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第62話 道

「ぅ……や、ぁ」  いつの間にか魔力の発散は終わっていて、ローグにいつものお守りの場所へ口付けられていた。  この日のローグは、口付けの合間にノアの肩に頭を預け、休憩することが多かった。  休んでいる間、肩が上下して大きく息をついているのが見える。 「……ローグさん。顔、見せてください」 「あ?」  ノアの声掛けに、ローグが少し顔を上げた。  両手で頬を挟み、こめかみに滲んだ汗に気づく。  暖炉から衝立を挟んでいるから、ローグの顔色はよく分からないけれど、押さえ気味の呼吸と、少し遠い目線にも違和感を覚えた。   「くらくら、しませんか」  問いかけると、ローグの目線がノアの顔のあたりを少し彷徨って、それからふいと逸らされた。   「…………いや」  嘘だ。  魔力圧の急降下だ。  高い魔力圧に慣れてしまった体が、急速に下がった魔力圧に適応できないと、  貧血の時のように、冷や汗が出たり顔色が悪くなったりすると、リオネルから聞いていた。  少し汗ばんだ首に触れると、じっとりと熱をはらんでいる。  だけど、ノアの腰に触れる手からは、たしかにいつものような体温を感じなかった。 「休憩、しましょう。そのまま寝てもいいから」 「いや、別に」  口答えしようとするローグの、少しヒゲがざらつく頬を手のひらでなでる。 「ローグさん」  汗ばんだ首すじを指先で撫でてやると、ローグは観念したように目を閉じた。 「ああ。……悪い」  肩口に頭を埋めたローグから手を離し、背中に手を回してみる。  さっきまで暖かかった背中は少し冷えていた。  こんなふうに弱さを認めたがらないローグに、喉の奥がきゅっとして、息が苦しくなった。   「なあ」  耳元で囁かれた、ため息混じりの声に目を細めた。 「はい」 「ちょっと……、あんたの体に触っていいか」  そんなことを言われた上に、肩に埋めた顔をこすりつけられて、ぱちっと目を見開いた。 「は……、い……?」  ドン!と胸の内側から心臓に扉を叩かれて、返事に詰まってしまったけれど、ローグは肯定と受け取ったようだった。 「すまん、助かる」  そう言ったローグは、ほとんどはだけていたガウンのあわせから手を入れて、肩口からガウンを落とし、ノアの背中に腕を回した。  冷えた指先に背筋が反って、地肌を滑るローグの手に腰をよじる。 「っ、ぁ……――っ」  甘えた声が喉からこぼれて、咄嗟に手の甲で口を塞いだ。  そうじゃない。  それ以上腰を動かすのがためらわれて、その代わりに脚をもじもじと動かすと、今度はローグの脚とぶつかった。  それで、思わず固まってしまう。  それからしばらく、ノアは微動だにすることができなかった。  気づけば、ローグの呼吸は落ち着き、ノアの背中に回った腕や指先の冷えは治まり、汗もすっかり引いたようだった。  規則的な呼吸が耳元で繰り返されていて、眠っているように見えた。  まるで、ノアの腕の中で。  北方での「ぶっ倒れ」も、おそらくこれだったんだろう。  疲れに、魔力の大量使用。  すぐに回復できるから、本人はあまり深刻に考えていなかったに違いない。    ただ、交戦中にこんなことになったらと思うと、遠征で見た黒黒しいウルフレッドが脳裏をよぎった。    道さえできてしまえは、こんなことは起きない。  ましてや、魔力が溜まりすぎてつらいこともなくなる。  早く、道ができるといい。  もどかしい交渉の長さを思ってため息をつくと、  ふいに渇きが喉を引っ掻いて、軽い咳が出た。 「――――」  少し、唸るように何かを言ったローグの体に力がはいり、ノアの背中を一瞬かき抱くように指先が肌を滑った。  ローグの頭が、ゆっくりと起き上がる。 「ああ、悪い。寝てた」  首を振って応える。  寝ていた相手から、思いがけず背中の弱いところを刺激されて、何も言えなくなっていた。  すぐに反応してしまう、自分の体が恨めしかった。 「……助かった」  ローグの言葉が、二人の間に落ちる。  その上を、再びローグの頭が蓋をした。  鼻先を、ローグの髪の毛がかすめる。  これが、自分のしたかったこと。  何を失くしても、叶えたかったもの。 「はい」  そのまま、交渉の続きに移ることなく、しばらく二人じっとしていた。 「――っぁ」  ようやく戻ってきたローグの暖かさにほっとしていたのに、  背中が急にくすぐられて、腰を逃しながら頭をそらせた。 「背中も弱いのか」  そう言いながら、なおも背中をなで下ろすローグの指に翻弄されて、ノアはローグの背中にしがみついた。 「……や、ぁ、ぁ、あ――!」  急にはじまったローグの仕掛けに、誤魔化しようもなくて声を我慢できない。 「かわいい声出しとけよ。我慢すんな」  回復が、早い!  まだ腕の中で眠っていたローグの余韻から戻りきれなくて、素肌に触れられるのをそのまま受け止めてしまう。  どこもかしこも素肌同士で触れ合っていて、体で感じるローグのしなやかな肌に、  胸の中では心臓が縮み上がって、怯えて、震えていた。  肩口を甘噛みされ、鎖骨を舌でこじられ、腰から尻の間を指先でなぞられる。  今までにないほどあちこちをなぞられて、ノアは腰を浮かせて声を上げた。 「……っあ。――だ、め!」  目の前がくらくらして、腰の震えが止まらなくて、そこにローグの腰を押し当てられた。    その熱。  それに、赦された気持ちになった。    ローグも、こ(・)う(・)なっていたのだと。    思ってしまった。      そのまま、お守りの場所が吸われ、軽く歯を立てられて。  刹那。 「――――!ん、ぁ、あぁ――――っ!」  ひときわ甲高く響いた自分の声に、白く塗りつぶされた瞼の裏。  隠しきれない腰の震えと、押し殺したローグの声。  違うのに。      自分の揺らぎを何一つ隠しきれていないことが無性に恥ずかしくて、  それから、脳天を世界が通り抜ける感覚がして、  ローグの頭に頬を押し付けた。    部屋の中、二人の呼吸の音だけが広がって、消えていった。  

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