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第17話 助けて
パシッと男の手首が叩かれ手が離れると同時、レーシュの体はふわりと横抱きに抱え上げられる。そのまま座ったラツィエルの膝の上に乗せられた。
ラツィエルの声は大きくなかったが、三人の男を黙らせる迫力があった。沈黙してしまった場を濁すように、ニカッと美男が笑う。
「けっこう奮発したんだから独占させてくれ。王都の女は高いな」
ラツィエルは続けて「悪い、痛かったか?」と手を出そうとしていた男に声を掛けるも、男の方も痛いなんて言えないだろう。引きつった笑みを顔に浮かべていたものの、なかったことにしたのかカードを配り始めた。
その後は和やかに会話を楽しみながら、遊戯に興じる。レーシュはしばらくラツィエルに抱っこされたまま、ぎゅっとしがみついていた。
たまに空いた手でぽんぽん背中を叩かれ、体から力が抜けていく。いちゃついているように見えたかもしれないが、ラツィエルに宥められてレーシュはやっと平静さを取り戻していた。
テットは小金を稼いだようで、別のテーブルに呼ばれていくのが見えた。そのときに一瞬目が合って、にっこりと微笑まれた途端に恥ずかしくなってくる。
そうだった、調査中だ。レーシュは頬に火がつくのを感じ、誤魔化すように遊戯の成り行きに目を向けた。
ちょうど酒がなくなったようで、ラツィエルの右に座る男がきょろきょろと給仕を探している。レーシュも部屋を見渡してみたが、他の部屋に行っているのか見当たらなかった。
なら、と考えてレーシュは立ち上がり四人分の酒の注文を聞いた。自分がバーカウンターに直接伝えに行けばいいだろう。
ラツィエルが心配そうに見上げてきたが、「大丈夫」と頷いて見せる。ほんのちょっとの距離だし、ずっと膝の上にいるのは尻がもぞもぞしたのだ。
バーカウンターで酒を作っていた年嵩のバーテンに伝えると、少し待ってもらうからとレーシュに葡萄酒を出してくれた。サービスだと言われてしまえば、断るのも不自然かと思いグラスを傾ける。
やけに甘い匂いがして、訊けば貴腐化させた珍しい葡萄酒だという。飲み口も甘くデザート代わりに飲まれていて、好事家に人気なんだそうだ。
「君はどこの店の人だい? 最近王都に来たんじゃないのか。君みたいな女がいたら、すぐ話題になるだろう」
「ええ、まだ来たばかりで」
レーシュは曖昧に頷く。あまり会話は広げない方がいいだろう。
先に注文を受けた酒から作っているらしく、待つ間にちびちびと酒を飲んでいればすぐになくなってしまった。緊張とざらつく空気で喉が乾いていた。
頭が重く感じて俯くと、とろりと頭の中が溶けた気がした。甘くて酒という感じがしなかったため油断していたが、これは、酔ってるかも……
まずい。ラツィエルに怒られる。
酔いを醒ますように頭を振ると、体がよろけた。気づけば後ろにいた知らない男性がレーシュの上半身を支えてくれて、二の腕を掴んだままバーテンに話しかけている。
「彼女、深酒したんじゃないのか? 奥で休ませてやったらどうだ」
「そうですね、奥の部屋へどうぞ。横になれますよ」
「私が連れて行こう」
「……え? あ、あの……」
男とバーテンがスムーズな流れで話をつけてレーシュをバーカウンターの奥へ誘う。反応の鈍くなっていたレーシュは戸惑うままに男へ連れて行かれてしまった。
――気になっていた扉の、奥へ。
部屋に入った瞬間、先ほどまでとは明らかに空気感が違うことに気づく。変な匂いだ。葉巻独特の煙たさと、それに加えて甘ったるく、少し青臭いような……。
見渡すと、この部屋も遊技場のようだ。酒を飲んで、紫煙を燻らせ……同じような部屋なのに、なにかがおかしい。男たちの、目が。
あれ? とレーシュが思ったときにはもう、大きなソファに横たえられていた。酩酊感がひどく、体が思うように動かない。
しかも、熱い。はぁっと悩ましい吐息を零せば、座っていた男が吸い寄せられるようにレーシュに近づいて来る。
「すげぇ上玉じゃん。どうしたのこの女」
「見境のないバーテンが飲ませたんだよ。私たちへの献上品だそうだ」
「娼婦ひとり消えたって問題にならないってか?」
「まさか、ちゃんと返しますよ。薬をやれば忘れるでしょうしね」
バーテンの口から「薬」という言葉が出てきた途端、レーシュはハッと我に返った。ここは、この匂いは、まさか。
「あ……」
「体が熱くて仕方ないようですよ。このまま返してもいいですが、どうします?」
「商売上手な奴め。払うよ、こんな状態の美人を放っておけるはずもない。私は紳士なんでね」
「よく言うよ。てかこの女、胸小さくねぇ?」
「ひ、ぁ……!」
みんながバーテンに向かって金をばら撒く。一人の男が無遠慮にレーシュの胸元へ手を伸ばしてきて、確認するように撫でた。
その瞬間、胸の先にビリリ! と痺れを感じてレーシュは喘いだ。
待って。今の、なに……!?
「たまんねぇなぁ! 聞いたか? 小さい方が感度もいいと聞いたことがある。何より、おれは乳より尻に挟みたい派だ。今この瞬間からな」
さっと顔が青褪める。しかし体には熱が溜まる一方だった。下半身にまで疼きを感じて、やっと飲まされたのはただの酒じゃなかったことに気づく。
四方から伸びてくる手に、レーシュは身を捩る。
「ひっ……や、やだ!」
どこかからガシャーン! と大きな、ガラスが割れたような物音が聞こえた。あれはこの部屋? 別の部屋から?
男たちの動きも止まった。その隙にレーシュは逃げようとした。が、手足に力が入らずソファからゴトンと床に落ちただけだった。
だが理性をなくした目をした数名の男は、なおもレーシュに覆いかぶさってくる。ドレスの裾をまくり上げられ太腿まで露出したとき、レーシュはやっと助けを求めた。
「ら、ラツィエル……助けて……!」
「レーシュ!!」
この部屋にいないはずの声が聞こえてきたとき、やっぱり来てくれたと胸が熱くなった。レーシュの声に、ラツィエルが応えなかったことは一度もない。
レーシュに覆いかぶさっていた男を容赦なく蹴り飛ばしたラツィエルは、そのまま部屋の中の男たちを順番に伸していく。それをレーシュは床から呆然と見上げていた。
「夜警が来たぞ!」
遠くから誰かの叫び声が聞こえる。この部屋の外も騒然としているようだ。他のみんなはどうなったのだろうと考えるも、体に力が入らず動けない。
立ち上がっている者がラツィエル以外にいなくなった頃、テットたちがやってきた。部屋の惨状を見て「うわ」とドン引きしたあと、レーシュを見て慌てて駆け寄ってくる。
しかしその手がレーシュに触れる寸前に、ラツィエルがレーシュを抱き上げた。
「悪いが、あとは任せていいですか。レーシュがなにか飲まされた」
「ああ。結局心配したハニエル様まで出てきているらしいから、指揮はそちらに移るはずだ。レーシュは大丈夫なのか。まさか……麻薬を!?」
「いや、違うはずだ。レーシュ、違うよな?」
「ん……」
レーシュは弱々しい声しか出せなかったが、小さく頷く。口元に顔を寄せたラツィエルは、葉巻や麻薬の匂いがしないことを確認したらしい。
ラツィエルの腕に包まれて、レーシュは安心感に小さく鼻をすする。逞しく太い首にぎゅうっと抱きつき、「あつい、たすけて」と囁いた。
ラツィエルの肩はビクッと上下に揺れたものの、レーシュを離すことはなかった。いくつかテットたちと言葉を交わし、裏口らしき場所から外に出る。
正面にいるはずのミンテとジュノン、そしてビナーがそこにいた。警吏を引き連れたハニエルに正面を譲って、ビナーとペアの騎士は裏口から逃げようとした従業員を拘束し引き渡している最中のようだ。
「悪い。まずった。俺がレーシュから目を離したせいだ……」
「いや、まぁ慌てたけど結果的には手柄だよ。予感があったのかハニエル様も出てきたし、結局証拠を掴めたんだから」
総合指揮にあたっていたミンテにラツィエルが謝罪していた。その後ジュノンに頭を下げたようだが、珍しく慌てて粗雑な言動になっている。
警吏は動かせないと言っていたのに、心配性の上司は何かと理由を付けて応援を出してくれたらしい。
「申し訳ありませんが、すぐに帰ります」
「レーシュさんを早く休ませてあげるといい。屋敷に医者を向かわせようか」
「いえ、使用人に医療の知識のある者がいますので。すみません、では」
ぞんざいに挨拶をしてラツィエルはその場を後にする。待たせている馬車へ向かう最中も、レーシュに振動を与えないような走り方をしてくれているのが伝わってきた。
それでも、熱の上がってきたレーシュには僅かな衣擦れさえもつらかった。
風邪のような発熱ではない。酒に混ぜられていた薬によって、発情のような熱が腹の奥から全身へと広がっているのだ。
媚薬、というものが存在するとどこかで聞いたことがある。人を強制的に性的興奮状態にする薬だ。
元々は勃起不全や性欲減退に使用されていたというが、薄めたものやアレンジされた薬が刺激的に夜を過ごしたい人や娼館でも使われるようになった。
そして、犯罪にも。
もちろん服用したことはないものの、レーシュに使われたものが薄めたものだとは到底思えなかった。酒との飲み合わせが悪かった可能性もある。
とにかく、レーシュは服用後すぐに動けなくなり、現時点でも耐えがたい熱に襲われている。
胸を触られ反応してしまったように、全身の感覚が鋭敏になっていた。ただ運ばれているだけなのに性器が反応しているのを、ラツィエルもとっくに気づいているだろう。
みんなと別れてから、レーシュはつらさと不安で涙が止まらなくなってしまった。ラツィエルの肩がどんどん濡れていく。
「うぅっ……」
「くそ……ごめん、レーシュ。お前に女装なんてさせた俺のせいだ」
馬車に乗ると、ラツィエルは見たこともないほど申し訳なさそうに、眉尻を下げて謝ってきた。先ほど大勢の人を殴り倒していた人とは思えないほど弱々しい態度だ。
膝の上に乗せられたレーシュは正面から顔を見られても涙が止まらない。ラツィエルが悪いわけではないことはわかっている。けれどレーシュは弱い力でポカ、とラツィエルの胸を叩いた。
もう、馬車の振動を感じているだけで達しそうだ。こんな粗相、恥ずかしくて耐えられない。
「らつぃ、たすけて……」
「うん、任せろ。お前は俺に身を委ねていればいい。俺が全部するから」
唇でレーシュの涙を拭ったラツィエルが、ぐずぐずに弱った心を掬い上げるほどの優しい声を出した。
ドレスの裾からラツィエルの手が入ってくる。
――大丈夫。ラツィに任せていれば……
レーシュはそう信じて、濡れた睫毛を伏せた。
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