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第12話 ご主人様、夜遊びの時間ですよ!

 レーシュはぶつぶつ言いながらラツィエルの斜め後ろを歩いている。  いつもと違って地味な色合いで、質素なデザインのお仕着せを着ていた。眼鏡はかけているが、夜なので帽子を被るほうが変だということで、髪の色をくすませる粉までかけられている。  反対に堂々と歩くラツィエルの格好は華やかな都市貴族そのものだ。  しかし彼のいつもの装いとは違って、少し垢抜けない若そうな印象をもたせている、らしい。微妙なニュアンスの違いなんてレーシュにはわからない。 「なんで僕がラツィエルの従者役なんだよ……」 「お前はどうしたって目立ちすぎる。服はなんでもいいって言ってたじゃないか」 「服はどうでもいいけど。頭のこれが気持ち悪いし、喋らず黙って見てろってのが不満!」  振り返ったラツィエルが、はぁと露骨に面倒くさそうな顔をしている。レーシュが口を窄めて気取った髪型をした男を見上げると、引っ詰めた髪の上にポンと手を置いて宥めてきた。 「はいはい、早く終わらせて帰ろうぜ。第一レーシュは演技なんてできないだろ……」 「できるし」  事務補佐は普段外に出ることが全くない仕事なので、レーシュは今回の調査に張り切っていた。しかしラツィエルから目立たず後ろにいろと厳命されては、不満に思わずにはいられない。  しかしながら、遊び人の貴族とその従者という設定でもうここまで来てしまったので腹を括るしかなかった。  夜に賑わう裏通りに入ると、人通りが増えたので口を噤む。レーシュは土地勘がないのも確かなので、ラツィエルの後を離れないようについて行った。  人にぶつからないようスイスイと間を通り抜けていく大きな背中を追いかけるだけなのは、正直楽で助かる。  夜の王都の街は昼間とは違った匂いがする。濃度の高い香水と、煙草の匂い。街灯はいくつも立っているが、足元や細い路地の先は見えづらい。  まるで全く知らない街に出てきてしまったような感覚がして、レーシュは心細さにこっそりとラツィエルのコートの裾を掴んだ。  すぐに気づいたのかぴくりと首の後ろの筋が動いたが、言い咎められることはなかった。大方、はぐれられる方が面倒だと思っているのだろう。 「ジュノンさん! すみません、待ちましたか?」 「いいや、来たところだ。……さすが、衣装持ちは見事に馴染んでるね」  ラツィエルが声を掛けたのは、空色の短い髪をオールバックにまとめている偉丈夫だ。その隣にいるミンテのバディで、第二騎士団の一人である。  この中では最年長のため、ラツィエルも丁寧に接しているのがレーシュにとっては新鮮だった。一応歳上なのにレーシュには全く敬う様子を見せない男も、職場の先輩にはきちんと敬意を払えるらしい。  夜なので予定を合わせやすく、四人は同じ日に調査をすることにしていた。  少し離れた場所に見える三階建ての建物に、そのサロンは入っているという。どの窓もカーテンが引かれていて、中の様子を窺い知ることはできない。  レーシュはさりげなく視線を向けて建物を観察しながらも、さっそく始めようというミンテの言葉に耳を傾けた。 「おれたちは西側で聞き取りをするから、レーシュたちは東側……焼き菓子店がある方をお願い。ここに戻ってくる必要はない。ある程度話を聞けたら、帰って明日報告し合おう」 「マグノリアの香油店の方がミンテとジュノンさんってことだね」  レーシュが確認するように言い、先日の打ち合わせで地図に雑に書き足した情報を頭に思い浮かべる。他にもどこにどんな店があるか、今日確認しておきたい。 「ラツィエルさんは、レーシュをよろしくお願いします。護衛みたいなことさせちゃって申し訳ないけど、夜は昼よりも危険だと思うから」 「わかってる。そっちもな」  ラツィエルがミンテに返事をしつつ、ジュノンと頷き合う。ジュノンのことはよく知らないけど、ハニエルが信頼できると集めた騎士の一人であるため心配していない。  ミンテとジュノンが先に背を向けて去っていくのを見送った。歳は離れているけど並ぶと雰囲気がよく似ている二人だなと思う。 「レーシュ、行くぞ。近くの空いている店からだ」 「はあい」 「店に入ったら手を離せよ? 甘えられるのは嬉しいが、従者らしくない」 「……離れてるでしょ!」  ミンテたちと合流したときに離したのに、裾を掴んでいたことを引き合いに出してくる。なんだか楽しそうなラツィエルを睨み上げて、レーシュは彼の背中をぐいぐい押した。 「ほらご主人様、夜遊びの時間ですよ!」  通りに一番多いのは酒場だ。賑やかな店は服装から察するに、平民が多いのだろうか。逆に静かで、お洒落した貴族らしき人が酒を飲んでいる店もある。  ラツィエルはその中間くらいの雰囲気を持った店を選び、スッと入っていく。慣れた仕草でカウンターにて酒を注文し、椅子に浅く腰掛けた。レーシュはその後ろに黙って立っている。 「俺みたいな人が、遊べる店が近くにあるって聞いたんだけど」 「そりゃあこの辺りじゃ、女も酒もよりどりみどりだろう! その顔なら歩いてるだけで娼婦も向こうから寄ってくるさ」 「遊戯が好きなんだ。ちょっと刺激的な……ね」 「ははあ、悪い坊やだな。少し向こうの、パン屋通り(ベイカーストリート)に遊技場がいくつかある。調子に乗って、そのお綺麗な身ぐるみ剥がされないようにな、ハハ!」  話を横耳で聞きながら、レーシュは店内の様子を観察していた。怪しい雰囲気はないが、男女が連れ立って二階へ上がっていくのを何度か見た。宿屋としても機能しているのだろうか。 「あれは女を買ってるんだ」 「え、売春ってこと? 娼館があるのに?」 「値段が違う。この辺りは高級娼館ばかりだから、ちょっと金が足りないやつを狙った中級娼婦もいるんだ」 「へぇ、詳しいねぇ」 「王都の男なら誰でも知ってるからな!? お前が世間知らずなんだ」  一杯だけ飲んですぐに店を出たラツィエルと見たもの聞いたことを忘れないうちに報告し合う。  通り沿いに簡素な見世物の天幕があり、周囲の噂話に耳を傾けながら大道芸人の手品を観賞する。箱に投げ銭をし、また酒場に入って同じことを繰り返した。 「あ、ここ……」 「マッチョおじさんの焼き菓子店だったか?」 「うん。甘い匂いが残ってる」  地図に書かれた場所と一致するし、何よりあのとき食べた焼き菓子の匂いを思い出した。真っ暗な店はパン屋通りの端にあたる場所で、当然昼間の営業のみらしい。  あれは美味しかったな。だけど伝手がないと予約できず、予約できても半年待ちだなんてハードルが高すぎる。そもそも半年後、レーシュはどこで何をしているのだろうか。 「なんなんだマッチョおじさんって……」 「さあ? 焼き菓子は小さくて美味しかったよ。――ねぇ、ラツィエル。この匂いなに?」 「ん……? なにも俺にはわからんが」  建物に残るわずかな焼き菓子の香りを嗅いでいたレーシュは、焦がした砂糖の匂いに混じって不思議な、嗅いだことのない匂いを一瞬感じた。  しかしその匂いはすぐに消え去ってしまい、代わりに腹がくぅと小さく鳴る。ラツィエルの服の裾をつんつん引っ張り、主人に主張する。   「お腹減った」 「はああ? お前、夕飯食ってないのか」 「屋敷に帰ったとたん拘束してきて頭に粉振りかけたのそっちじゃん!」 「あー、悪かった悪かった。何食いたい? この辺ろくなもんねーだろ」  ある程度聞き取り調査もできていたからか、ラツィエルがレーシュの意見を聞く姿勢になったので早速「あそこ!」と少し手前の店を指さした。先ほど通りかかった酒場で、美味しそうな骨付き肉を食べている客がたくさんいたのだ。  あんな食べ物、屋敷では出てきたことがない。酒場の匂いは苦手だったが、あの料理だけはそそる匂いがした。  ラツィエルと席につき、お前も飲むか? と訊かれたので大きく頷いた。みんな、エールと骨付き肉をセットで楽しんでいる。  レーシュは街灯やランタンの光が遮られてちょうど影になるところに座ったため、主人と従者が同じテーブルについたことに気づく者もいない。  がやがやと賑わっていて、客は平民ばかりのようだった。しかし場所柄、貴族がふらりと寄ることも珍しくないようだ。  ラツィエルがエールを注文がてら隣のテーブルの肉料理を指差すと、向かいの屋台で買ってきてと言われたので驚いた。そんなスタイルもありらしい。  今日は従者だし、とレーシュが席を立とうとするが止められる。ラツィエルはジャケットをレーシュに渡して颯爽と歩いていってしまった。  期待にきゅうっと食べ物を欲するお腹をさすっていると、先にエールが届く。取っ手のついた樽型のジョッキがドン! とテーブルに置かれ、泡が溢れる。雑な扱いも新鮮だ。  待ちきれずに屋台の方を見やると、少し列ができているようだった。何人もの注文分をまとめて焼いているらしい。きっと焼きたてが来るだろうな。  楽しみで自然と頬が上がるままにしていると、突然「なぁ」と横から話しかけられる。 「ああ、やっぱり。すげえ美人じゃねえか!」  レーシュがパッと正面に顔を戻すと、テーブルに乗り出すようにして男が立っている。さっと身を引くも、男がものすごく酒臭い息をしていることはわかってしまった。 「…………」 「なぁ、俺と一緒に飲まねぇ? 何杯でも奢るからさ!」 「連れがいるので」  テーブルの上にある二つのエールが見えないのだろうか。  レーシュは能面のように無表情だった。しかしツンとすげない態度も男を追い払う効果はなく、レーシュの美しすぎる容姿にむしろ似合ってしまっている。 「俺さぁ、こう見えて貴族なの。アンタみたいな顔のいい平民は、貴族に買われるためにここにいるんだろ? イイお小遣いやるからさ」 「…………」  ラツィエル監修、レーシュの平民擬態は完璧だったらしい。下級貴族が平民相手に権力をひけらかす典型的な例を見せられ、呆れた顔を隠せなかった。 「――おい、無視すんなよ! 無理やり連れてかれてぇのか!」 「……いっ」 「お高く止まりやがって、男に股を開くことしか脳のない男娼め!」  ひどい暴言だ。しかし店の中の喧騒で、誰も二人の様子に気づくことはない。レーシュが男に腕を無理やり引かれ、苦痛に顔を歪めたときだった。 「君がその汚い手で触れているのは私の連れなんだ。離しなさい」 「はっ?」 「ラツィエル……」

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