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第49話 代償

 その後管理官を呼び、簡単な確認を経てその日は終了となった。  このあとしばらくは、ノアとローグの二人に運用を任せるとのこと。  また十日後、ノアの道の形成を確認することを確認しあって解散した。  自室に戻り、寝台に広げた毛皮の上に寝転がって、頬を柔らかさの中に埋めた。    ――疲れた。  なんだろう。  怒って、泣いて、耐えて、――それでも不安で。  まだ少し腫れぼったい気のする目元を、毛皮の中に隠した。  だけど――  自分の中で一つ、わかったことがある。  こうして番ってしまったら、  他の誰にも奪われない自分だけの繋がりを、ローグとの間に持つことができる。  そのことを、本当は、嬉しく思ってしまっている。    そう気づいた。  嬉しがる資格なんてない。  それなのに。 「……わかってる」  ゆっくりと、体を丸めた。  両脚を腕の中に抱えて、毛皮の中にくるまる。  もう、二度とあの人に顔向けできない。  これが、自分のしたことだ。   「異動ですか」  ノアが言うと、部長は椅子の背もたれにどっかりと体を預けてため息をついた。 「いつかこうなるだろうとは思っていたがな。  ――師団長殿が熱烈にご要望だ」  その言葉に、少しだけ胸元がそわそわとした。  望んでもらえるのは、どんな形であっても、嬉しい。 「思っていらしたというと、どういうことですか?」  眉を少し上げた部長は、少し考えてから、口を開いた。 「――そりゃお前、むしろ今まで事務官も補佐官もいなかったのがおかしいだろ」  ルイアナ王国の誇る花形騎士、一人で千人力の戦力を誇るディッカー十名ほどを抱える炉環師団。  たしかに、事務官も補佐官も不在でよく回っていたものだ。 「お前は補給線も作れる、資源管理も予算管理もできる。喉から手が出るほど欲しい人材だったと思うよ。  参ったなあ。一人入れても足りる気がしない」  部長の言葉に、いくぶんかの優しさが含まれていたにせよ――  惜しんでもらえたことと、少なくとも求めてもらえたことは、  ノアの心を大きく慰めてくれた。  だから、――ちゃんとやり切ろう。  そう思えた。 「ローグ……さん」  次の日も、交渉のための部屋に二人顔を合わせて、ノアとローグはソファで横並びになっていた。 「管理官殿の仰っていたことを考えてみたんです」  ソファに深く腰掛けたローグは、沈黙でノアの言葉の続きを促した。  小さく喉を鳴らして、言葉を続ける。 「道は、粘膜などの皮膚が薄いところで、よりできやすいとおっしゃいました」  ローグは、黙ったまま一つ瞬きをした。 「つまりその……。強く、吸い上げるなどして内出血を起こしたりしたら」  言葉を区切って、少し黙り込む。    以前ローグにも言われた。  これは、恋(・)人(・)を(・)可(・)愛(・)が(・)る(・)た(・)め(・)の(・)手(・)段(・)だと。  だけど―― 「少しくらい、この交渉の期間を縮めることはできそうじゃないですか」  痛いほど強ければ、余計なことを考える隙もないんじゃないか。  そういう打算があったことは否めない。  少しの間、ローグがまじまじとノアの様子を眺めて、  視線の定まらないままに、ソファの背もたれに体重を預けて、  それから、ため息をついて、口を開いた。 「あんたたちみたいなのの危機管理意識は、どうなってんだ」  少しだけローグの顔を眺めてから、口を開く。  意識していないわけじゃない。  ただ、ノアも耐える必要はあるけれど、ローグにとってもこの時間は体力のいることなのだと理解したので。 「……現実的じゃないですか」  ノアの言葉に、ローグはため息をついて、天井を見上げた。  そのまま背もたれに頭を預け、しばらく沈黙した。  大きなため息の後、ローグの声。   「――無理だ。あんた、首に跡つけて、昼間普通に仕事する気か?」 「…………?」  うまく意味を掴めないでいると、ローグが顔を起こしてからこちらをみて、また天井を見上げた。 「わかってないのか?」 「……すみません」  ローグが、体を起こしてノアに向き直った。 「あのな。……それは、あんたが誰かに抱かれた印になる。  そんなで一人騎士の中にいて、どうなるか想像してみろ」 「どうなる、って……」    さっと、こめかみを血流の走り抜けたのがわかった。  ――それは、あんたのしたことだ。  ただあの時は、ローグはノアを一人にはしなかった。  黙りこくったノアを見て、ローグはため息をついた。 「……効率の良くなる可能性はあるんだろう。  だが、――俺は無理だ。すまん」  謝られて、何も言えなかった。  この人は、いつでも誰かを守ろうとする。  誰に求められていなくても。 「……わかりました。変なこと言って、すみません」 「――いや……、ああ……」  何かを言いかけて、それから額に手をやって、ローグは小さく頷いた。 「はじめるか」 「――はい」  ローグの声に、ノアは膝を抱えてソファに座り、首筋をさらして頭を背もたれに預けた。 「――我慢すんなよ。……泣きたきゃ泣け」  それから、耳にかかっていた髪の毛を払われて、びりびりとした感覚――気持ちよさが、ノアの背中を揺らした。 「――悪い」  首を振る。それから、ノアは小さく言った。 「一番初めは、触る前に教えてください。  ローグさんのそれ、魔力が溢れていて……、すこしびりびりするんです」 「……は?」  おや、と思う。  管理官は、このことを説明しなかったのだろうか。  少し首を巡らせると、明らかに怪訝な顔をしたローグがこちらを見ていた。 「お聞きでないですか、――管理官殿から」 「――何をだ」  唸るように応えたローグに、足を下ろして、体ごと向き直ってから手のひらを差し出す。 「握ってください」  ローグが眉を寄せたが、ノアはさらに手を前に出した。  少しの間その手を眺めてから、ローグが手を差し出す。  ノアは、それをしっかりと掴んだ。  そこから、びりびりとしたくすぐったさが走り抜け、二の腕まで伝わってきた。   「――――っ、ぁ」  ローグが手を引こうとして、ノアはそのまま引き寄せられる形に体勢を崩した。  目の前の体に抱き止められて、ローグの首のあたりにぶつかった頬、耳にも同じような感覚が走る。 「…………っ、ん、――ん」  体の震えがローグに伝わってしまう。  腕を突っ張って距離を取ろうとしたところで、ローグの腕が体に回ってしっかりと支えられた。  より密着した耳のあたり、髪の毛の下も、びりびり、チリチリと快感が行き交い、声にならなかった吐息がローグの肩に落ちた。 「……あんた、それ――」 「は、……離して」  思ったよりずっとか細くなった声が、震えて二人の間に落ちて、  ローグの腕が緩んだ。  ツキンと、痛んだものが何かは、  わかっていたけれど――考えたくなかった。  

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