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第56話 共犯
「――っおい、どうした?」
同じところまで降りてきた声が、ノアの耳朶を打った。
首を振って拒絶して、膝の間に顔を隠す。
両腕で抱え込むようにして、できるだけ体を小さくした。
衣擦れの音がして、ローグの気配が近くなる。
「なあ、顔あげてくれねえか」
無理だ。
今、耳まで赤い。
こんなふうに期待させられて、普通の顔なんてしていられない。
「頼む、……あんた一人にはしねえから」
「すこし、――少しだけ、待って」
待ってください。
声になるかならないかの言葉は、床に落ちて小さく跳ねた。
足が痺れて、腕を緩めて、床の木目を視線でなぞる。
ローグの膝、脚、腕、それから肩。
顔はまだ見られない。
「――いいか?」
よくない。
腕が伸びてきて、体に腕を回された。
それから、引き寄せられて、
「――ま、……まって」
「無理だな」
小さなため息とともにローグが言って、肌の触れ合ったところがびりびりと震えた。
「やだ」
「……すまん」
床に膝をついたローグにしっかりと引き寄せられて、抱き上げられた。
「――っ」
咄嗟に腕を首に回す。
ひとたびそうしたら、離れられる気がしなかった。
「そうだ。しがみついてろ」
持ち上げられて、
そっと、寝台に座らせられた。
ローグの腕と匂いに包まれたままで、首をすくめる。
「触るぞ」
いやだ。
息が浅くなって、片手で口元を押さえる。
ローグの体がもう少し近づいて、口を押さえた手の甲が、ローグの首すじに触れた。
「――っん」
震えが背筋を走った。
「背中、手ぇ回せ」
――できない。
手のひらの中に呼吸を隠して、眉を寄せる。
動かないノアの耳元に、ローグが顔を寄せた。
「いいか。お前をそうさせてるのは、俺だ。
――許せよ」
「――――っあ、やぅっ!」
お守りの場所に、口付けられた。
口元を隠す手もローグに取られて、そのまま寝台に押し倒される。
「や――っ、ゃあ……」
ぞくぞくと背中を走り抜けるのが、魔力なのか、快感なのかわからなくて。
耳元にかかるローグの熱い息に、ノアはローグの手を握りしめて、首を振るしかなかった。
しばらくしてローグの唇が離れ、押し付けられていた体重が軽くなった。
縋りついていたローグの手は離されて、その両手が耳元から髪の毛の中に差し込まれた。
「なに……」
その手のひらからも、びりびりとぞくぞくが染み込んできて、
荒く跳ねるままの息を整えられずに、ローグの顔を見上げる。
「……くそ」
小さく吐き捨てられた言葉が落ちてきて、ノアのこめかみに唇が触れた。
「――っ!」
思わず曲げた脚の内腿で、ローグの脚を挟み込んで耐える。
そんなノアに構わず、ローグの唇は耳の前、頬、あごのラインを順にかすめていった。
悲鳴なのか息なのかわからない音が、喉から漏れて、
心臓が肋の奥から体をドンドンと叩き、
逃げ出したくて体をよじり、
鼻先同士が触れ合って、二人の呼吸が混じった。
しばらくの間、二人の呼吸の音だけが聞こえている。
あと少し。
ローグの目を見つめながら、あと少し首を伸ばしたら、唇が触れそうな距離。
ローグの親指が、ノアのこめかみをなでて、それから、
目線が外された。
わかっている。
あり得ない。
でも、勢いに呑まれた体は素直に期待していたから。
「――終わったか」
ローグの手に、ノアがもう震えていないことに気づいてローグが言った。
髪の中に差し入れられた手の親指が、ノアの目尻をなでる。
「――どうしたら、あんたは泣かずに済むだろうな」
親指で拾った涙を、そのまま人差し指とこすり合わせて拭いとるローグに、また泣いてしまっていたことを気付かされた。
「……気にしないで、ください」
そうだ、これは。
これも、茶番だ。
「無茶言うなよ。……あんたはただでさえ我慢するのに」
穏やかなローグの顔を目に入れていられなくて、ノアは目を閉じた。
頬に触れた唇が、少しずつノアの顔を啄みながら、耳元へと落ちていった。
「――っぁ、っ……ん!」
髪の中に差し込まれていた手が、後ろへと移動して、ノアのうなじのあたりをなで下ろす。
思いがけない刺激に声が上がって、背中がそりかえって脚が跳ねた。
「どこもかしこも敏感だな」
耳元で言うローグに、喉が鳴って返事をした。
刺激に耐えかねて縋り付くノアの脚を、ローグの脚が外側から挟み込んだ。
逃げ場がなくなって、腰だけをよじる。
「……頼むから、あんまりいい反応するなよ」
「む、――無理」
我慢するなって言ったのはあんただ。
それでなくても、全身でローグを感じて、もうどうしようもないのに。
ローグは容赦なく耳の下に唇を這わせて、ノアの理性を奪っていく。
「ぁ、や、ロー……、ローグさん」
「ん。そうだ。――俺のせいだ」
その指先はノアの背中を這い、腰をなでて、時折指先にも絡まった。
そんなことをされると、どんなに違うとわかっていても、かわいがられているのだと錯覚してしまう。
空いた手のひらでローグの背中にしがみつく。
堕ちきってしまいそうな心を、なんとか奮い立たせないといけない。
「ローグさん、……ローグ、っあ、――ん」
間抜けなことに、そのすがる先が、巧みに自分を陥落させようとしている相手だなんてこと、気づいてもいなかった。
ギリギリの波が、何度も押しては引いていく。
ノアはおおよそ人に見せられたものではない弱さを曝け出しながら、なんとかこの日の交渉が終わった。
折り重なるように襲いくる緊張感と、快感。それから、弛緩。
交渉が終わった時にすっかりあがった息をなんとか整えていると、緩んだ手足は重く、目の前はぼんやりと白くなった。
「――このまま寝るか?」
「……やだ」
あそこに帰りたい。
あたたかい、お日様の匂いと、その奥からローグの体温が立ち上る、自分の寝床。
顔を寄せた先に、その全部があって、ふと体から力が抜けた。
「――ああ、おい。……なあ」
「――はい……」
何かを答えたような、何も言わなかったような。
そのまま、何をすることもできずに、意識は溶けていった。
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