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第46話 同意

 アーネスト率いる師団が、特殊師団だとか、特殊室だとかいう呼ばれ方から解放されて、炉環師団という名前を拝命した頃、  ノアは、再び番い組み合わせの打診を受け取っていた。    ローグとの。   「番い……ですか」  管理官と会う時の、いつもの部屋。  告げられた言葉を少しずつなぞり直して、  体中の血が、どこかへ行ってしまったような気がした。 「ただし、今回はオルブライトさんにディッカーとして戦力となっていただくためではなく、あくまで救命措置としての運用です。  ですから、通常は性交渉にて交渉実施いただくところ、代替経路を検討の余地があります」  救命措置、という言葉に、目の前がふと明るくなった。 「救命措置というのは、どういうことですか」  口を開くと、管理官は少し黙って、それから静かに告げた。 「ブラントルさんのご懸念の通り、  オルブライトさんには、魔力過多症の所見が確認されました」  手のひらを握りしめる。  人差し指の背を親指でなぞってみて、それから、握り拳を太ももに押し付けた。 「――ご家族や、親しくなさっている方のご協力によるコントロールが可能だと、伺ったことがあります」  顔の見えない管理官と、しばらく顔を見合わせて、  管理官は両の手を組んでからため息をついた。 「――そうですね。……とはいえ騎士なら、恋人が毎日隣にいるわけではないでしょうし、ましてや奥方様ならなおのことでしょう」  ローグは、危険な拠点にも出入りの多い、歴戦の騎士だ。  管理官の言うことももっともに思えた。  太ももに押し付けた拳から、指の力を抜いてみる。  ほんの少し、指先の震えているのがわかった。 「無理にとは申しません。あくまで救命措置的扱いではありますが、番い交渉のあり方は通常と変わりありません。  ブラントルさんのご意志が最優先ですし、  拒否しても、ブラントルさんのお仕事、社会的地位、もちろん騎士団での評定にもなんら影響は致しません」  過去二回の交渉組み合わせ打診の時にも、同じことを聞いた。  番い交渉の拒否により、ウルラ候補者がなんら不利益を被ることはない。    確かに、ヤケクソで番うことを断った十八の頃も、それで何か不利なことはなかったように思う。  だけど――   「拒否したら、――オルブライトさんはどうなりますか」 「そうですね。他の方と組み合わせ検討となります」  やけにきっぱりとした答えに、違和感を覚えた。  先ほどの、番い以外でのコントロールについて聞いた時とは違う、  決まりきった、用意された答えのような――    二度目。  ローグとの組み合わせ打診は、これが二度目。  自分以外に適合する相手は、……いるんだろうか。  知らず、つめていた息をはきだし、体の強張りを解く。  目を閉じて、ローグの顔を思い出してみる。    つい最近に見た、面白そうにこちらをながめる顔。  雪原に立つ騎士、斃れる二頭の狼。  寝床の上で見た、喉仏。  煙の中の、屈託のない笑顔。  装備を手入れするローグの、背中。  好きだった人だけど、――それだけじゃない。  ローグがノアに未来をくれたように。  ノアも、ローグの未来を守りたかった。 「……お受けします」  まっすぐに管理官を見て、言葉を舌に乗せた。 「交渉の経路は、――必要に応じて対応します」    通常の番い交渉のような準備期間は設けない、と管理官は言った。  だから、数日後にはもう、交渉前の顔合わせと交渉開始の日を迎えてしまった。  努めて普段通りに仕事をこなし、食事をして、眠って――。  時折手が止まっては、ローグの顔を思い出した。  それでも。  この決断に間違いはなかった。  少なくとも自分の中で、これ以外に道はなかった。    部屋に入ると、すでに室内に待機していたローグと、管理官の姿が見えた。 「すみません、――遅くなりましたか」  二人の前に、空になったカップが置かれているのを見て、二人が部屋に入って短くない時間が経っていたことを察した。 「いいえ、今、オルブライトさんとお話をしていたところです。時間通りですよ。」  ノアの記憶の通りに、凄みのある目つきでこちらを見たローグは、眉間に皺を寄せ、それから管理官に顔を向けた。 「この候補者は、まだ若いんだろう。  せめて、ちゃんとディッカーをやれるやつと番うべきだ」  ソファへ腰を下ろそうとしたノアは、そのローグの言葉に立ち尽くした。 「でしたら、それについてはご自身で候補者殿とお話をなさってみてください。  私どもはすでに本件の受諾をいただいておりますが、  ウルラ候補の方はいつでも同意の撤回が可能です」  管理官は、手振りでノアに座るよう示し、手元の書類をまとめ直した。 「いつでも。――撤回は可能ですからね」  ソファに腰を下ろしたノアの顔を見て、念を押すように告げられて、ノアは小さく頷いた。  それを見た管理官は、「では」と場を仕切り直して、ノアとローグの顔を見比べた。 「改めまして、あなた方が、今回番いの候補として組み合わせとなりましたお二人です。  あらかじめお伝えの通り、オルブライトさんをディッカーとして戦力に加えるための番いではなく、救命措置としての番いとなります」  管理官は、そこで言葉を切って、ローグの顔を見た。 「ついては、オルブライトさんの側に本件の拒否権はありません。  人命の救助のため。――他に代替手順がないためやむを得ない措置とご理解ください」  ソファの上で、両の手を握る。  そのまま両手を組み合わせて、指先に力を込めた。  向かいのソファから、小さくため息が聞こえた。 「交渉経路は、――今回の目的を鑑み、一般的な性交渉によるものではなく、  粘膜と皮膚の接触による、非侵襲的な経路作成の手順を取ります」  その言葉にノアが首を傾げると、管理官が「つまり」と口を開き直した。 「簡単に言うと。  ウルラ候補殿の耳下、比較的皮膚の薄いところへの、オルブライトさんの口付けによって経路作成可能と判断します」  その言葉に。  お守りの場所へ手が伸びた。 「――他はないのか」  ローグの言葉に目線を上げると、その目はノアが耳の下にやった手に向かっていた。 「他ですか?」  管理官の問いかけに、ローグが少し首を傾げた。 「……差し障りありそうだぞ、ウルラ候補殿は」  顎で耳元の手を示されて、思わず手を下ろす。 「いや、……いえ。大丈夫……です」 「いやだったら、遠慮なく断ってくれ。  ――俺は、あんたみたいな人に迷惑をかけてまで騎士を続けたいとは思っていない」  答えを言い淀んだノアに、ローグが口を挟んで、  ――ただ。  いやだ、とだけ思った。 「――俺のちょっとした貢献で、誰かの命を救うことができるなら、それで充分です。  俺の決めたことです。あなたにとやかく言われる筋合いはありません」  そこまで言い切って、  耳元の手を下ろした。 「経路も、問題ありません。……他には、何かありますか」  管理官に向き直って続きを促すと、  想定される回数や、時間。  道ができた後の注意点などを説明され、ノアは大人しくそれを聞いた。 「この部屋以外での接触では、基本的に番いの道がつくことはありません。  ですが逆に言うと、この部屋での接触は、道ができやすいのです」  管理官は、ノアとローグの顔を交互に見てから、こう言った。 「耳元での道の形成には、時間がかかります。  その間に、より道のできやすい――例えば粘膜での接触が重なると、道はそちらにできてしまいます」  耳下の細い道ならば、少なくとも十日程度、と先ほど聞かされたところだ。  ノアが頷くと、管理官はノアに顔を向けたまま、言葉を続けた。 「つまり、例えば口同士での口付けが何度も行われた場合、耳の下よりはずっと道ができやすいです。  ただしそうなると、今後一生ウルラ候補殿は誰とも口付けをかわせないことになりますから。  お二人の間で、口付けは厳禁です。」  笑うように腹が震えて、音にならないまま喉からこぼれた。  口付けを、何度も。  ローグとノアが。  あり得るはずもなかった。  管理官の懸念は、番い交渉した時にできる道の、排他性のことだ。  番ったウルラの道の場所には、排他的な魔力障壁ができる。  それが、今後のノアの、社会的生活に支障を及ぼさないように。  無用な配慮に笑いがこぼれ、  それから、自分の未練がましさが管理官に見透かされていることも痛感した。  ゆっくりと頷くノアを見て、管理官はローグにも顔を向けた。  怪訝な顔をしたローグは、管理官に顔を向けられて小さく肩をすくめた。    それで、管理官は一つ頷いた。 「――よろしいでしょう。では、この交渉は事前の準備期間不要ですので、  この後お二人で必要なことを話し合いの上、進めるのであれば、本日から処置開始としてください」  告げられた言葉は、先に聞かされていたものだったけれど。  改めて聞かされて――  手指を握り込んで、指先をこすり合わせた。  ――覚悟なら、できている。    これが、  ――自分のしたことだ。    

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