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第61話 熱
部屋に備えられた浴室には、浴槽が備えられている。
贅沢な設えにため息をこぼしながら湯を溜めて、小瓶から数滴精油を垂らした。
ふわりと広がる草の香り。
その後を追いかけてくる木の匂い。
湯を温めていた火を暖炉に戻し、浴槽の湯をかき混ぜる。
腕にまとわりつく少し熱いくらいの湯とたちのぼる湯気、精油の香気に肌がチクチクとして、ぞくりとした寒気が背筋を覆った。
服を脱ぎ落として、片足を沈めた。
ぢんと痛いほど痺れるつま先に、一瞬動きを止める。
ふくらはぎを伝わるピリつきに、じい様の言葉を思い出した。
冷えた肌に、精油の刺激が沁みているのかもしれない。
それでも、襲いくる寒気に耐えきれず、もう片方も湯につけた。
そのまま湯船に少しずつ体を沈めていく。
しばらくの間ピリついた痛みが体表を這い回って、やがて落ち着いていく。
温かいはずなのに、不思議と首すじからぞくぞくとした寒気と、ぽっかりと空いた心許なさを感じた。
後頭部まで湯に沈めて、首を伸ばす。
頭の奥が重たくて、肩を伸ばしてみた。
「いたた……」
鼻先までを湯に浸ける。
頭のてっぺんまで、温かい湯に包まれて眠ってしまいたかった。
「……あんたなあ」
なぜか。
寝台の端に座らせられて、ローグに髪の毛の水気を拭かれていた。
手のひらが頭の中に差し込まれるたびに、びり、と魔力が沁みてくる。
その度に逃げ腰になるのを、ローグが腕をとって腰に回させ、「動くな」と厳命していたので、
ノアはローグの腹にこめかみを押し当てて必死に耐えていた。
「湯を使ったら頭くらい拭いとけ。そのまま寝んな」
「はい……」
結局、温まりきった気がしないまま湯から上がって、体を拭いて、部屋にあったガウンを借りたところまでは覚えている。
ふと気づくと、少し怒った顔のローグに叩き起こされて、こうなっていた。
ローグに触れたところが熱いほど暖かくて、顔を動かして頬もすり寄せる。
体に力が入らなくて、離れたくなくて、そのまま体重をもたれかけた。
「おい、寝てんのか?……今日はやめとくか?」
髪の毛を指ですきながら言うローグに、首を振って答える。
想定外に四日も開いてしまった。
ローグの体調が心配だった。
せめて、触れ合って、魔力を払っておきたかった。
「ローグさん、体調どうですか……」
目を閉じたまま尋ねる。
髪の毛をすく手が止まり、ローグの腹が少し上下した。
「別に、いつも通りだ」
嘘だ。
そう感じたけれど、理由は分からなかった。
腰に回した手で、服の裾を握りしめる。
「まず、魔力を払いましょう。……多分、溜まっているから」
ローグの指に毛先を摘まれ、湿り具合を確かめられた。
「触るぞ」
その言葉にローグを見上げると、頬から耳元にかけてを両手で挟み込まれた。
ぞくぞくとびりびりが一気にうなじから首すじ、背筋を広がっていく。
「――――っぁ、ぁ……!」
思わずローグの手に重ねた自分の手指からもびりびりが広がって、ノアは腰をそらせてその快感を逃がそうとした。
「熱でもあるんじゃないか」
両手に顔を挟まれたまま、首を振る。
湯上がりの熱気がそのまま残っているだけだ。
それよりも、覚えているよりずっと強く感じる魔力のしびれに、服の裾を握った手に力が入った。
やっぱり、魔力はずっとたくさん溜まっている。
「違……、湯上がりのせい。っん」
握りしめた手を引き上げて、服の裾を腰から引き出す。
早く、発散してあげたかった。
「待て。……待て。あんたほっといたら寝そうだから、そっちに上がれ」
ローグに止められて、顔が解放された。
腰から手を離して、体を起こす。
ノアの顔を見下ろしたローグが、少し口元を歪めて笑った。
頬を指でなぞられる。
耳の上を駆け抜けていくくすぐったさに目を細める。
「ふっ、ボタンの跡がついちまったな。悪い」
「え」
なぞられたところを、ノアも指で辿ってみる。
確かに、少しだけ指に触れるものがあった。
そうしている間にも、ローグの指が自分の上衣のボタンを外し、脱ぎ去った。
目の前の光景に思わず顔を伏せ、自分の脚が少しガウンから覗いていたのに気づく。
慌ててガウンの合わせを整える。
それから両脚をそろえて寝台に上げた。
それでも、場所を動くとガウンの裾はめくれてしまい、どうにも居た堪れなくなった。
どうしよう、ちゃんと寝巻きを着ておくべきだった。
それでも、自分が脚を突っ込んでいた上掛けの下に脚を隠すと、そこは暖かくて、少し息をつくことができた。
後ずさるように体を下げて、上掛けの中に潜り込む。
少しうつ伏せになって、温まったシーツに頬をつけると、ローグが手を伸ばして髪の毛をかき混ぜた。
「あんた今日は、なんか動物みたいだな」
びりびり、チリチリ。
「ふぁ。それ、嫌……」
シーツに額をこすりつけて首を振る。
そのまま後頭部へ降りてきた指先から、魔力のしびれが伝わって腰をよじる。
「何が嫌だ?」
体を寄せたローグの、肌がすぐそこにあって顔を上げられない。
それでも、触れなければ魔力を払えない。
どうしたらいいのかが分からなくなって、軽く握った拳でローグの胸を叩いた。
ぺち、と音を立てた拳から、びりびりが、
そのままその手を取られて、手首からはローグの熱も伝えられる。
「や、だ……」
何が嫌なのか言葉にできなくて、暖かさの方へ引き寄せられるままに、身を委ねる。
頬に触れた肌から、熱いほどの体温、ぞくぞくとしたしびれ。
ローグの匂い――。
腕を伸ばして、背中に手を回す。ガウンの袖はたっぷりと広くて、二の腕まであっという間にむき出しになった。
それを背中にくっつけて、身体中でローグを感じる。
「ぅぁ……、やだ…………」
ローグの息がつむじにかかり、うなじから、背筋にかけて指で撫で下ろされた。
体の内側に落ちていく熱と快感が、ノアの思考を奪っていく。
思考を、言葉を、全部剥がされて、むき出しになったその先、
ローグにしがみついて、その熱を求めてしまう自分がいて。
嫌だった。
「そうか」
ガウンの上から、ほんの少し、背中をゆるゆるとなぞられて、声を上げる。
どうしても押さえきれない体の震えを、ローグの腕が包みこんで、受け止めてくれた。
その腕はひどく熱くて、ノアの心許なさをあっという間に埋めてしまった。
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