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第16話 新興貴族と高級娼婦

 合流地点に到着し、馬車を降りる際にもラツィエルが手を差し出してくれる。レーシュはなるべく淑やかな所作で手を重ね、慎重にステップを踏んだ。ドレスの裾が長くて、踏みそうなのだ。  なお以前「レーシュは演技なんてできないだろ」と言われたことを若干根に持っていて、今日は完璧にやるぞと燃えていた。 「お待たせ。待たせちゃった?」 「ああ、おれたちも今来たところ……って、レーシュ!?」 「まぁぁっ、すっごく似合うわ! 二人並ぶと、遊び人の新興貴族が高級娼婦を連れているようにしか見えないじゃない! 素晴らしい擬態ね」 「わかっていただけて嬉しいです」  先に来ていたミンテとビナーに声を掛けると、振り返った二人は目を丸くする。レーシュはニッと笑い、ビナーの的確な褒め言葉にラツィエルもまんざらではなさそうな顔をした。  その後他のメンバーも集まって、調査の最終確認をする。中心指揮をとるミンテが「安全第一で」と口を酸っぱくして話す。  表面上は普通のサロンだ。賭博も国では推奨されてはいないが、お遊び程度なら見逃されている。だから普通にしていれば、トラブルになることはないはず。  潜入組は室内の構造やどんな人が来ているかを確認し、麻薬入りの葉巻が取引されている証拠を掴みたいところだ。証拠さえあれば、サロンのオーナーを引っ張って来られる。 「証拠は欲しいけど、無理して怪しまれるならなくていい。なにも一回で成果が得られるとは思っていないから。トラブルがあったときは合図を。正面はおれたちが、裏口にはビナーたちがいるからすぐに気づく」  小さなサロンだ。中に人がひしめいていない限り、騎士が四人もいれば多少のトラブルは物理的に押さえられる。  テットたちが先に入り、外から窓を見ているとひとつのカーテンが半分ほど開けられた。潜入完了の合図だ。  続いてレーシュとラツィエルも店に向かう。はじめこそ体が緊張感に包まれていたが、いつもと違う服と靴で三階まで上るのは地味に大変で、すぐに緊張どころじゃなくなった。 「はぁ、はぁっ……待って、ラツィエル」 「お前は体力ないなぁ。ほら」  伸ばされた手を掴めば、ぐいっと腕を引かれてなんとか上り切る。誰も見ていなくてよかった。  息を整えてから、レーシュは背筋を伸ばして顔を上げた。ラツィエルの肘に手を置き、なるべく小さな歩幅で歩こうと自分に言い聞かせる。 「あ。膝曲げて小さくなったほうがいい?」 「今でぴったりなんだから、裾を踏むだろ絶対。背の高い美女って設定でいこう。俺と比べれば低く見えるさ」 「胸も布の厚み分しかないけど」 「細身の、背の高い美女だな」 「あはは」  他の誰に言われても響かないのに、冗談でもラツィエルに「美女」と言われて気分が上向いた。女じゃないけど。  緊張はしている。けれど重要な任務に就いている高揚感もあるし、二人で行ったことのない場所に赴くのも楽しい。  なによりラツィエルといればどんな場所も怖くない。レーシュの口元に笑みが乗った。 「あんまり笑うなよ。変な虫を引き寄せるな」 「無愛想な娼婦じゃ駄目でしょ」 「俺だけに笑えばいい」 「…………」  口を動かさずにぶつぶつ言い合いながら、二人はサロンの扉を潜った。室内に入った途端、むせ返るような葉巻の匂いがする。レーシュはけほ、と小さく咳をしたがさすがにそれ以上は堪えた。  薄くけぶる室内を見渡すと、狭い空間を上手く使っているようだった。いまいる部屋と、右に一部屋、奥に一部屋。内装は華美で上質な家具が置かれているものの、傷も多く手入れが行き届いている感じはしない。 (酒を飲んで談笑している三人グループがひとつ。右の部屋もソファが置かれていて同じ感じ、奥が遊技場か。ほんとだ、女性もいるな)  テットたちは右側の部屋で座って酒を飲んでいた。どの部屋にも葉巻を吸っている人がいるが、今のところ嗅ぎ慣れない麻薬のような匂いはない。 「うわ。すっげぇ美人」  どこかに座って酒を頼もうとレーシュたちが通り過ぎるとき、グループの一人がそう呟く。  あんな娼婦いたか? と言われたって、すぐ女装だとバレるほうが恥ずかしすぎると思っていたのでホッとする。レーシュはアルカイックスマイルで流し目をした。  青年三人が赤面するのを内心ガッツポーズで見ていると、ラツィエルがレーシュの腰を引く。レーシュは自信を得て、「どうだ、演技できているだろう」とラツィエルの腕にすり寄った。 「俺から離れるなよ」 「はいはい」  テットたちの後ろの席が空いていたので座り、給仕に酒を注文する。二つ頼むが、ほぼポーズだ。レーシュは役に立たなくなるため、絶対に飲むなと厳命されている。  視線は合わせないようにしたままテットから状況を教えてもらうと、今のところ聞こえてくる会話にそれらしいものはなく、これから遊技場を見てくるとのことだった。二人が酒を持って席を立つ。  酒を持ってきた給仕にラツィエルが話しかけている。 「ここで葉巻は買えるのか?」 「もちろんでございます。複数のビトラをご用意しておりますが、お好みは?」 「普通のパレホでいい。そうだな、ブリアー産はあるか」 「申し訳ございませんが、切らしておりまして……外国のものであれば、イェツィラー産はいかがでしょう。コクがあって、豊かな味わいと評判です」 「じゃあそれを」  なに? 暗号にしか聞こえなかったんだけど。  金を受け取って去っていく給仕を見送ってからラツィエルに尋ねると、種類を訊かれて一般的な円筒形のものと答えたのだそうだ。  国内産の葉巻は安いが、財を見せつけたい貴族は外国産のものを好むという。風味が色々あって病みつきになる人も少なくない。  レーシュはどうしてもこの匂いを好きになれないと感じていたので、ラツィエルが好きにならなくてよかったなとこっそり安心した。  さっそく例のブツが手に入るのだろうか。どきどきと酒のグラスをかき混ぜていると、届いたのは室内に漂う匂いと変わらない葉巻だった。  そんな簡単に手に入るはずないか。きっと金額も桁違いだろうし。  ラツィエルはサロンに馴染むためかさっそく葉巻に火をつけた。レーシュは「う」と一瞬くしゃくしゃな顔になってしまったが、ラツィエルは一度吸ったきり灰皿ごと遠ざけてくれたので助かった。 「演技できるんだろ、がんばれ」 「わかってるって!」  周囲の様子におかしなところはないし、店の様子もサロンとして普通のものだとラツィエルは言う。遊戯が盛り上がっているのか、ここからは見えない部屋からたまに歓声が聞こえてくる。  視線を合わせて頷き、レーシュは酒を置いて、ラツィエルは葉巻を持って立ち上がった。  遊戯はチェスやカードゲームが主のようだ。少し広い部屋で、女性を引き連れた男性もカードに打ち込んでいた。手慰みにか尻を撫でているのを見てしまってレーシュは目を逸らす。  テットはチェスをしていた。確か、好きだと言っていたことがあったか?  見ているだけの人も多いのでレーシュたちが近づくと、かなり優勢のようだった。テーブルの隅には賭け金らしいものが置かれている。見ている人も、どちらが勝つか賭けているらしい。  聞き耳を立てつつぼんやり見ていると、入り口から見て右の方にもう一つ目立たない扉があることに気づいた。バーカウンターになっているところの背中側だ。  ラツィエルを呼んでさり気なく扉の方へ近づくも、勝手にバーカウンターの奥へ行くわけにもいくまい。  従業員用の部屋かもしれないな。たぶん裏口はこの奥の部屋に繋がっているのだろう。構造的に考えれば先ほどいた部屋にも扉があったに違いない。壁にタペストリーが掛けてあって見えなかった。 「いい女を連れてるお坊ちゃん。見ない顔だな」 「まあな。王宮に呼ばれた父上に連れられて最近王都へ入ったんだ」  観葉植物のそばに立っていると、ラツィエルが若い男性に話しかけられた。お坊ちゃんと言うが、歳はそう変わらないので新入りという意味だろう。ラツィエルは父親が王宮へ伺候する身分であることを仄めかし、会話に応じる。 「ちょうどカードを始めるところだったんだ。やるか?」 「もちろん、やるよ」  テーブルには先に二人座っていて、四人目の仲間を探していたようだった。ここへよく来ている人から情報を集めたいと思っていたのでちょうどいい。  レーシュはラツィエルの後ろに立とうと思っていた。しかし既に酒で顔を赤らめた男らは「俺の膝に座れ」と楽しそうに命令する。  娼婦の扱いなんてそんなものなのか。座らせるだけでは終わらないことは、彼らの欲に満ちた目を見ればわかった。  一人がレーシュの手首を掴むと、スリットから白い腕が露わになる。「おおっ」と野卑た歓声が上がって、周囲の視線まで集めてしまう。 「やっ。やめてください」  事を荒立てないよう小さな声で拒否するも、男はにやにや嗤うだけだ。過去のことを思い出し鳥肌が立つ。  いや。嫌だ。  そのままぐっ、と手首を引かれて男の方へ倒れ込みそうになったときだった。 「俺の女だ。触らないでくれ」

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