指をなでて、それから両手を握ったり開いたりした。
「ノアさん、鼻と耳も見せて。多分それ日焼けだけじゃないと思う」
「ん。――うーん」
顔を預けようとして、少し思いとどまった。
さっきまでイチャイチャしてた恋人同士の片方に、顔を差し出すのがなんだか変な感じがして。
「どうかした?」
「……いや、いいんだけど」
恋人が他の男に触ってるとこなんて見たくないだろうに。
そう思ってヘイデンを見てみる。
――杞憂だった。
穏やかな顔でリオネルを眺めるヘイデンには、ノアが感じた違和感とか気後れみたいなものは無関係そうだった。
「二人、仲良いよね」
「――っ、何。急に」
「仲良いもん」
そうだろうとも。
ヘイデンの声に内心頷きながら、鼻先に当てられたリオネルの指先を見る。
そんなところがしもやけになっているとは思いもしなかった。
「研究のために、触るの我慢してたの?ヘイデン」
「――――うーん……、研究のためにっていうか……」
歯切れの悪いヘイデンの返しに目線を上げると、リオネルの顔が赤く染まっていた。
「えっ、なに」
「……耳みせて」
小さく言われた言葉に大人しく従うと、続いてリオネルが言った。
「だから、人前で触んないでって言ったのに……」
「……ごめん、リオネル。でも俺、放出ある時とない時の違いがわかんない……」
「だからじゃん……」
――ええ、何ほんと!
俺は今、何を見せられてるんだろう。
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