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第11話 憎らしいバディ
宰相であるハニエルが復帰して、レーシュたち補佐官も一旦通常業務に戻っていた。
ハニエルが働きすぎないよう見張ることも、こっそりと毎日のルーティンに加えている。定期的にお茶に誘ったり、隈ができていないかジッと近くから見つめたり。
ちなみにレーシュがそれをやると、ハニエルはぽっと頬を赤らめて「ラツィエルに怒られちゃうよぉ」とすぐに両手で顔を隠してしまうので難易度は高めだ。
そんな折、先日の極秘調査に進展があったから報告したいと、補佐官たちは宰相執務室に呼ばれた。個々が通りがかりに仕事を言いつけられることは多々あれど、四人が揃って呼ばれることはそうそうない。
テットやビナーは「なにかしら」「な、なんだろ」とわかりやすく緊張して、ミンテとレーシュは「出どころ突き止めたのかな!」とわくわくしている。
しかしまぁ悪い奴らというのは、そう簡単に見つかるところにはいないらしい。
「みんなのお陰で、調査は大いに進んだ。イェツィラーからはティックン辺境伯領とフツパー男爵領を経由して輸入品が入ってきているが、辺境伯は慎重な人物だ。内容物の検査には植物に詳しい人も配置しているというから、麻薬があれば気づいてくれるだろう。怪しいのはフツパー男爵だな。昨日ようやく手紙の返信があったが、『よく分からない薬草などうちの領地を通すわけがない。きちんと目録は確認している』とのことだ」
「現物まで確認していないということですね」
ミンテが眉根に皺を寄せて相槌を打ち、ハニエルは深く頷く。
「君たちの調査結果からも、ここ数ヶ月で男爵領を経由する物量に対し、不自然に輸入品の金額が増加していることがわかっている。あとは現地で対象物を見つけるよう、国境警備を担当する第三騎士団に指示した。次に流通先だが……、王都の貴族が通うサロンで手に入るらしいと裏情報が入った」
「王都で!?」
「どうやら盤上遊戯 をしながら酒を飲む場所と見せかけて、麻薬を提供しながら賭博をやってるらしいな。どこかの貴族の子弟が金を使い果たして家宝を売ったとか女を売ったとか……噂がある。下町にも密売人の情報はあるが、サロンの方が動く金額は遥かに大きい。元締めとなっている貴族に近いだろう」
「…………」
四人とも青褪め、執務室内はしんと静まり返っている。
なんということだろう。レーシュは立って話を聞きながら、足元から迫り上がってくるような恐怖を感じていた。
麻薬といえば、路地裏で小汚い売人が抜けた歯の隙間から「へへ、楽しくなれる薬はいらないかい」とか言いながら疲れた目をした路上生活者に売りつけるイメージだった。
貧しい人々から平民のあいだで蔓延し、そこから貴族階級にも、いつのまにか王侯貴族にまで広がり国が崩壊したというのが、過去同じ大陸であった話だ。
しかし魔の手は路地裏を飛び越し、もうそこまで迫ってきている。
ハニエル曰く、麻薬になる原料の植物は乾燥させた状態で国内に運び込まれ、どこかで葉巻状に加工されて貴族の嗜好品に混じっているらしい。
特別な葉巻だと教えられて興味本位で試してしまうだけでも、知らず知らずのうちに手放せなくなり、日々の生活もままならなくなる。
判断力が落ちた状態で甘い言葉を囁かれれば、国にとって不利益な情報を相手に流してしまったり、相手の思うままに行動して他国侵略の足がかりにされかねない。当の本人が廃人になるだけならまだしも、貴族が麻薬中毒になることは国を傾ける大きな要因となってしまうのだ。
まだ末端貴族の子弟だけなら影響は少ないだろう。しかしサロンというのは夜会よりも気楽に貴族同士が交流できる場所で、気取った若い都市貴族のたまり場になっていると聞いたことがある。その中には高位貴族の嫡男だっていると想像できる。
かつて行ったことのあるラツィエルは、「煙草臭くて苦手だ」と鼻に皺を寄せて言っていたっけ。それ以来行ったような素振りはない。
レーシュが密かに安心していると「そこで、」とハニエルが場の空気を切り替えるようによく通る声で言った。思わずパッと顔を上げる。
この国の有能な宰相であるハニエルなら、とびきり有効な作戦で悪の根源を一網打尽にしてくれるはず。そのためなら自分たちはどんな協力でもしよう!
レーシュは期待に満ちた目で義父を見つめた。
「近衛の第一、そして第二騎士団から信頼できる者だけを呼んだ。彼らと協力して、街での聞き取りを進めてほしい」
「私たちも街に……ですか?」
「騎士だけじゃ二人並ぶだけでも体格からして物々しいだろう。かといって単独行動は危険だ」
テットが戸惑いながら質問していたものの、レーシュの意識は執務室内に入ってきた騎士たちに吸い寄せられていた。というか、その内のひとりを凝視している。
「ラツィエル……」
レーシュと視線が交わった瞬間軽く片眉を上げたラツィエルは「仕方ないだろ、呼ばれたんだから」と言わんばかりの表情をしている。レーシュはぽかんとしつつも、内心納得せざるを得なかった。
確かに、この案件には貴族が関わっている可能性が高い。つまり、貴族の多い騎士や文官たちのなかにも犯人や関係者が混じっているかもしれないのだ。
「信頼できる」という点で、ハニエルの息子であるラツィエルはトップに来るだろう。
ハニエルから騎士たちとペアになるよう言われて、当然というかなんというか、レーシュはラツィエルとバディを組むことになった。
別に相手は誰でも良かったのだけれど、真っ先にラツィエルのほうから向かってきたのだ。まぁ、ラツィエルとなら家でも申し送りできるから都合がいい。
レーシュはみんなの顔を覚えておこうと、騎士たちを見上げた。騎士服の色が白と紺で違うから、第一と第二騎士団から二名ずつ来ていることがわかる。
ラツィエル以外の騎士たちは、レーシュよりも年齢が上に見える落ち着いた感じの人たちだ。一応考慮されているようで、体格のごつすぎる人や顔に傷のあるような強面の人はいなかった。
テットとビナーがペアになった騎士とは目が合ったので軽く会釈していると、ぐいと肩が引かれる。ラツィエルを見上げて「なに?」と片眉を上げた。
「いや……、初めてだな。一緒に仕事するの」
「そうだね? お父様の期待に応えられるよう、頑張らなきゃ。ラツィエル、足引っ張らないでよ」
「こっちの台詞だ」
噂になっているサロンの場所を教えてもらい、作戦はミンテが中心となって立てるようハニエルから指示された。おそらく八人のなかで一番頭が良いし、王都の街にも詳しい。
王都の中には三つの郭壁がある。まず王宮の敷地を示す第一郭があり、その外側は貴族の邸宅ばかりが並ぶエリアだ。そのエリアと街を隔てるのが第二郭。
第二郭の外側が平民も住む“街”と言っている場所だ。そして王都とそれ以外を区切る三つ目の郭壁があり、どの郭壁でも門番が立っている。
「サロンのある辺りは、貴族御用達のレストランが多い通りの、一本裏だ。ここには貴族向けの高級娼館なんかもあって、夜ににぎわう通りだね」
「マッチョおじさんの焼き菓子店も確かこの辺りよ。昼にポツンとそこだけ開いてるの」
「なぜそこに……?」
事務室に移動し、テーブルに広げた地図を八人で見下ろす。元々コンパクトな部屋なのでかなり窮屈だった。
ミンテの説明を聞き、王都の地理に詳しい第二騎士団の二人はその通りだと頷く。
ビナーが情報を付け加えて、地図に「マッチョ」と書き足される。行ったことのない人もいるので、目印はいくつあってもいい。
先日ラツィエルと行ったレストランとは違う区画だ。自席に座ったレーシュが「知ってる?」と椅子の背に手をついているラツィエルに尋ねれば、「多分な」と答える。
娼館に用があったのかなと勝手に自己完結していると、ラツィエルは焦ったように付け加えた。
「香油店があるんだ!」
「あぁ、いつも僕に使ってくれるやつ?」
「「…………」」
会話を聞いていたミンテと隣にいた騎士の顔がボンッと一瞬で赤くなり、それに気づいたラツィエルも顔を紅潮させながら叫んだ。
「髪っ。髪につける香油のことだぞ!?」
レーシュはなにを慌てているんだろう、と疑問に思ったが、ミンテの「コホンッ」という咳払いで視線を前に戻す。店名は『淑女マグノリアの香油店』らしく、地図に「マグノリア」と書き足された。
「サロンへ調査に入る前に、まずはこの辺りで聞き取りをしよう。妙な噂を聞いていないか、最近変わったことはないか」
「わかった。四組とも同じことを?」
「テットとビナーたちは昼間に、おれとレーシュたちは日が落ちてから。時間帯で開いている店やそこにいる人が違うからね。店の東と西で手分けしよう」
通常業務との兼ね合いもあるため、一週間のうち都合の良い日でそれぞれが調査を行うことになった。申し送りは必ず翌日に、記録は文官側が行う。
「おれたちのことを知っている人に会う可能性もあるから、変装して行ったほうがいい」
「変装なんて、したことないな……」
「いつもの服のテイストを変えるだけでいい。案外わからないものだよ」
レーシュは自分がラツィエルをコーディネートする機会が来たのでは? と考えて一瞬そわっとしたが、頭の中を見ていたかのように即座に「俺が考えるからな」と耳元で囁かれた。
小憎らしいバディだな。
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