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第3話 たまにはデートでも

「みんなお疲れさまぁ~。おやつ貰ってきたからお茶にしよう~」  午後もいい時間になって、甘く香ばしい匂いとともに宰相補佐室に入ってきたのは宰相その人だった。ガラガラと自らワゴンを押している。  扉側の席にいたビナーとテットが慌てて立ち上がり、宰相からワゴンを奪う。その上にはティーセットと、焼き菓子が山盛りになったティースタンドが乗っている。 「ハニエル様、どうぞ」  レーシュが宰相用の椅子を持ってきて声を掛けると、彼は素直によいしょと腰掛けてからレーシュを見上げた。 「相変わらずべっぴんさんだねぇ、レーシュ。お父様って呼んでくれていいんだよ?」 「はい、かしこまりましたハニエル様」  ハニエル・ゴットフリート。ふわふわと跳ねるハニーブラウンの髪と深緑の瞳を持つ彼こそがこの国の宰相であり、ラツィエルの父、つまりレーシュの義父なのである。  ちなみにラツィエルとは色合い以外あまり似ておらず、優しそうな見た目でのんびりとした穏やかな気性だ。ラツィエルが優しくないという意味ではないけど、彼はお小言ばかりの口うるさいタイプだとレーシュは認識している。  見た目や性格に騙されがちだが、ハニエルが凄腕の政治家であることは間違いない。国王の片腕として絶大な権限を持ち、行政の円滑な運営や外交交渉までもを一手に担う。  さらには伯爵家当主としても辣腕(らつわん)を振るっているというのだからその器量は恐ろしく広い。  のんびりそうに見えて常に十年二十年先を見て行動し、情報網は国内外にあるという。「怒らせた人に明日はない」とまで言われていて、気づけばどこかの貴族が没落し、いずこかの国が消滅していたりする。決して敵に回してはならない人物だ。    もちろんレーシュたちにとってはいい上司で、妻を愛し息子たちを愛しレーシュのことまで可愛がってくれるいい義父でもある。  まあたまに、えげつない量と納期の仕事も持ってくるけど。大抵が国の大事に関わってくるのでその時は覚悟を決めるだけだ。 「美味しいですね、このお菓子! また賄賂ですか?」  ミンテがお菓子をもぐもぐしながらハニエルに尋ねた。  ハニエルに渡しても意味はないというのに、賄賂を渡して便宜を図ってもらおうとする貴族は多い。彼は笑顔で受け取りつつその貴族の評価を下げ、賄賂は物によって寄付されたり補佐官たちの胃に入ったりする。 「国王のところへ寄ったら、ちょうどいらっしゃっていた王女様が下賜してくださると言ってね。ダイエット中だとかで、ありがたくいただいたんだ。確か街中の……『マッチョおじさんの焼菓子店』だったかなぁ」 「一見(いちげん)さんお断りで予約半年待ちの激レア店じゃないですか!?」  今度は王家への献上品かぁとレーシュたちはありがたみをさらに感じたのだが、ビナーがその店の希少性について語り、わなわなと震えだしたので目を丸くした。  レーシュは大きなひと口で丸呑みしようとしていた小さなお菓子を、念の為ふた口に分けた。  上司がいいならいいのだろうと、補佐官たちはのんびりと贅沢すぎるティータイムを満喫する。  場所が雑然とした宰相補佐室なのがもったいないけれど、他人の目のある場所でお茶なんてしようものなら文句を言われたり羨ましがられたり、レーシュを見ようと人が集まったりして大変なので、全員がこの場でのティータイムに満足していた。  窓を開ければいい風が入り、新緑の香りが春らしさをいっそう感じさせる。 「あ、そうそう。王太子殿下に第三子となる第二王子様が生まれたから、明日は祝日だって」 「ええっ!?」    さらっと大事なことをハニエルが言うものだから、彼以外の全員が紅茶や焼き菓子を吹き出しそうになった。  祖父というものの性質なのか、国王陛下は愛すべき孫が生誕すると喜んで祝日にしてしまう。王太子妃殿下のご懐妊については聞いていたが細かい情報は秘匿されていたため、王宮に勤めていてもこうしてたびたび驚かされてしまうのである。  絶対に休めない人たちを除いて、祝日は誰もが平等に休みとなる。レーシュたち補佐官は全員休むことができそうなので、みんなそわそわしだした。  ハニエルがレーシュの方を見てもう一度口を開く。 「レーシュも、たまにはラツィエルとデートでもしてあげてね~」  騎士でも警備に人員を残して、明日は半数以上が休みだろう。王族の人たちもそういったときは出かけないようにしてくれるから、近衛騎士であるラツィエルもきっと休みになる。  しかしレーシュは今朝の思いつきで義父の期待を裏切ろうとしていることに気づき、早めに話しておこうと思い立った。 「あの、ハニエル様」 「お父様って呼んでくれないの?」 「それは……今度お屋敷へお伺いしたときに。ではなく、――僕たち、離え……」 「宰相はいるか! 騎士団からの稟議書を持ってきた!」  レーシュが話そうとした途端、小さな扉をバーン! と叩き開けた人がいた。紺色の騎士服を着た、第二騎士団長だ。窮屈そうに小さな扉をくぐって、「いた!」とハニエルを指差す。  ハニエル以外の全員がびっくりして椅子から数センチ飛び上がったが、本人はのんびりと紅茶をひと口飲んでから答えた。 「あー、あれね。もう条件クリアしてきたの? さすが第二騎士団はせっかちだなぁ」 「仕事が早いと言ってくれ!」  もう休憩時間は終わりらしい。補佐官たちは焼き菓子を口に詰め込み、いそいそと仕事に戻った。 「レーシュ、さっきなんか言おうとしてた?」 「ううん、大した話じゃないから」  離縁について報告しようとしていたのは事実だが、ラツィエルに話したばかりで他の人にも話すのは早すぎるかも、と思い直した。    手続きとか色々、あるみたいだし。  ◇  翌朝朝食の席につくと、ラツィエルはいつもよりラフな服装をしていた。落ち着かないのか、ちらちらと何度もこちらを見てくるのが気になる。  昨日提案した離縁について進展があったのかとも考えたが、さすがに昨日の今日ではないだろう。  とりあえずレーシュは今日の予定を伝えておくことにした。ほぼ形だけの夫婦でも、休日に出かけるときくらいは報告している。 「今日ラツィエルも休み? 僕は昼から街に行ってくるから」 「ああ、前回は出てたからな。俺も今日は街に行くつもりなんだ。レーシュも買い物か?」 「うん。文具店に行きたくて」 「……一緒に行くか?」  ラフどころか顔を洗っただけでパジャマ姿のレーシュは、ぱちくりと目を見開いた。一緒に出かけるなんてゴットフリート家の屋敷に呼ばれるとき以外では年に一度あるかないかだ。  とはいえ屋敷の馬車を使うにしても、時間をずらして何度も往復してもらうなんて効率が悪すぎる。目的地が同じなのだから、一緒に屋敷を出て一緒に戻ってくるのが最善に思えた。 「じゃあ、そうしよっか」 「せっかくだ。昼も外で食べないか」 「ああ、うん」  とんとん拍子に話は進み、昼前に玄関ホール前で待ち合わせをすることになった。レーシュとラツィエルはお互いの部屋を行き来することも滅多にないため、家の中でも「待ち合わせ」と言う方がしっくりくるのである。  先に食事を終えたラツィエルが、家令のダアトに予定を伝えている。ラツィエルは心なしか楽しそうだ。そんなに買いたいものがあるのだろうか。  レーシュはマイペースに食事をとりながら、この展開を意外に思っていた。    現地では完全に別行動だと思っていたけれど、気づけば昼食も外で一緒にとることになっていた。二人で外食なんていつぶりだろう。レーシュはこのイベントに、少し心が浮き立つのを感じる。 (図らずも、ハニエル様が言ってた「デート」になってしまうかもしれないな)  恋人同士だったこともなく、結婚しているけどもう別れるのに、デートだなんておかしい。しかしこれは新体験ができそうだと、レーシュは今日もまたぼさぼさの髪を梳いてもらいながら思った。  数時間後、予定通り玄関ホールに向かうと、「や」と手を挙げるレーシュの姿を認めたラツィエルは声を張り上げた。 「~~~っやっぱり! お前その服のセンスどうにかしろ!!」 「へ?」  ラツィエルの視線の先を辿って自分の服を見下ろしても、言っていることがよくわからない。自分にセンスがないことは重々承知しているが、だからなんだというのだ。  大きな手がレーシュの腕を掴み、今出てきた部屋まで連れ戻される。久方ぶりにレーシュの私室に足を踏み入れた男は、鏡の前まで問答無用でレーシュを連れて行って立たせた。 「こんな時代遅れのカボチャパンツをどこから持ってきた! こんなもの、俺はクローゼットに入れてないぞ!?」 「結婚前に自分で買ったものですけど……。え、時代遅れでもよくない?」 「よくない! というか組み合わせが終わってる。ダサいなんてもんじゃない。こんなの道化師と同じだ」 「えええー……僕の格好なんて、誰も見てないって」 「はぁ~~~……」  散々な言われようだ。レーシュは逆にラツィエルの格好をまじまじと見てみるも、洗練されているっぽい、ということしか分からなかった。  彼はいつも見た目に気を遣っているし、昔からセンスがよくてお洒落という評判であることは同じ学園を出たレーシュも知っている。  ラツィエルはレーシュのクローゼットへとずかずかと入り、「上はこれ、下はこれ、コートはこれ」と服を投げ寄越した。  めんどくさいなあ、と内心考えながらもレーシュはその場で服を脱ぎ、言われた服に着替える。 「お前なぁ、人前で躊躇(ためら)いなく脱ぐなよ」 「???」  着替えてみると、途端に自分も垢抜けて見えるのが不思議だ。  ネイビーのドレスシャツにホワイトのパンツ。コントラストの強い色の組み合わせは、白い髪と濃い色の瞳をもつレーシュによく似合っている気がする。  隣に立つラツィエルも、ブラウンとグリーンを差し色に使っていて全身の調和が取れている……気がする。多分これがお洒落というものなのだろう。 「はあ、お洒落だねぇ」 「当たり前だろ」  ふん、と満足そうな表情を見て、やっと出かけられそうだとレーシュは歩き出す。だが「あ、ちょっと待て」とすぐに引き止められ、彼はレーシュの髪をピンク色の宝石がついたピンでシニヨンにまとめた。器用なことだ。    最後に帽子を被せられ、いつもの眼鏡を掛けてようやく満足したらしい。帽子と眼鏡はひとりで出かけるときも必須なのだが、ここまでするのならお洒落はやっぱり必要ないのでは? と思ってしまう。  言ったら反論されるからしないけど。  部屋を出たときも、待たせていた御者に謝ったときも、家令を含め使用人たちには生温い視線を向けられたのは何だったのだろう。  とにかく、レーシュはついに休日デートの一歩を踏み出したのだった。

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