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第58話 余熱

 このまま眠るだなんて無理だ。  そう思っていたのに、いつだってノアは安心して眠ってしまう。  ふと気づくと室内は薄明るくなっていて、ノアはローグに身を寄せて眠っていた。  拠点と同じだ。  用意されていた上掛けはたっぷりとしていて、つま先がはみ出すことはなかったけれど、  暖かいところに余すことなくくっついて、甘えきっていた。  そっと体を離す。  ローグが身じろぎして、薄く目を開けた。 「起きたか」 「はい、その。おはようございます」 「ああ」  少し目を細めたローグがこちらを見て、口を開きかけてから閉じた。 「……久しぶりにすっきり目が覚めたな」  体を起こしたローグが言って、その理由に思い至る。  魔力が、ずっと払い続けられていた。  ノアがくっついていたから。 「それは、良かったです」  体を起こしながら、またもう少し離れた。  ローグがこちらを向いて、少し目を合わせる。 「あんたのおかげか」  そうだ、とも。違うとも言えなかった。 「そうか。こういうことなんだな」  それきり手のひらで目の上を覆ったローグに、ノアはしばらく何もいうことができなかった。  四回目の夜。  結論として、ノアの二、三日の遠征は、管理課によって問題ないと判断された。  部屋を訪れた管理官から、あと二回の交渉の後、数日を様子見のためスキップすることが伝えられ、ローグとノアはそれを了承した。  交渉の再開はまた伝達されることとなり、管理官は部屋を去った。   「今日はいつもよりずっと体が楽だった」  向かいのソファに腰掛けたローグが言った。 「これまでも、魔法をしっかり使った後はよく眠れることはあったが、正直だるさもあった」  目を上げると、ローグは足に肘をついて体重をかけ、下を向いていた。  そこから少し頭を上げて、まっすぐこちらを見てローグが口を開いた。 「助かった。礼を言う」  ノアは小さく首を振って、それきり二人はしばらく無言だった。 「はじめましょう」  ノアが言うと、ローグも小さく頷いた。  ゆっくりと立ち上がり、寝台へ足を踏み出す。  すぐ目の前まで来た時に、ローグに腕を取られた。  そのまま抱き寄せられて、大人しくその腰に腕を回す。  まだ肌は触れ合っていなくて、でも、理由のわからないぞくぞくがノアの体を駆け巡っていた。  ああ、今日もまた。  いやというほど、好きを思い知らされる。  それから、肌同士を触れ合わせて、ふるえながら声を上げた。  やがてお守りのあったところを暴かれて、くたびれはてて寝台で眠りに落ちた。  ローグの、腕の中で。  そんな恐ろしいほど甘苦しい夜を二回繰り返してから、ノアは遠征に発った。  時は年の瀬、小雪降る日の出立だった。  本来なら、小隊一つ出して当たる任務だとアーネストは言っていた。  だがこの冬は大雪が重なり、大人数での移動が困難になっているという。  砦などの補給線を辿るわけにいかない今回の道程、ディッカーと人間倉庫のノアとが組むのが最適解だったということらしい。 「ノアさん、この天幕すごい」  自分で設営しながら感嘆の声を漏らすヘイデンに、ノアは笑った。  冬季の野営は厳しい。  蝋引きの布と毛皮――おそらくヘラジカの、を貼り合わせた分厚い天幕を、雪を踏み固めた岩陰の平らな場所に設置し、  中にはさらに厚くて断熱性の高い布と毛皮を敷き詰める。  率直に言って、めちゃくちゃ暖かい寝床になっている自信がある。  普通の行軍では持ち歩けない、天幕内を温めるための温石――冷えてしまえばただの重たい石も、ちょうど良い形のものをいくつも用意してある。  これは、こうした冬の行軍に備えてノアが川原で集めておいたものだ。  起こした火の周りをそれらの石で囲み、休むときや寝ずの番の足元に置けるようにしておいた。 「ノアがいると遠征がいつも快適だけど、真価を発揮するのはやっぱり冬だよな」  馬を繋いで世話をしてきたルベルが戻ってきて言った。 「真価ですか?」  面白くなって聞いてみると、ルベルも面白そうに笑って続ける。 「ノアの鞄から、ぞろぞろ毛皮が出てくるのはいつ見ても面白いよ。  あー、ノアだな。って思う」  言いながらノアの手から水の瓶を預かり、汲んでくる、とその場を離れた。  ありがたくルベルに任せることにして、焚き火の周りを整える。  鍋を出して、作業台を簡単に用意して、食材を取り出す。  食事を期待されているようだから、温まるものをこしらえてやろう。  そう考えながら、ノアは手際良く食事を支度してやった。  時折二人にも手伝わせながら支度を済ませ、冷めないうちにいただき、  明日に備えてノアは早めに天幕に引っ込んだ。  温めた石を天幕の中に配置して、布に包んで足元にも置く。  それから気に入りの毛皮にくるまって、体を丸める。  長時間駆けっぱなしで体は疲れ切っていた。  すぐに眠れるだろう。  そう考えて目を閉じる。  体を押し付ける先がなくて、指先が空を切った。  ほんの一瞬だけ、ここ数日で慣らされたあの体温を、恋しいと思ってしまったけれど。  ノアは頭まで毛皮にくるまって、温石に足をくっつけて、眠ることにした。

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