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第54話 すべきこと
物言いたげなリオネルの目線をかわして、ノアは医務課をあとにした。
本部へ戻るため、階段を昇りながら考える。
遠征は二、三日。
遠征までに道を作ることは無理でも、交渉にそれくらい間があく程度なら大きな問題ではなさそうなこと。
十日目に管理官が確認しに来るのも、早ければその程度でできる可能性があるから。というものだった。
つまり――
「おい」
はっと顔をあげると、眉間に皺を寄せたローグが二段上にいた。
「前見て歩け、主任」
口を開いて、少し息を吸って、
そのまま飲み込んだ。
思わず目線を下げると、ローグがノアの横を通り過ぎて――
「あの」
思わず飛び出した声が、続かなかった。
振り向いた先、一段下にいるローグの、
目線の高さが同じで――
「――あ、の」
その目に、自分を映したくなくて、
顔を伏せて、それから頭も下げた。
「推薦してくださったと聞きました。――ありがとうございました。
お礼も何も言わずじまいで」
「礼なんかいらねえよ。やることやっただけだ、気にすんな」
顔を伏せたまま、唇を噛んだ。
「――顔あげろ。しゃんとしろ」
階段の木目を睨みつけて、ローグの手を見て、口角を上げた。
「それでも、ありがとうございました。……すいません、それだけです」
もう一度頭を下げて、階段に向き直る。
足を持ち上げて、階段を上がりきっても、ローグの気配はまだそこにあって――
思わず、廊下を走り出していた。
夜。
扉の前。
食事を済ませ、体を清めて、楽な格好になって――
全ての支度を整えて、ノアは立ち尽くしていた。
きっともう、ローグは部屋にいる。
どれほど自分の矜持に反していても、
一度受け入れたからには必ず全うするし、責任を引き取る人だから。
こんなふうに、一度始めておいて、迷ったり、尻込みしたりすることなんてないだろう。
拠点でもそうだった。
ノアのことを一度引き受けたからには、茶番を打ってでも守って、
自分に骨抜きの、――間抜けな指揮官を演じてくれた。
「ふは……」
扉に手をついて、しゃがみ込む。
本当に骨抜きだったなら、きっと今ごろノアはまだあそこにいて、ローグの体温と、日々の小さな自尊心で満たされていた。
周りの目も、手助けも、自分の立つ足場の小ささにも気づくことなく。
そしてローグはノアで魔力を払い、何も気づかずに命を削っただろう。
ローグは、やるべきことをやっただけだ。
ノアを徹底的に遠ざけ、拠点の秩序を取り戻し、あるべき姿を取り戻した。
大きく息を吸って、
――吐きだす。
やるべきことを、やるだけだ。
立ち上がって、扉に手をかけた。
たとえそれが、間違いだとわかっていても。
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