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第53話 鏡

 ヘイデンと並んで、本部棟へ歩く。  師団の執務室などがある建物は回廊や中庭を挟んで向かい側で、その道中ヘイデンはずっと恋人のかわいいところを延々と語っていた。 「――それで、ツンツンしてるのがもう本当、たまんなくて」  黙ってさえいれば、長い手足と恵まれた長身に、人懐っこい笑顔がかわいい美形の騎士なのに、  ひとたびリオネルのことを語らせると、どうしてこんなに残念な感じになってしまうのか。  それでも、番いで、恋人同士の二人の空気は暖かくて、  この二人と一緒にいるのはいつも心安らげるものだった。  ――たとえそれが、時々見せつけられるイチャつきと引き換えでも。 「じゃあ、帰ってきてからは休暇?」  ヘイデンが魔力過多症の影響で倒れてからは、少し会えない時期があると、譲渡ができていても、リオネルが不安がるのだそうだ。  だけど、そんな時のリオネルはなぜかツンツンしていて、それが余計たまらないらしい。  だから遠征の後は、なるべく休みを利用してリオネルと過ごすのだというヘイデンに、次の予定を聞いてやった。 「うーん、そうしてくれると嬉しいなあ」  へら、と笑うヘイデンに、ノアも思わず眉が下がった。 「ヘイデンが疲れてないなら、どこか出かけるのもいいかもね」 「――えっ、……それいい。すごいいい。ノアさんならどこがいい?」  中庭を抜けたところ、回廊の手前で口元に手をあて、立ち止まってしまったヘイデンに、ノアも足を止めた。 「俺に聞くなよ。……王都はまだ二年目だしよく知らないよ」 「えーっ、せっかくなら行ってみたいとことかないー?」  問われて少し考える。  ノアは、別に自分で望んで来たわけではない。  だから、王都で行ってみたいところなども特になかった。 「……あ、そうだ」  ふと思い出して口を開く。 「ミケルーの毛皮の市場行ってみたい」 「……ええ?!」  素っ頓狂な声を上げたヘイデンに笑って向き直り、動きを止めた。    目線の先、回廊の先を曲がる騎士の姿。  背の高い、大きな体。  後頭部で無造作に束ねた長い髪。 「ノアさん?」  ヘイデンの声で我に帰る。 「――リオネルとなら、どこに行くのか一緒に考えるだけでも楽しいだろ」  所属が同じだと、こうも簡単に見かけてしまうのか。 「それはもう絶対そうだね。今夜話してみよう」  二年間忘れていられたのは、  ——忘れたことなんてなかったけれども、  離れていたから。 「……そうしな」  ……離れるべきなのか。  リオネルはノアの顔を見ると、ヘイデンを部屋の外に追い出し、ノアを処置室の椅子に座らせた。  ヘイデンが何かをリオネルに耳打ちすると、  リオネルが顔を赤くして、でも少し嬉しそうにヘイデンを追い出していたのが、かわいかった。   「ノアさん、こないだの話だよね?」  リオネルの視線がノアの手に落ちて、全身を見て、また顔に戻ってきたので、  ノアはリオネルに頷いて返した。 「そう。……管理課に連絡したよ、ありがとう」  ノアが言うとリオネルは少し笑んで、それから口をひらいた。 「よかった。じゃあ、何か対処は取られたってこと?」  それに頷いて返すと、リオネルは何度か頷いて、少し姿勢を楽にした。 「ああ、……何か容体が悪化したとかだったらどうしようって思った」  それでヘイデンを出してくれたのか。  細かく聞くとなれば、どうしたって個人の話になるから。 「心配かけてごめん。ただ少し聞きたいことがあって。その――」  リオネルの配慮に感謝しつつ、言葉を繋げる。 「人肌での発散って、どれくらいも(・)つ(・)のかなって……」  尻すぼみになったノアの言葉を聞いて、リオネルは一瞬動きを止め、目線を下ろした。  それからまたその目線が、ノアの手、全身、顔のあたりをめぐり、ゆっくりと口を開く。 「――念のため聞くけど、……いやなら答えなくていいけど、  その発散は、ノアさんが自分の意思でやってあげてるの?」  そう問われて、すぐに返事できなかった。  そこに、ノアの意思はある。  でも、それだけだった。 「……俺じゃないよ」  なんとか絞り出した答えに、リオネルがノアの顔をじっと見た。  それから、そのままリオネルが口を開く。 「そっか。……じゃあ、その人に教えてあげて。  ――魔力の発散は、あくまでその人のはみ出した魔力をなんとか払ってあげるための一時的なものだから、  本質的な解決にはならないし、ほとんど日をおかずにしないといけないから、負担も大きい」  そこまで言って、リオネルは一度言葉を切った。   「なにより、もうわかってると思うけど、魔力をもらうだけで、その人の体はずっと刺激され続ける。  ちゃんと親密な間柄で、お互いの合意の下でするんじゃない限り……」  わかってる。  その先を書きたくなくて、小さく首を振る。 「性被害なんかの、リスクが高すぎるから。ちゃんと――」  ノアが首を振るのに目をとめて、それでも、リオネルは言い切った。 「ちゃんと、それがなくてもセックスできる間柄なんじゃない限り、――やめた方がいい」  少しの間、息ができなかった。  心臓の裏に、何か冷たい刃物を突きつけられたように、  身体中が強張って、  震えた。  だって、    被害者は、ローグで、  加害者は―― 「どれくらいもつかは人それぞれだけど、ヘイデンは急性期、……成長期、っていうのかな。  その時は十日しないうちに倒れた。伝えてあげて。……ノアさん」  自分で。 「……うん」  それでも、やめてあげるなんてこと、  ――決して考えられなくて。  

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