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第45話 引き金

「リオネル――、今少しいい?」  夜の医務課、処置室にまだ灯りが点っているのを見て、ノアの足は止められなかった。 「ノアさん、どうしたの?しもやけひどくなっちゃった?」 「あ、……ううん、違う。ちょっと聞きたいことが……あって」  ノアの言葉に、机に向かっていた体をこちらへ向けて、リオネルが患者用の椅子を指で示した。 「仕事中にごめん」  個人的な相談で、仕事中に押しかけてしまったことに今更気づいて謝罪を口にすると、リオネルは軽く笑って手を振った。 「違う違う、これは医務官の認定試験の勉強。ここの書籍を使わせてもらうから、その代わりに夜間診療をサービスしてるだけ」 「えっ、なんか、ますますごめん」  いいよう。そう言って笑うノアに、何か差し入れしようと心に決めた。 「それで、――なんか相談?」  椅子に座りながら、言うべき言葉を探す。   「ああ――、うん。なんていうかその、こないだの、――びりびり?のこと聞きたくて」  ノアの言葉に一瞬きょとんとしたリオネルは、その顔のまま「うん」と頷いた。  それから、少しだけ真剣な顔つきになって、リオネルがまた口を開く。 「誰か、――似たようなことがあった?」  軽く握った拳を手元に寄せて、思い返してみる。  話に聞いたような感じだった、――と思う。  ただ、以前――二年も前のローグからも、感じたことのある感覚だった。  ヘイデンの話からすると、すぐに動けなくなりそうじゃなかっただろうか。 「わからない。……でも、気になって――」  手のひらを握って、指に力を入れた。  親指で、びりびりの伝わった人差し指の背をなでる。    しばらく、二人の間に沈黙が落ちた。 「ノアさん。――治癒術師として言うけど。  その人、念の為でもいいから、診察受けた方がいいと思う」  リオネルの声が静かに広がった。 「あまり知られていない体質だから、俺が診られたらわかりやすいけど。  ただ診察受けるだけでも、何かわかることあると思う」  言われた言葉を噛み締める。  診察を受けて欲しいと、ローグに言えるだろうか。  さっき聞いたばかりの舌打ちがよみがえり、軽く頭を振る。 「あんまり、このこと触れてほしくなさそうだったから……」 「――体調は?よくなさそう?」  頭を上げてリオネルを見つめ返す。  それだけで、リオネルは何かを感じ取ったように頷いた。 「たまにいるよね、体調悪いの気にしたがらない人。  もし騎士なら、管理課に働きかけてみるのもありかもしれない」 「――管理課?」  小さく頷いたリオネルが、ちょっといたずらっぽく笑う。 「ノアさん、管理課の正式名称なんて覚えてないでしょ。  あそこ、魔力資源管理局管理課なんだよ。誰もそんな長い名前で呼ばないけど」 「――ああ、……魔力資源…………?」  少し頭を傾げるノアにリオネルは声を立てて笑い、それから言葉を続けた。 「ヘイデンだけじゃなくて、他にもそうした人がいるなら俺が診たいけど、俺まだ医務官じゃないし、本人が希望していない医療は提供できないし。  だから、本人が同意してくれるなら連れてきてよ。  それがむりなら、管理課に相談するといいよ」  まだ、管理課とびりびりが結びつかなくて、それでも、ひとつ頷いてみる。  ノアの顔を見て、リオネルがにこっと笑った。 「――管理課に、ちくっちゃえ。  魔力の流れの悪そうな人がいます。団として管理が必要なので、本人と話してください。――って」  軽く言うリオネルの言葉に、心のモヤがすっと晴れた。  話を――  そう。  誰かと体調のことを話してもらえたら、  きっと安心できる、……はずだ。 「きっと本人と面談するなり、対応してくれるよ」  ノアの顔を見て微笑むリオネルに、頷いてみせた。 「うん、――そうしてみる。ありがとう」  ノアの言葉に、リオネルも軽く頷く。 「うん。よかった、少しは役に立てたみたい」 「――リオネルには、いっつも助けられてるよ」 「しもやけだけじゃなくってー?」  まぜっ返してくるリオネルの言葉に笑って――  声を立てて笑うことができた。    自室に戻り、書き付け用の紙を取り出す。  少し考えて、ローグ・オルブライトの名前と、魔力過多症の懸念がある旨を書き記し、管理課によるサポートを受けたい旨書き添えた。  折りたたんで――、もう一度開いて、本人へは自分からの依頼である旨伝えないで欲しいことを書き加えた。  一つ息をはいてから文面を読み返し――    折りたたみ直して、扉の前に立った。  管理課と繋がる、魔道具の一種。  ゆっくりと膝を折り、少しの間、扉を見つめる。    二年前のあの日。  ノアを拒んだ人。  突き放して、褒めてくれて、  遠ざけて、引き寄せて――      でも――    扉は、書き付けを差し込んだ瞬間うっすらと光り、少しだけその魔道回路が浮き上がった。  手のひらを握る。  指先が、冷たく白くなった。  それから、にじんだ回路の光が消えて、書き付けもいなくなった。  あの笑顔が、まだ瞼の裏に残っていて。    だって――    守りたかった。     ◇ ◇ ◇  妃殿下への承認依頼  整理番号:該当なし  件名:ローグ・オルブライト氏 救命措置に伴う番い組み合わせ再検討の件  標題の件につき、健康上の理由に基づく番い組み合わせの再選定について、下記の通りご承認賜りたく報告申し上げます。  一.再選定理由  歴八四五年十一月五日、オルブライト氏の健康状態に関する懸念について、ノア・ブラントル氏より調査依頼を受理。  同月七日より、依頼内容に基づき面談および検査を実施し、魔力過多症と判断した。  一般的対処法による改善を促したが、当該症状の改善には至らず。  同月十五日、身体的負荷の増大および生命維持上の懸念から、救命措置として番い組み合わせの再検討が不可避と判断。  再検討の結果、ブラントル氏以外との組み合わせは成立困難と判定されたため、例外措置として再度の組み合わせを妥当と判断する。  二.例外措置に関する所見  過去二回の組み合わせ検討経過は以下の通り。  初回.両名顔合わせ前に辞退  二回目.両名盲面による顔合わせ、交渉受諾。後日オルブライト氏申し出により組み合わせ解消。  オルブライト氏は、二回目組み合わせ解消申し出時のみ非盲面で面会。ブラントル氏は盲面解除なし。  以上より、当該組み合わせの解消理由は個人間の相性に起因するものではないと判断する。  三.ブラントル氏への配慮事項  本件組み合わせ検討以外に現時点で有効な対処法が存在しないことについては、  ブラントル氏の意思決定に影響を及ぼす可能性を考慮し、伝達を厳に慎むものとする。  以上  魔力資源管理課  歴八四五年 十一月十六日  セロ・ワーグナー   ◇ ◇ ◇    裁可  救命可能な最低限の行使に限るものとする。  当該対象のディッカー専任化は認めない。    

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