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第63話 恥
ほんの少し。
ほんの少しだけど。
「ローグ、さん。……は、離して、離してください」
ノアの悲鳴を最後に、ローグの猛攻は治まっていた。
けれど押し付けられた素肌の熱さに、まだ昂っている体の震えは止められなかった。
下履きの中で一瞬ほどけてしまった欲も、隠しきれていると思ってはいない。
ただ、どうにか無様にならないように収めたくて、少し涙が滲んできた。
「悪い。やりすぎたな」
そう言いながら、額に張り付いた前髪をローグの指先に掻き分けられて、そのままそこに唇を落とされる。
違う。そんなことをするからだ。
そう思うのに、拒むことも嫌がることもできない。
浅く跳ねる呼吸を押し殺そうとして、逆に喉がひくひくと鳴った。
「湯を溜めてくるから、そのまま待ってろ」
そのまま、こめかみにも唇を落として、ローグは寝台を出ていった。
その口付けをもうどうしようもなく嬉しく感じて、顔に熱の上るのを止められない。
この男は、懐に入れた人間にはこうまで優しくなれる。
耳元を手のひらで隠して、それから上掛けもかぶって顔を隠した。
好きでもなんでもないくせに。ずるい。
「寝たか?」
ひそめたローグの声が、耳の中に染み込んでくる。
寝てない。
思うけれども、声にならなかった。
「風邪ひくぞ。俺が拭いちまうぞ」
ひかないよ……。暖かくして眠るから。
ちゃんと拭いて……、――拭いて……?
「っダメ!」
思わず声に出して目を開くと、目の前で驚いた顔をしたローグが少し顔をのけぞらせていた。
それから目を細めて、ノアの頭をくしゃくしゃとなでる。
「起きたな。あと少し気合い入れろ」
それからそのまま抱き起こされて、腰にわだかまるガウンごと、浴室へ運ばれた。
「自分でやるだろ。終わったら呼べよ、俺も使う」
無様にはならなかった気がするけれど、
されるがままで、何もできなかった。
「はい」
下履きを脱いだ時には、頭がくらくらするほど恥ずかしかったけれど、一通り洗ってからガウンを羽織り直して浴室を出る。
ローグは戻ってきたノアの頭に目を止めて、髪の毛に指を差し入れ、頬に手を触れてから寝台を示した。
「寝とけ」
ここで。
言外にそう示され、すぐに頷くことができなくてたたずむ。
そんなノアを置いてローグは浴室に向かい、やがて水音が聞こえてきた。
どうするべきか、少しの間迷った。
それでも襲いくる気だるさに耐えられず、ノアは寝台に膝をかけた。
寝ている間、魔力を払っておく。
これが今自分にできる、最善のこと。
そう自分に言い聞かせた。
寝台に残るぬくもりに、顔を覆って体を丸めて、隠れてしまいたくなっても。
そのまま眠ってるしまったようで、気づけば部屋には白っぽい朝の光が染み込んでいた。
喉が渇いて、小さく咳がこぼれる。
ローグの胸に顔を埋めて、背中に縋り付くようにしていた自分の腕を緩める。
ローグもガウンのままで眠っていたようで、足元も太ももまでが肌同士で触れ合っていたことに気づく。
「――――っ」
慌てて距離を取ろうとして、背中に回された腕にそれを阻まれた。
「起きたか」
返事の代わりに、小さく咳が出た。
頬に触れられ額に触れられて、ローグがため息をつく。
「やっぱり熱あるだろ」
「え」
首元に手を差し入れられて、その冷たさに顔を寄せ、
無意識にそんなことをしてしまったことに気付く。
顔を戻すと、ローグの手はノアの頬をなでて離れていった。
上掛けをかぶせられて、その上からぽんぽんとたたかれる。
「今夜はなしだ。管理官を呼んでくるから、少し寝てろ」
返事をしようとして、咳がこぼれて、ノアは口をつぐんだ。
目を閉じて、上掛けの中に残された体温を探る。
ふと、意識が溶けて落ちた。
「……起きられるか?」
頭に乗せられた手のひら。
穏やかで優しい声が気持ちよくて、そのままでいたくて、少し首を振る。
「寝ておいていただいたほうが良さそうですね」
突然差し込まれたその声に、ぱちっと目が開いた。
「大丈夫です、起きます」
管理官の声だった。
すっかりローグに甘えてしまっていた自分を、第三者に見られたことが恥ずかしくて、慌てて体を起こす。
ローグの手が頭から降りてきて、ガウンのあわせを整えられた。
「管理官はあっちだ。安心しろ。寝てていいんだぞ」
顔を近づけて言われた言葉に何か秘密めいたものを感じてしまい、我知らず顔が熱くなった。
そういうことじゃないのに。
「赤いな」
そう言ったローグが頬に手のひらを押し付けて、その心地よい冷たさに、逃げたくなる。
「仕事は休め。管理課から連絡させればいい。呼んでいいか?」
問われて、ローグの顔を見られないまま頷く。
ローグはとっくに騎士服を身につけていて、体を起こしたノアの足元、上掛けを整えてから体を起こした。
ローグが衝立の向こうへ声をかけ、管理官が姿を現す。
「……すみません、ご迷惑を」
「お気になさらず。お疲れでしたのでしょう」
ノアの遠征のことを知っているのは管理官だけだ。
管理官はそのことには触れずに、ノアの謝罪を遮った。
それから、少し観察されている気配を感じ、ノアはちらりと目線を上げた。
「お二人とも。今夜は確かにやめておいたほうがよさそうですが」
そこまで言った管理官が、ローグに目をやって、もう一度ノアに顔を向けてから言葉を続けた。
「念の為、道の確認だけしましょう」
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